31 紋帝院別邸Ⅰ
「――なぁ、琥珀、あれから結構走ったけどまだなのか?」
「もう着いていますよ、そろそろ別邸が見えるはずです」
「もう着いてるって、ひょっとして……」
「ええ、良くあるあのパターンです、すでにここは紋帝院別邸の敷地内ですよ」
「マジかよ……どんだけ金持ちだったんだ………………」
「別邸が見えましたわよ!」
「おいおい……想像以上だな………………」
桜華さんの声で俺たちは一斉にその荘厳な建物に視線を集中させる。さすがの優馬も冷静さを保てない程に豪壮で豪華絢爛な建築物だった――。
「道中いろいろありましたが、やっと着きましたね」
「表向きはきれいだがな……」
「いえ、よく見てください……やはり侵入された跡がありますね」
「これだけの建物だからな、そりゃ当然そうなるわな………………」
確かに表面上は豪華絢爛だったが、よく見ると窓ガラスは割られ、正面玄関の扉も開きっぱなしだった。車から降りた俺たちは紋帝院別邸の荘厳さに呆気にとられながらも、辺りを警戒しつつ、建物内部に入ることにした。
「――正面からいくぜ、みんな警戒を怠るなよ」
俺と銃を持った琥珀が先陣を切る……あたり一面は静まりかえっている――――――。
「……荒らされた跡はあるが、今は誰もいないみたいだぜ」
「この別邸は地下がすさまじく広いんです、まだ、油断は禁物です」
「わかった、じゃあ早速地下に行くか、地下に行くにはどうすれば?」
「こちらです、陸さん」
琥珀に先導され、俺たちは地下へと急ぐ――。
「おいおい、真っ暗じゃんかよ……」
その言葉を聞くと萌衣はバッグから懐中電灯を取り出し、俺に手渡してくれた。
「サンキュー、萌衣、気が利くな」
「陸先輩、気を付けて………………」
暗闇が怖いのか、萌衣はいつになく強張った顔だった。暗がりの中、俺たちは紋帝院別邸の地下を探索する。琥珀のいうとおり俺の想像を遥かに超える広さで、暗がりの中ということもあり、室内にもかかわらず随分と時間のかかる探索になってしまった。だが、荒らされた形跡は階上のフロアが多少目立つだけで、階下のフロアはほとんど荒らされた形跡は見られない。新世界の創造が始まってからは電力供給もストップしてしまったせいで真っ暗な地下フロアは運良く難を逃れたのだろうか……。この辺りは人口が少ない地域だということも要因だろう、紋帝院別邸内部は奇跡的にほとんど無傷で悪党どもの拠点にもならずに済んだようだった。
「――とりあえずは安心か、俺たち以外は誰もいないようだな」
「とはいえ、念には念を……ってね、一応カーテンを閉めて出来る範囲で戸締りをしよう」
一階のフロアのカーテンを閉め、優馬は窓や扉を閉ざしはじめた。それに倣って、俺たちも出来得る限りの戸締りをする――――――。
「――さて、一通り作業は終了っと……静かでいいところだとは思うがな、肝心の地下が常に真っ暗では話にならないぞ」
「とりあえず、一階から上は日差しが入るので昼間は使えますが、地下は確かに灯りがないとどうしようもありませんね」
「じゃあ、どうするんです……萌衣、暗いの嫌いですぅ」
「とりあえずは火を熾して松明でも作ってどうにかするしかないですね」
「おいおいマジかよ、随分と原始的だな」
「陸、こんな世界なのよ、仕方がないでしょ、我慢なさい」
「いや、まぁ、俺は別にいいんだけどさ……」
「あくまで、とりあえずですよ……陸さん」
「琥珀ちゃん、何か考えがおありですの?」
「電気がなければつくります」
「は? どうやってだよ?」
「電気のつくり方はいろいろありますよ、只、その前に会いたい人がいます。以前この別邸の管理を任せていた執事の方です」
「瀬戸さん、お元気かしらね………………」
この世に執事なるものが本当にいるとは信じられなかった、都市伝説かと俺は思っていた。そして、ノスタルジックな空気を醸し出す桜華さんは随分と遠い目をしていた――。
「ここから目と鼻の先にお手伝いさん達の宿舎があるんです、そこに行ってみたいと思います」
「琥珀ちゃん、わたくしも行きますわ」
「万が一、何かあっても困るからオレも行こう」
「じゃあ俺も行くわ、詩織里と萌衣たちはここに残っててくれ、なにかあったらすぐに大声を出すんだぞ、ついでに車内の荷物も運び込んでおいてくれよ」
