37 雨弾扇
「――――――!? どうしたんだ……あいつ等、急に大人しくなりやがった………………」
殺し合いを楽しむように奇声を発して攻め込んできていた連中が突然大人しくなり、そして後退していく……もしかしてあきらめてくれたのだろうか、などと淡い期待を抱いたが、その期待は本当に甘過ぎたようだった――。
「ふぅ……やれやれ、君たちはホントにお強いですねえ、半数ほどは殺られたでしょうか……我が部隊がこれほどまでに痛めつけられるとは、とんだ計算違いでしたよ……まさかここまで堅固な守りで、これほど整った組織だとは……、しかも素晴らしくシステマッチックに組織が機能している……君たちはホントに素晴らしい、称賛に値するよ………………」
場にそぐわない派手な彩色の奇妙な和服に身を包んだ神経質そうな男が、不用心にもたったひとりで俺たちの前に姿を現す。どうやらこいつの指示でここの連中は動いていたようだった。この時、俺はどうしても衝動が抑えきれずに窓から飛び出し、その男に向かって叫んだ。
「お前らは……お前らはいったい……いったいなんなんだよッ!!」
「これはこれは……申し遅れました、我が名は京羅雨刹と申します。勇猛果敢なそこの君……以後、お見知りおきを………………」
「……厨二病まるだしのふざけた名前だな、もういいだろ……さっさとここから消えろよ! そして二度と来るな!!」
「そういう訳にはまいりません、まだやる事が残っております故……あなた方を皆殺しにして、我が栄光ある未来の礎になっていただかなければなりませんので………………」
「なかなか笑かしてくれるぜ……気に入らねえ人間は皆殺しってわけかよ!」
「そんな事はありませんよ、役に立って下さるのならば殺しはしません。ですが、我々に仇をなすというのであれば……その限りではありませんがね」
「てめぇ………………!!」
強くマチェットを握りしめた時だった、見覚えのある小悪党どもの顔が俺の視界に入り込む。
「京羅さんッ! こいつです、野瀬浜海岸通りでおれたちに楯突いて来たふざけた野郎は! テメエがいるって事は、あのイケてる女たちもいるって事か!? ひひひ……京羅さん、こんな奴ら早くやっちまいましょうよ! 京羅さんなら余裕でしょ? 女たちの面倒はまたおれ等がきちんとやりますんで……きへへへ……早いとこ、よろしくお願いしますよ!!」
どこまでいっても下衆な野郎は結局、下衆なままだ……絶対に負けられない戦い、良く聞く陳腐な言葉だ。だが、もし俺たちが負けたら詩織里や萌衣たちはいったいどうなる……愚直な表現だが、絶対に負けられない本当の戦いを俺は、不条理な運命に託された気がした――――。
「――京羅雨刹とかいったな……たった一人で随分度胸あるな、それとも単なるバカなのか?」
「どちらも不正解ですね……絶対に負けないという自信? いいえ、確信があるからこうして姿を見せて差し上げているのですよ……ほほほ………………」
このくそ寒い中、季節感のない派手な扇子を口元で広げ、余裕かまして高笑いする京羅雨刹……こいつのこの余裕は一体なんなんだ……どこからどう見ても隙だらけな立ち居振る舞いに俺は少し疑問を感じながらも、その隙を見逃すことなど出来なかった。こいつさえ殺ればいい……最悪の場合、相打ちでもまったく構わない。今、大事なのは俺の命なんかよりもこの状況を打開すること……指揮官さえ打てれば戦況は多少なりともこちらに傾くはずだ。俺が死んでも優馬がいる、桜華さんがいる、琥珀もいる、詩織里、萌衣もいる……後を託せる信じ合える仲間たちがいる……俺は刺し違える覚悟で京羅雨刹に切りかかる。詩織里をこんなクズどもの慰み者には絶対にしたくない一念で――――――。
「………………ッ死ね!! 京羅雨刹ッ!!」
警戒心のない京羅を確実に殺れる距離まで間合いを詰め、俺は確信を持って切りかかった! 刹那、俺の全身に鈍い痛みが走る!! つま先から頭のてっぺんまで全身に激痛が走った……、大量のパチンコ玉を至近距離から全力で投げつけられたような……そんな痛みだった。
「――!? なんっ……!? いったい何が……?」
「ほほほ、君は解かり易くていいですね、実に愉快ですよ……ただの人間風情が選ばれし我に敵うわけはありませんのに」
「今、いったい……何が……何をしたんだ………………?」
「冥途の土産に教えて差し上げても結構ですよ。選ばれし我が賜りもの『雨弾扇』の能力です……あなた方にとって弾丸は有限でしょうが、我が『雨弾扇』にとってこの雨の中では弾丸は無限です。軽く雨を扇ぐだけでその雨粒は弾丸となり襲いかかります……運が良かったですね、手加減してあげた上に小雨ですからその程度で済んでますが、大雨でしたらいくら手加減してあげても確実に死んでいましたよ」
「雨粒が弾丸だと……そんなバカげたことが……!? ま、まさか……御神物!? そんなものがこの世界に、本当に………………」
「おほほほほ、知っているのなら話が早いですね、まさにその通りです。御神物……超科学的スーパーレアアイテムですよ! これを手にした瞬間から、いえ、それ以前から我は新世界の神となることを運命づけられていたのですよ!!」
大きく両手を広げ、降り注ぐ雨の中で、まるで自分こそが新世界の神であることを高らかに宣言するように京羅雨刹は大声を発した。その声に呼応するようにスメラギの連中たちも鬨の声をあげる……俺は、あろうことか敵の士気を高め、逆に最悪の事態を招いてしまった――。
「陸! 伏せろ!! この距離ならッ!!」
バルコニーから弓に矢をつがえる優馬の声が聞こえた。さっきの強烈な一撃を受け、片膝をついてうずくまっていた俺は、指示通りその場に伏せる。おそらく肋骨の一本や二本はやられているかもしれない……そんな激痛に耐えながら――――――。
「このままじゃ陸さんがやられてしまいます! 援護に回れるものは早く! 援護を!!」
拳銃の発砲音に続いて琥珀の叫び声も聞こえる。貴重な弾丸をこんな俺なんかのために……見捨ててくれればいいのに弾薬を浪費してまで……、みんな俺の事を救出しようと必死だった。
「詩織里! 当たらなくてもいい、残り二本のハッパも早く投げろ! 少しでも時間を稼げ!!いくら身体能力の高い陸でも手負いの状態であの人数を相手にどうにかなるわけがないぞ!! 早くしろッ!!」
もういい……もういいんだ、みんな本当にありがとう。これは明らかに俺の失策だ、だからもう自分たちの生存確立を下げるようなことはやめてくれ……大きな爆発音を二階聞いた後に、心から俺はそう願った――。




