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A whole new world【第01巻】~プロローグ・破壊と創造篇~  作者: 平井 裕【サークル百人堂】
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28 新たなる旅立ち

「――異常なまでに静かね」

「昨夜があまりにもうるさかったからな……」

「あの爆音から解放されれば、どんな場所でも静寂を感じるさ」

「人間がいないと世界はこんなにも静寂なんですね………………」

 琥珀の言葉はまるで、人間すべてが負の元凶であるように俺にはきこえた……。

「例によって大通りは避けるんだろ?」

「当然、そうなるだろうな」

「ねえ優馬、道わかるの?」

「すまん……一旦、大通りに出てみないと正確な道はわからない」

「仕方ないですね、ワンブロック脇の裏通りを大通りに沿って進みましょう、それなら迷わずにすむかもしれません」

「ショッピングモールまで出ればわかるんだが、確実に遠回りだしな………………」

「ただでさえ結構歩くんだからさ、遠回りは面倒だぜ」

「それに危険性も増すんじゃないかしら」

「仕方がない、大通りの脇をコソコソ歩きながら行くしかないか……」

 慎重に大通りと現在位置を確認しながら俺たちは再び歩き出す――。

「――――!?」

「どうした? 優馬」

「止まれ………………」

 目が良すぎるせいで気付かなくてもいいものに、優馬は気付いてしまう……。

「また敵か!?」

「いや、辺りに人の気配は感じない……」

「じゃあなんなんだよ?」

 ――ただ黙って優馬は遠くに見える、広場の中にある何か黒い物体を指さした。

「なんだ……あれ………………?」

 この時の俺にはよくわからなかった、だが歩みを進めるたびにその姿はくっきりと人の形をしていることが見て取れた。通常、俺たちが見慣れている死体はそこいら辺に放置されている状態だが、この死体に関しては明らかに常軌を逸している……女性が串刺しになっているのだ。文字通り串刺しである……女性器から鉄製の串が挿入され、口から串が飛び出している状態で地面に突き立てられている。その周囲には広場の破壊された遊具であろうか、ポール状の物が何本も立っていた……口から串が飛び出している女性と共に。そして、その奥の雲梯には幼い少女であると思しきものも含まれた狩られた首が、その長い髪を利用して吊るされていた――。


「………………死体にはもう慣れたつもりだったけどな」

 静かに目を閉じ、優馬は悔しそうに顔を左右に振った。

「昨日の連中の仕業かしら……」

「たぶん違うだろ……死体の痛み方や損傷が激し過ぎる、死後、数日は経ってそうだけど」

「いえ、わかりませんよ、昨日の連中の可能性が高いです」

 串刺しになった女性の遺体を、琥珀はするどい眼つきで検死するように観察し始める。

「確かに死後、数日は経っているようですが、恐らくは昨日の連中です」

「なんでだよ? 死後、数日経ってるんだろ?」

「昨日の連中が昨日、殺したとは言っていません………………、この殺し方はメッセージ性が非常に強いです。女性の遺体の一部には必ず『皇』と刻まれています。何かしら意味があってやっていることなのでしょう、そして、それは新世界の創造が始まってから今まで続けられてきているんだと思います」

