20 ショッピングモールⅣ
「ここまでが限界か、ここ以外は身を隠す場所が………………」
「もっと近くで身を潜めたいところですが……、仕方がありません」
「……優馬ちゃんの合図があったら全力で走りますわよ」
「姉さん、いいえ、みなさん……迷いは捨ててください。これから僕たちは人を殺します……最早、あいつらは人間とは認めたくない外道ですが、それでも……人間です………………」
「わかってるよ、俺は詩織里たちを守りたい……、そのためなら……迷いはない!!」
「もし躊躇したら、殺されるのは僕たちです」
「わかってますわ、絶対にみなさんをお守りして差し上げますわ、心配しないで」
「それと、もし優馬さんが矢を外したら……優馬さんを見捨てます………………」
「――!? なんだって!? どういうことだよッ!!」
「陸さん、お静かに……もし優馬さんが矢を外したら、さすがに相手も優馬さんの存在に気がつきます、ですが、おそらく僕たちの存在には気づきません」
「てめぇ、優馬は囮ってことか?」
「………………そうなりますね」
「琥珀、てめぇ………………」
「やめて! 陸、落ち着いて!! 彼は、琥珀くんは正しいわ……もし優馬が矢を外した場合は、あたしたちに勝算はないわ」
「だからって………………」
「銃を持った武装集団相手に突っ込んでいく気? 自殺行為よ……」
「被害を最小限に留める為にはそうするのがベストってことですわね………………」
現実がこんなにも過酷なのだという事をこの時、俺は再び思い知る――――――。
「――信者の三人が動き出しました、今度は反対方面を探すみたいですね」
「琥珀くんの言ったとおりね」
「彼らは絶対に単独行動はしないでしょう、必ずこうなると思いました」
「あとは優馬の合図だけか………………」
「物資調達係の三人が遠くに離れて姿が見えなくなったら……一瞬も油断しないでください」
「……わかってるさ」
「優馬先輩、信じてます………………」
「優馬……頼むわよ………………………………」
――――――優馬を待ち続け、一体どれくらいの時間が経っただろう、俺はあまりの緊張感からか時間の感覚がなくなっていた。そして、しばらくすると武装した信者がトラックの陰に隠れて死角に入った――――――。
「――そろそろ来ます! やるなら今です、優馬さん………………」
そう琥珀がつぶやいた刹那、人が倒れる音と同時に何か重い金属が落ちて転がる音がした。この瞬間、俺たちは確信する。優馬が矢を放ち、信者の頭部を貫いたのだと。
「走れぇ!!」
そう叫び、俺は無我夢中で全力で突っ走る――。
「――なんだ!?」
信者たちは突然の出来事に明らかに動揺していた。
「迷いはない! 一撃で仕留めるッ!!」
誓うべき神などもはや存在しないこの新世界で、そう誓った俺は白装束の信者の胸にメタルパイプの先にノミを打ち込んだヤリもどきを突き立てた。口から放血し、武装信者は声にならない嗚咽のようなものを俺に聞かせる――――――。
「――抜けないッ! 槍が抜けない!!」
「陸さん! 後ろです!!」
琥珀の声を聞いて振り向いた瞬間、釘を打ち込んだバットを今にも振り上げようとしている信者の姿が俺の目に映る。
「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
その叫びを聞くと同時に、振り上げたバットを持った信者の胸のあたりからメタルパイプの薙刀が背中から貫通するのを確認した。
「陸ちゃん、大丈夫ですの?」
「桜華さん、ありがとうございます!」
「陸っ! こっちも銃は確保したわ! 作戦は成功よ!!」
「まだです! まだ終わってはいません!!」
琥珀の叫び声が響き渡る。そうだ、まだ武装した信者たちは残っている! まだ第一段階の不意打ちが成功したに過ぎない。俺は抜けないヤリもどきを諦め、ウォーマチェットに武器を持ち替える。だがこの時、誰も全く想定していないことが起きる。トラックの荷台に積まれていた『奴隷』たちが一斉に騒ぎ始めたのだ。
「うおォォォ! 早く助けろ! 早く! 早くっ!!」
こちらの状況など一切お構いなしだ。こいつらは自分たちが助かる事しか考えていない……、人間という醜い存在に嫌気がさしていた俺は、苛立ちを隠せなかった――。
「陸さん、落ち着いて、敵はまだ………………」
「言われなくたってわかってるッ!! 次はどいつだッ!!」
「みなさん、騒がないで! どうか落ち着いて……」
叫ぶ琥珀の声も虚しく『奴隷』たちは助けろ助けろと叫び続ける。こいつらはこんな状況下にもかかわらず、本当に自分たちのことしか考えていないようだった。
「このままでは………………」
琥珀の不安は的中する、騒ぎを聞きつけた物資調達係の武装信者たちが戻ってきたのだ!!
