36 武力侵攻
「――ここ数日は本当に平穏だな」
「なんだかここでずっと暮らしていたいわね」
「萌衣もそんな気がしてきました」
「新世界の創造とか神の啓示とか、もうどうでも良くなってきたな」
「陸、いくらなんでも緩みすぎだぞ……外のバイクの騒音が聞こえないのか」
「聞こえるけど、毎夜のことじゃんかよ」
「気づかないのか……夜毎に騒音がでかくなってきているんだぞ……」
「そういわれるとそぅですねぇ、優馬先輩に言われて初めて気がつきましたぁ………………」
「………………双眼鏡持って、二階のバルコニーに行ってくる」
「優馬さん、僕も行きます! 陸さんも、いえ、みなさんも一緒に行きましょう」
この時の俺は事の重大さにまだ気がついていなかった……。確かに俺は優馬のいう通り緩みきっていたのかもしれない。でも、だからって外の連中が俺たちをピンポイントで狙って来ているなんてことを誰が考えるだろうか。俺にはそこまでの想像力はなかった……、いや、皆無だったといってもいいだろう。もし、ほんの少しでも俺に想像力があったなら、最悪の事態は避けられたかもしれないのに――――――。
「――優馬、何かみえるか」
黙ったまま優馬は双眼鏡の倍率を最大にし、怖いほどもの静かに観察していた。
「――陸、最悪の自体を想定して動いたほうがいいかもしれない……あいつ等は確実にここに攻め入ってくるぞ………………」
「確実にって……どうしてそんなことが言えるんだよ?」
「……野瀬浜海岸通りでのことを覚えているか? 赤ん坊を抱えた母親を助けた時のことだ、あの時の母親と赤ん坊の件での報復が目的かもしれんぞ……やはりあの時、あの小悪党どもを生かして返すべきではなかったのか………………」
「あいつらと、あの時の母娘と何の関係があるってんだよ?」
何もわかっていなっかた俺は、間抜けな疑問を優馬にぶつける。すると優馬は俺に双眼鏡を手渡し連中の先頭のバイクに括りつけられている串刺しの遺体を指差した。
「――!? ひょっとして、あの母娘って………………!?」
「陸、オレも最初はまったく気が付かなかった……だがな、あの赤ん坊の遺体を見て確信した。あの串刺しの遺体は……あの時の母娘だ……そしてあの時の小悪党二人もオレは確認している」
「どこまで腐っていやがるんだ……アイツ等は!!」
「逆らう者は容赦なく殺す、なんともわかりやすい悪党どもですね……優馬さんの言うことがすべて事実ならば奴等の狙いは確実に僕たちです」
「しかし、何故すぐに攻め入ってこない……オレたちの事は奴等もアタリはついているはずだ」
「優馬さん、それだけ敵の指揮官も有能だということです。何かきっと、機を窺っているのでしょう。ただの鬼畜集団というわけではないということです……相当危険ですよ、これは……」
「……詩織里、萌衣ちゃん、下に降りて瀬戸さんや木崎さんたちに事態を伝えてきてくれ」
「すぐ動けるように態勢を整えておくわね………………」
不思議と慌てる様子もなく、詩織里と萌衣は階下へと降りていく。そしてすぐ、階下で机や家具を動かす大きな物音が聞こえはじめた、簡単なバリケードでも作っているのだろう……。もはや戦争ですらない、無差別な組織暴力の渦に俺たちは巻き込まれようとしていた――――。
「――!? 雨か、このまま雨脚が強くなって、嵐でも来たらドラマチックな戦場になるな……」
冗談めかして優馬がつぶやく。薄々、雲行きが怪しくなってきていることに気付いていたがとうとう降り始めてきたようだ――。
「優馬、その冗談笑えないぜ……あいつ等、この雨をなんでかわかんねえけどめちゃくちゃに喜んでいやがる……それに、なんだか急に慌ただしく動き始めたぜ」
小雨ごときの雨音では掻き消せない轟音をやつ等は奏で始める……芸術性の欠片もない品のないレクイエムのようだった。人のことはいえないが俺は下品な連中は嫌いだ、家主に断わりもなくゲートをぶち壊し、侵入してくるような連中は特に――――――。