「琥珀ちゃん、意味ってなんですの?」

「ロベスピエールさながらの恐怖政治……ですかね」

「従わない者はこうなるってメッセージか………………」

「萌衣、こっちに来い……これ以上、もう見なくていい………………」

 どんな時でも能天気で明るい萌衣だったが、この時ばかりはさすがに声も出ない様子で俺の腕の中で震えていた――――――。


「――木崎さん、奴等について教えてください」

 棘のある声が、琥珀の隠しきれない憤りを表していた。

「詳しくはわかりませんが、この辺りで奴等はずっとこんなことを続けていたようですね……」

「以前、人を木に吊るして騒いでいる連中を観たことがあるが………………」

「今はここで考えてたって仕方がねぇよ……、先を急ごうぜ」

「……ああ、そうだな」

 こうして俺たちは再び思い知る――、惨憺たる現実と人の持つ闇の深遠さを………………。そして、あれから一体どれくらい歩いただろうか………………。

 誰もかれもただ黙って歩いていた、穏やかで静かだが、熱いなにかを胸中に抱えながら。

「そろそろだぞ……」

「ああ、意外と歩いたな」

「何事もなく済んでよかったわね」

「何事もなく………………か……」

「………………あたしたちがって意味よ」

「ああ、わかってるさ……」

 俺たちは無事、優馬の家の地下駐車場に到着する――、随分と長い道のりだった気がした。


「――どうする、早速出発するか」

「いきなり出発してしまわれてよろしいのですの?」

「荷物は車に運び込んであるし、まだオレの家に何か残っているかな………………」

「俺は特になにもねぇぞ」

「あたしも、別に……」

「みんな特にねぇなら出発してもいいんじゃねえか」

「そうするとだれが運転するかですが、木崎さんって運転に自信ありますか?」

「すみません、恥ずかしながらこの歳で原付の免許しかなくて………………」

「だとすると、あとは桜華姉さん次第ですか……姉さん、別邸までの道わかります?」

「そう言われますと、ちょっと不安ですかも……あ!? でも、野瀬浜海岸通りまで出られれば問題ないですわよ、海岸通りからは真っ直ぐに進むだけですものね」

「じゃあ野瀬浜海岸通りまでどう行くかですね」

「そんなの海岸線に向かって進んでいくだけなんじゃねぇのか」

「………………大通りを行けばそうですね」

「陸、琥珀君は安全に行くにはどう行くかってことをいっているんだよ」

「なるほどね、でも車だと選べる道なんか全然ないだろ、あんまり細かい道は通れねえし……」

「そうね、下手に細かい道で手間取ってたらその方が危険かもしれないわね」

「徒歩と違って目立つ上に音も出るからな、どうするか……」

「姉さん、運転に自信は……あるわけないですよね」

「そんなことはわかりきっているはずですわよ、琥珀ちゃん」

「仕方がありません、危険ですが最速で大通りを突っ切るしかありません、今の姉さんの運転技術じゃ脇道をスイスイと行くことなんて考えられません」

「んじゃ、最短最速で野瀬浜海岸通りまで出ようぜ、結局は道がそれ以外わからねぇんだから余計なことはしない方が絶対いいぜ」

「今回ばかりは陸に大賛成ね」

「では、そうしよう、敵に見つからないように祈るばかりだな……」

 ――車に乗り込み一路、俺たちは野瀬浜海岸通りを目指す……おそらく、ここに戻ってくる事はもうないかもしれない。これからも俺たちはこんな風にいろんな事と別離していかなければならないのだろう、柄にもなく感傷的になった俺は、車の後部座席に静かに腰をおろした。

「……………姉さん、ゆっくり、安全運転でお願いします」

「わかっておりますわ……行きますわよ!」

 そういうと桜華さんはアクセルを強く踏み込んだ。どうも加減がわかっていないようで強く踏み込みすぎたらしい、急発進した挙句に急停止……俺たちの体は前後に大きく揺さぶられた。

「――ちょっ!? あぶっ!!」

「ご、ごめんあそばせ……い、今のはちょっと練習ですのよ!」

「姉さん……もう一度言います! ゆっくりと安全運転でお願します!!」

「わ、わかってますわよ、まだこの車に慣れていないだけですわ、今度は絶対大丈夫ですわよ!」

 桜華さんは軽くアクセルを踏み込んだ。今度は無事にゆっくりと車は前進をはじめる――。

「ほらごらんなさい、大丈夫でしょ? うふふ」

「……まぁとにかくスピードは抑え目で行きましょう」

「もう慣れましたから大丈夫ですわよ、お任せ下さいな」

 満面の笑みを桜華さんは俺たち見せてくれた。そして、駐車場から右折して外に出る時にはもうすでに車体を擦っていたが気にもとめない様子だった。にもかかわらず相変わらずの桜華さんの満面の笑みが俺たちに例えようのない恐怖を与えた――――――。


「桜華さん、とりあえず東に向かってください」

「東ってどっちですの?」

「あの橋のある方向です、幡多瀬川橋って書いてある標識通りに進んでください」

「わかりましたわ、あの橋のほうに向かえばよろしいですのね」

「くれぐれも気をつけてくださいね」

「わかっておりますわよ、ちゃんと見つからないように警戒していきますわ」

「いや、そうじゃなくて……」

「陸さん……覚悟を決めましょう、死ぬ時は一緒です」

 こうして俺たちは桜華さんの覚束ない運転に怯えながら野瀬浜海岸通りへ向かった。そして、車で行動範囲を広げてみてあらためてわかった事がある。新世界の創造現象は、俺たちの身の周りで起きているだけではなく、全国的に……いや、おそらくは世界的な規模で起きているのだろう……車で走っても走っても、周囲の景色は凄惨な情景だった――――――。

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