「琥珀ッ! このままじゃ……」
「わかってます! 姉さん!!」
「信者が合流する前に個別に切りますわっ! 援護して!!」
「りょ、了解!」
そういって俺は桜華さんのあとに続いた。しかし、不意打ちとは違い、警戒した奴らはそう簡単には倒せない、下手に踏み込めばこちらがやられる。
「おい、琥珀ッ! 合流されて一斉にかかってこられたら終わりだぞ!!」
「そんなことはわかっています!!」
焦る俺たちを尻目に信者たちは堅実にも時間を稼ぎ、間もなく合流しようとしていた……。肉弾戦でまともに戦えるのは俺と桜華さんだけだ。状況はもう殆ど絶望的かと俺には思えた。
「このままじゃ! このままじゃ!!」
ただ焦るばかりの俺の耳元で突然、空気を切り裂くような鋭い音が聞こえた。瞬間、信者の喉元に妙に細長い金属が突き刺さっている事に気付く。
「陸ッ!!」
その声を聞いて俺は我に返る、俺の背後から射た優馬の矢が信者の喉元を貫いていたことをこの時はじめて認識できた。
「――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は無心で目の前の信者に切りかかっていった、難しいことは解らない。だけど俺にはこの機会を無駄にすることだけは絶対にしてはならないと知っていた。
「……あと五人」
俺は断じて暴力に酔っていたわけではない。だがしかし、俺はただひたすら残りの信者どもを殺すことだけを考えていた――。
「姉さん! 下がって!!」
「桜華さん、今行きます! 無理しないで!!」
俺は、叫ぶより先に走り出していた。そして走り出したと同時に死を覚悟した。なぜならば浄化教会の武装した信者たちは、もうすでに、ほとんど合流を果たしていたから………………。
「桜華さん……お供しますよ、せめて一緒に死んであげることくらいしか出来ませんがね!」
「あら、陸ちゃん……子供のくせに男前ですわね………………」
俺と桜華さんは完全に死を覚悟していた。どうせ死ぬなら一人でも多く敵を倒す、そうすれば僅かでも仲間の生存率はあがるだろう。俺は絶対に仲間を、詩織里を守りたい。いや、絶対に守ると決意し、俺は敵陣に飛び込んだ。
「ちょっと!? 陸ちゃん!! 死ぬ気ですのッ!?」
桜華さんの声が聞こえる、確かに俺はもう助かるつもりなどなかった。相打ち覚悟の決死行だった。直近の信者との間合いをつめ、一気に切りかかろうとしたその刹那、敵信者の刃物を持った右手が一瞬動くのを感じた。
「――なんだ!?」
ほんの一瞬、武装信者の右手が動いたと感じただけだった。しかし、なぜかその一瞬で俺は敵のすべての動きを確信した。こいつは確実に俺の顔面を狙ってくる。確実にだ――。この時なぜか俺には絶対的な自信があった。
「――やはりな! わかっていたぜ!!」
読み通り敵信者は俺の顔面を刃物で突き刺しに来る。しかし、知っていた俺にとって回避はあまりに容易だった。そしてガラ空きになった信者の脇腹に、俺はマチェット突き立てる――。
「まず一人!!」
敵信者からマチェットを抜き後ろを振り返った瞬間、二人の信者が一斉に切りかかってくる。まず一人目は確実に俺の頭部を狙ってくる、二人目は俺の腹部に刃物を突き立てにくる。必ずそう来ると自信があった。というよりも、もはや俺はそうくると知っていたといってもいい。それくらい、俺には確信があった――――――。
「まずはお前からだッ!」
二人の攻撃をヌラリっと避け、俺の腹部を狙ってきた二人目の信者の首を俺は切りつける。そして、呆気にとられている頭部を狙ってきた敵信者の心臓を、俺はマチェットで突く――。
「これで残り二人………………」
残りの信者を片付けるべく、俺は淀みなく次の行動に移る。そして、敵信者を殺そうと跳びかかろうとした瞬間だった――――――。
「動かないでッ!! 少しでも動いたら撃つわよッ!!」
女の甲高い叫び声が聞こえ、振り返ると震えながら銃を構える詩織里がいた。
「陸さん! もう十分です、形勢逆転です! 僕らの勝ちです!!」
辺りを見渡すと銃を構えた詩織里、弓に矢をつがえて信者を狙っている優馬、そして、もう完全に戦闘の意思を感じさせない二人の白装束の信者たちがいた――――――。