「あいつ等とうとうゲートを破壊して入って来たぞ!! 陸、すぐに階下に降りてこの事を知らせて来い、オレはここから……ひとりでも多くの敵を射抜く!!」
白い息を吐きながらそう話す優馬に俺は小さく頷き、階下に降りる。そして事態を知らせるまでもなくすでに階下では琥珀の指示によって完全に臨戦態勢が整えられていた。あれだけの轟音だ、頭のまわる琥珀なら事態の変化に気付くのは当然のことだった――――――。
「――陸さん、とうとう来ましたね……状況は?」
「もう目の前まで奴らは来ている! しかもかなりの数だ、下手したら百人以上いるぞ!!」
「そんなに……とりあえずバリケードは完璧です。水中銃にネイルガンの釘、ダーツで作ったボウガンの矢も十分にありますが ……しかしそれでも、いつまで持ちこたえられるか……」
琥珀がまだ話している途中だった……おそらく石でも投げこまれたのだろう、俺の背後から窓ガラスの割れる音が聞こえた!! つられて俺は、反射的にマチェット抜く。
「陸さん! 待ってください! 肉弾戦はあまりにも危険です、飛び道具があるうちは籠城を決め込みます!! こちら側から打って出ても、まともに渡り合える戦力差ではありません! 陸さんと桜華姉さんは窓から侵入しようとしてくる敵をひたすら突いてください! 飛び道具を持たない者はみんなそうしてください!! 詩織里さんと萌衣さんはハッパを持って階上のバルコニーまで上がって、敵が密集した所をこれで………………」
残りわずかのハッパを持って詩織里たちは階上のバルコニーへと上って行った――そして、いつにもまして冷静な琥珀の指示が飛ぶ、こんな状況でも決して冷静さを失わない、どう行動していいのかわからなかった俺は、そんな琥珀の指示を妄信的だが信用するしかなかった。
「――ちッ! とりあえず今は我慢の時か……弾薬が残っているうちは、下手に動かない方が良さそうだ、味方に撃たれるなんて間抜けなマネはしたくねえしな………………」
「陸さん、弾薬に多少の余裕はありますが、無尽蔵にあるわけではありませんよ……、弾薬が切れたその時は……肉弾戦です、打って出るしかありません!! それまでに少しでも敵の数を減らしておきましょう!!」
何もできない苛立ちを抑え、俺は辺りを見渡す。瀬戸さんや木崎さん、それに戦える者は皆、必死に応戦している。非力な女たちは弾薬の交換や矢の受け渡し等のサポートに徹し、男たちは肉弾戦に備え、皆一様に刃物を携えていた――。
「琥珀ちゃん、このままですといつまでも持ちこたえられませんですわよ」
母親の形見の薙刀で窓から侵入せんとする敵を突き、桜華さんは首筋から肩にかけて付いた敵の血糊を軽く拭ったその時だった――耳を劈くどころか心臓まで止まりそうな爆音が窓の外で響き渡る、階上の優馬たちの投げたハッパだった。今の一撃でどれほどの人間が吹っ飛んだのだろうか……下手をするとこちらまで巻き込まれそうなほどのすぐ目の前での爆発だった。
「あいつら……いくら敵が密集している地点だからって、少しはこっちのことも考えろよな!」
「仕方がありません、とても状況を選んでいられる場合じゃありませんよ。それに今の一撃がなかったら侵入されていたかもしれません……今の一撃は値千金、会心の一撃です」
「相変わらずいつでも冷静だな、琥珀は……とはいえ、敵はまだまだいるぜ」
「まだです、まだ持ちこたえられるはずです……我慢です、我慢、我慢………………」
圧倒的に不利な状況下にもかかわらず、俺たちは奇跡的にも善戦していた。これというのも琥珀の的確な指示があったからに他ならないだろう……琥珀は浄化教会信者たちとの戦闘時に手に入れた銃を握りしめ、窓の外を眺めていた。一見、呆然としているように見えるこの状態の時の琥珀は何かを考えているときの琥珀だ。冷静に状況分析でもしているのか、何か策でも練っているのか、しばらく琥珀は黙ったままだった……そして、そのまま俺たちはただ守りを固め、一進一退の攻防を続けていった………………弾薬の続く限り――――――。




