35 ゆるむ緊張の糸
「――しかし、見れば見るほどよくわかんねえ物が多いな」
「でも使えそうな物も多いわよ……とりあえず、テキトーにはじめましょう」
明るく照らしだされた地下倉庫の物色を、俺たちは詩織里の言葉を皮切りに開始する。
「――優馬、これってボウガンってやつだろ?」
「そうだな、こんなものまであるとはな……」
「陸さん、さらに、こんなものまでありましたよ。スピアガンです」
「……琥珀の親父さんて海潜るの好きだったのか?」
「いえ、そんなことは……道具一式そろえるだけ揃えて、すぐ飽きちゃったみたいですよ」
「金持ちってすげえな……ところで、これって俺たちが最初に見つけた水中銃と全然違うな」
「これはレジャー用で最初のは軍用の兵器ですからね」
「どちらにしろ地上でも使えるのよね?」
「使いましょう、使いづらければ改造してでも使いましょう」
「琥珀って工作も得意なのな」
「はい、設計してゼロから作るのも好きですよ」
「………………俺、お前って本当に天才だと思う」
「まぁ、陸には絶対に出来ない芸当よね」
詩織里は相変わらず嫌味のない悪態をつく。そんな中、俺はずっと気になっていた日本刀を探していた。禍々しいエネルギーを発していたあの刀を………………。
「――これか………………?」
明るいところで刀をよく見てみると、最初に見たような禍々しさは感じられなかった。
「なぁ琥珀、この刀って貰っちゃっていいか?」
「どうぞ、使えるものは適当に好きに使っちゃってください」
「ねぇ、陸、刃物なら凶悪なマチェットを一本装備してるじゃない」
「別に二本あってもいいだろ」
「重たそうね………………………………」
詩織里は不機嫌そうに、なぜかぶっきら棒に言い放つ。
「……琥珀ちゃん、これって覚えているかしら?」
「これは、ひょっとして……母の薙刀………………?」
「間違いないですわ、通常よりもはるかに大きい刃に、この特殊な鍔と巴型……今となっては母の形見ですわね………………」
特別な思いがあったのだろう、桜華さんは抱き締めるように両手で強く薙刀を握りしめた。
「これさえあれば姉さんの本領発揮ですね、槍もどきとはおさらばです」
「本領発揮って、今迄も化け物みたいにお強かったのに……恐ろ……いや、頼もしい限りだな」
一瞬、口を滑らせそうになる優馬だったが、際どいところで踏ん張ったようだ。
「じゃあ俺と桜華さんで肉弾戦は盤石だな」
「なるべくなら戦闘は避けたいですがね………………」
当然みんな同じ気持ちだったが、この世界ではもうそれは不可能なことはわかりきっていた。その事実が、俺を何ともいえないもの悲しい気持ちにさせる――――――。
「――ああ、そうだ、あとネイルガンあったぜ! 確かここいらへんにっと……あったあった!念願の飛び道具、掘り出し物のネイルガンだぜ!! どうだ琥珀? 使えそうか?」
「………………魔改造すれば、なんとか使えそうですね」
「マジか!? じゃあ大量の釘さえあれば鬼に金棒だな!!」
「……そうでもないですよ」
「へ!? なんで? 映画とかゲームだと一発で相手を殺してるじゃんか」
「なかなかそうはいきませんよ、ネイルガンの種類にもよりますし……これはたまたま海外製ですし、魔改造すればかなりの威力で使えるかも知れませんが……一発で致命傷を与えられるほどではないかと思います」
「そっか、でもかなりのダメージは与えられるんだろ? 戦闘意欲を削ぐ位のダメージは……」
「それくらいは間違いないでしょうね」
「だったら十分さ」
「ねえ、琥珀くん、非力な女の子でもそれは扱えるのかしら?」
「少し重いですが、慣れれば問題ないと思います」
「詩織里、おまえは戦わなくてもいいさ」
「あたしだって何かの役に立ちたいわ……」
「十分すぎるよ……それに戦闘はなるべく避けるから気にするな」
優しい気遣いを見せる優馬だった……。しかし詩織里はこんな世界で自分だけが戦わないで済むはずはないと覚悟をしているように俺には思えた――――――。
「――他には……なんだこれ、大量のダーツか? ダーツってこんなにも種類があるんだ……」
「これも父の趣味ですね、自分に合うダーツを探して何でもかんでも買い込んだんでしょう」
「ダーツばかりこんなにあっても仕方がねえな……」
「……いやそうでもないぞ、陸」
「はぃ? こんなもん何に使うんだよ、まさか敵に向かって投げて攻撃とか? 自殺行為だぜ」
「誰が投げるっていったよ、うまく改造してボウガンの矢として使うのさ、ここにある工具と材料次第で生まれ変わるぞ。辺りをみると工具類も大量にある、発電機が使えるうちは一応、全部使えそうだし……何とかできそうだな」
