29 野瀬浜海岸通り
「……車で走ってみると被害範囲の広さがわかりますね」
「行けども行けども同じ景色……瓦礫だらけだな」
「おまけに道も事故った車や瓦礫だらけでまともに進めやしない」
「不幸中の幸いでしょうか、きれいな道でスピードを出されるよりは安全かもしれません」
「琥珀ちゃん、ひどくありません? いくらなんでもそこまで運転下手ではないですわよ!」
そういった直後に桜華さんは前方に止まっている車に車体を軽くぶつける――。
「……敵に見つからないことを祈るばかりだな」
「見つかったら最後でしょうね……とても逃げ切れそうにありません」
「もうこうなったらさ、開き直ってドライブしようぜ」
「陸ってば、またのんきなことを」
「だってこの状況で敵に見つかったらどうしようもないぜ」
「確かにそうだけど………………」
「悪い、詩織里……寒いだろうけど、ちょっとサンルーフ開けるぞ」
「急にどうしたのよ、優馬」
「オレは目がいいからな、サンルーフの上に出て見張っておいてやるよ」
「じゃあ、俺も!」
「ちょっと、ふたりとも、危ないわよ!」
「気にすんな詩織里、たまには気を抜いていこうぜ」
「まったくもう………………」
もちろん気楽になんてしていられないことはわかっている。やっぱりいつも優馬は正しい、だから、俺も自分の役割を果たそうとおどけて見せただけだった――。
「優馬さん、双眼鏡です」
「持ってきていたのか?」
「もちろんです! 重要アイテムですからね……この車にはかなりの物資を優馬さんの家から運び込んできていますから何でもありますよ」
琥珀にそういわれ、微笑みながら優馬は黙って双眼鏡を受け取る。そして、少し目を細め、あたりを見渡してから双眼鏡を覗き込んだ。
「………………陸、いい眺めだぜ」
「は? 何言ってんだよ、荒廃しまくってるぜ?」
「所詮は人間の作った文明なんてこんなものなんだって……よくわかる光景さ」
「だから何が言いたいのかよくわかんねえよ」
「あははっ! すまん、すまん」
「人間の傲慢さがよく現れている光景だと僕も思います………………」
「だから、哲学的なことはよくわかんねえっての!」
「陸はそのままがいいわよ、難しいこと話す陸なんて気味が悪いわ」
「おまえらなぁ……」
「みなさん、前をご覧になって! 海ですわよ! 海!! 海ッ!!」
会話に割り込んで、桜華さんが叫ぶ。目の前にはあたりまえだが海が広がっていた――。
「やっと野瀬浜海岸通りについたみたいだな」
「ここまでくれば後は通りをまっすぐ行くだけです、姉さん、よろしくお願いします」
「おまかせあれ! それ! いきますわよッ!!」
「――!? ちょっと!? 姉さん、スピードをもっと落としてください!!」
「でも、信号も何もありませんのに……」
「信号もないですが、ガソリンもありません、燃費よく走ってください」
「つまりませんわ………………」
そういうと桜華さんはスピードを落とす。速度を落とし、ゆっくりと走る車からなんとなく海の景色を眺めていた……もちろん海は何度も見たことがある、でも今まで醜いものばかりを目にしてきたからであろうか、この日の海は特別きれいに見えた――――――。
「………………なんだ!? ……人影か?」
「優馬、敵か!? 桜華さん、止まってください!」
加減がわかっていない荒い運転で、桜華さんは車を止める――――――。
「――女性が男二人に襲われているらしい、襲われているのは……赤ん坊を抱えた女性一人だ」
「ったく……仕方がない、いくぞ!」
反射的に体が動き出すような……そんな不思議な感覚だった。俺は自分が想像するよりも、こんな事態に慣れてしまっていたのだろう。
「陸……、勝手な行動はするなよ」
「勝手な行動って、優馬……おまえ………………」
「優馬さん、相手は?」
「男二人だけだ………………」
「陸、本当に一人で勝手な行動はやめてちょうだい」
「助けねぇのかよ!?」
「そんなこと言ってないでしょ!!」
「また、あの時みたいに見捨てるのかよ………………」
「だからそんなことは言ってないだろ、陸、落ち着けよ」
「落ち着いてるさ!」
「優馬さんの言うとおりなら余裕ですが……決して油断はしないでください。優馬さんは車が接近したらサンルーフから弓でやつらを狙ってください。僕は銃をやつらに突きつけて動きを封じます。その後は陸さんと、桜華姉さんでやつらを懲らしめてやってください。萌衣さんと詩織里さんは女性と赤ん坊の保護をお願いします」
「お前ら………………」
「だから助けないとは言ってないでしょ、あたしたちはまだ『人間』よ」
「助けないって言っても、どうせ陸ちゃんったら勝手に飛び出して行っちゃいそうですものね」
「思いはみんな陸先輩と一緒ですよぅ」
「ごめん、みんな……ありがとう」
この世界で人助けなんてナンセンスだって事はもうとっくに知っている。だけど仕方がない、俺たちはこうして今まで生きて来たんだ、それが正しいと信じていたから……。そういう意味では俺たちもそこら辺の連中と変わらない、これが俺たちの新世界での独善的活動だった――。