「わかったわ」
「すみません、陸さん、優馬さん、大変心強いです」
「俺たちはチームなんだからさ、別に気にすんな」
車から装備一式を取り出し、一通り携帯して俺たちは紋帝院の使用人宿舎へと向かう――。
「――あとどれくらい歩くんだ」
「もうあと五分位ですね」
「この国ってこんなに広い国だったっけ……いくらなんでも広過ぎるだろ」
「まぁ、ここら辺は田舎ですから……都心の別邸は全然狭いですよ」
「都心の別邸って……都心にも家があるのかよ!?」
「たぶん、別荘も入れれば各都道府県にあるんじゃないかと………………」
「……俺、もうなにも言えねぇわ」
「……あっ!? 見えました、あれです」
「……なぁ……使用人の宿舎なんだろ………………?」
「はい、そうですが?」
「どんだけ金が余ってるんだよ……はぁ……まぁいいや……さっさと入ろうぜ」
「陸、むこうの別邸がクリアだったからってこっちも安全かどうかは別だ、一応は警戒しろよ」
「わかってるよ」
そう答えて俺は使用人宿舎のドアを開ける、人の気配は感じない……。
「………………静かだな」
「誰もいなさそうですわね……」
桜華さんが呟いた瞬間、後ろからバタンとドアの閉まる音が聞こえた。驚いたのも束の間、俺たちは暗がりの中で武装した集団に取り囲まれていた――。
「動くな! 武器を捨てろ!!」
完全に包囲され、多勢に無勢……俺たちは成す術なく、武器を捨てようとしたその時だった。裏返った様な甲高い声を琥珀が発する――。
「瀬戸さん?」
「――へ? なぜワタクシの名を……」
「瀬戸さんですのね! 桜華です! 御無事で何よりですわ!」
「桜華お嬢様! ということはそちらは琥珀おぼちゃんでいらっしゃいますか!?」
「そうです! 僕です! 瀬戸さん、無事だったんですね!?」
「お嬢様! ぼっちゃん! 御無事で何よりです!!」
「瀬戸さん! 本当に無事でなによりです、どこもかしこも大混乱で……本当に良かった」
「ぼっちゃんこそ御無事でなによりで御座います!! この瀬戸源三、そして我ら執事、使用人一同みな、お嬢様とぼっちゃんの身が気がかりでなりませんでしたぞ」
「みなさま、御無事でなによりですわ、本当に良かった………………」
「……して、ぼっちゃん、桜華お嬢様、旦那様は?」
「………………父と母は暴漢たちに襲われて亡くなりました」
「な、なんですとッ!? ………………旦那様がいつお戻りになられてもいいようにこの邸宅を維持してまいりましたが……もう、それも……」
「いえ、今日まで建物を管理して下さってありがとうございます。瀬戸さんのおかげでここは生き返ります!!」
「は? それは、どういう意味で?」
「これから、この別邸は要塞に生まれ変わります!」
「要塞ですとな……ますますぼっちゃんのおっしゃる意味が解りかねますぞ」
「いいんですよ、後で説明します」
そういうと琥珀は俺に向かってニヤリと笑みを浮かべる。琥珀のことだ、きっとまたなにか策を巡らせていることは明らかだった――――――。
「とりあえずみなさん、荷物をまとめて別邸の方まで集合してください、今後は宿舎ではなくあちらの別邸で暮らしていただきます」
「な、なんと!? 滅相もない、ワタクシたちは宿舎で十分でございます」
「瀬戸さん、そういう時代じゃないですし……使用人とか執事とか、もう関係ないですから」
「いや、しかし………………」
「瀬戸さん、わたくしたちのいうことが聞けないんですの?」
「い、いえ、そういうわけでは………………」
「じゃ、決まりですわね」
「ちょっと、桜華姉さん……」
「わたくしは間違ったことは何も言ってないですわよ」
我が儘をしれっと言い放っているのに、桜華さんからは一切嫌味を感じない。こんなに思いやりのある高飛車な態度がとれる人はそうはいないだろう――。
「まったく……じゃあ、まあ、そういうことですので、みなさん母屋に集合してください」
琥珀の指示はいつにもまして的確で使用人さんたちは手際よく迅速に動き始めた。執事さんたちも最初は戸惑っていたが、荷物をまとめて必要な物はすべて母屋に運び込み合流する――。