「外の船も探索しましょう、もしかしたら父の娯楽品が船の方にも大量にあるかもしれません」
「よし、じゃあここは他のみんなに任せて、俺たちのチームは船内を探しに行こうぜ――」
――奥の扉を抜け、俺たちはまるで海賊の隠れ家のような洞窟状の船着き場に出た。
「でっけぇ船だな……個人で楽しむレベルの船じゃねえぞ……。紋帝院家の金持ちっぷりにはマジで驚かされてばかりだよ………………」
「――早速船内に入りましょう」
そういうと琥珀は船に飛び移り側面の窓ガラスを割った。
「おいおい、いいのかよ……」
「船の鍵を持ってないですから、仕方がないですよ」
「まぁ琥珀がいいんなら、それでいいんだけどさ………………」
こうして俺たちも船に飛び移り、割れた船の窓から船内に入っていく――――――。
「――優馬、なんか俺たちこんなことばっかりやってるな」
「仕方がないだろ……」
「いや、それはいいんだけどさ……しかし、思っていたよりも船の中って狭いのな」
「外から見るのと大違いね……陸、遊んでないで体を動かしなさいな」
「わかってるっての………………」
こうしてしばらく船内を探していると奇妙な金属製の箱を見つけた――――――。
「何だこれ……? 琥珀、これ何かな」
「……まさか!? ダイナマイト!? 姉さん、これって父が発破漁遊びで使ってたやつですよね」
「うーん……、たぶんそうですわね」
「発破漁遊びって……琥珀君のお父さんって法律とか気にしないのか?」
理解を超える琥珀の親父さんの行動に優馬はまたも唖然とさせられたようだった。
「ピンと来たぜ! この船邪魔だからさ、海まで移動して、ここの船着場を生け簀にしようぜ」
「陸さん、それすごい良いアイデアかもしれません!」
「だろ!? そうすれば危険を冒して漁に出る必要もないし、簡単に魚取れるぜ」
「陸にしては良い思いつきね」
「桜華姉さん、すぐに漁に出た瀬戸さんたちを呼んできてください」
「わかりましたわ、すぐ戻ってまいりますわね――」
桜華さんはすぐに瀬戸さんたちを連れ戻し、そして琥珀が事の詳細を説明する――――――。
「――なるほど、良いかも知れませんな」
漁を途中で抜け出してきた瀬戸さんの海パン一丁でモリを握りしめている姿が滑稽だった。
「善は急げです、すぐに船をみんなで移動させましょう! みんなで押せば動きますよ」
「こんなもん人力で動かせるのかよ!?」
「陸、水に浮いているから何とかなるさ」
そういうと優馬は我先にと船を押し始める――優馬の行動に触発されてかみんなが後に続く、人数が集まると人力でもこんなにすごいものなのか、意外にも船は簡単に海上に出た。
「意外と動かせるものなんだな……よし、これで魚をこの生け簀に誘導できれば完璧だな」
「あとは網を張って魚が逃げられないようにしましょう」
「これで食料の心配は少し解消できたな」
「確かにだいぶ楽になるかもしれませんね」
こうして俺たちは試行錯誤の末、簡素ではあるが生命線ともいえる生け簀を完成させた――。
「――魚はこれでうまく取れそうですね」
「大量に魚が来たらダイナマイトで獲ろうぜ!」
「陸……網で獲るに決まってるだろ」
「ダイナマイトは何か他で使いましょう」
「ちぇ……つまんねえの」
「とりあえず魚が獲れて冷蔵庫もあって、海岸はずれの山に行けば他にも何か採れるでしょうから、食料問題はかなり前進しましたね」
「あとは地下倉庫のガラクタを改造して使えるようにすれば磐石かな」
「そうですね、あと数日あればほとんどの作業は終わらせられるはずです」
「じゃあオレと琥珀君は地下に籠もって作業三昧だな」
「あたしたちにも何か手伝えることがあったらいってね」
「ああ、詩織里たちは他に何か出来ることを頼む――――――」
――こうして俺たちは作業を継続しつつ数日を過ごした。しかし、食料源の確保で気が緩みきっていたのだろう……俺たちは致命的なミスを犯す事になる。俺は気にも留めていなかったのだが、外で大きな騒音を発する発電機を稼動させ、火を焚き、大きな穴を掘るためにダイナマイトを試しに使い、作業効率を最優先に考え、警戒を怠りやりたい放題だった。琥珀と優馬は、周囲のそんな行動にかなり厳しく警告を発してはいたが、この時の俺たちは今までに経験した事のない解放感、自由を手に入れたような感覚に陶酔しきっていたのだろう。その所為か組織の皆の気持ちも徐々に、徐々に緩んでいった。夜毎、日増しに大きくなるバイクの騒音が気にならなくなっていたほどに――――――。




