02 学園へ
「――人気のない学校って不気味ね」
普段は強がって見せてはいるが、やっぱり詩織里も女の子なんだな、と思わせるような気弱な台詞を俺の左腕の袖口をつかみながら彼女は言った。
「さすがにこの時間だとほとんどの生徒は帰っているだろうな。ほんの一部、運動部のやつらが残っているくらいじゃねえかな」
「弓道部も今日は練習中止だしな。そのおかげでオレの肩は大変な事になってしまったが……」
「……なにはともあれ保健室にいそぎましょう」
多少、落ち着きを取り戻した俺たちは保健室へ向かい、薄暗い校舎の中を歩きだした――。
コンッコンッ――軽く二回扉を叩く。
「は~い、どうぞ~」
中から保健の先生の声が返ってくる。俺たちは軽く頭を下げ、保健室へと入った。
「すみません、治療をして欲しいんですが……」
「――!? どうしたの!? その傷!!」
「ちょっと……その、噛み付かれまして………………」
感情表現が豊かな人なのか、保健の先生の表情が怪訝な顔から急に惚けた表情に変わった。
「は!? 噛み付かれたって……喧嘩でもしたの?」
「そういう訳ではないんですが……説明の前に先に治療をしていただけると助かるんですがね」
「あっ! そ、そうよね、すぐに診てあげるからね」
少し天然気味の保健の先生は、思い出したようにバタバタと薬や包帯等を準備し始めた――。
「――とりあえず上着を脱いでちょうだい。軽く消毒してからガーゼを貼ってテープで巻くわね、小さい傷は絆創膏で間に合いそうね」
言われるがままに優馬は上着を脱ぎ、その白い肌を露にする。肌が白い為か傷がよく目立つ。
「じゃあ消毒するわね~」
消毒液の容器を上下に軽く振り、そして先生は、消毒液を傷口に吹きつけた。
「ぐっ――ッ!」
優馬は顔をしかめると共に嗚咽をもらす。
「ん~と、服の上からだから噛み付かれたとはいえ大した事はなさそうだけど、一応ちゃんと病院で診てもらったほうがいいわね」
そういうと保健の先生はガーゼを軽くあて、テープで貼り、包帯を巻き始めた。
「――はい、これで応急手当はおしまい」
巻き終わった包帯をみると、なんとも手馴れていない印象を受ける……雑な手当にもかかわらず優馬は笑顔で先生にお礼を言う。
「優馬の応急手当ても終わったし、とりあえずはこれでみんないったん落ち着いたかな」
「とりあえずは……よね………………」
一瞬だがとても長く思える沈黙が続いた――。
「………………先生、ちょっと職員室へ行って警察に電話をしてきてもらえますか」
「ん? 電話? いいけど、警察?」
「桜専学園前駅で通り魔事件が発生しておりますのですぐに来てください、といってください」
「――!? 通り魔事件!? その傷ってもしかしてその事件と何か関係あるの?」
「……まぁ、僕たちは事件に巻き込まれたといってもいいかもしれません」
「わ、わかったわ、ちょ、ちょっと待っててね、すぐに電話してくるわね」
先生は気の抜けた穏やかなトーンの声でそういうとパタパタと職員室に向かってくれた。
「――陸、悪いがオレの鞄からケータイとってくれ」
俺はついこの間、買い換えたばかりだというご自慢のケータイを優馬に手渡す。
――トゥルルルル――トゥルルルル。
周囲があまりに静かな所為か、その呼び出し音は妙によく聞こえた。
「…………おかしいな、呼び出してはいるんだがな……」
「どこにかけてるのよ?」
「自宅さ、帰りは遅くなるし、肩に怪我はしてるしで、母さんが心配するだろうと思ってね、連絡だけはしとこうかなと思ってさ」
「優馬ってホントに出来た人ね」
「はいはい、俺と大違いって言いたいんだろ」
「先に言わないでよ」
「ワンパターンなんだよ」
「陸に言われたくないわよ」
「夫婦喧嘩は見飽きたって言っているだろ、二人も家に連絡くらいしておいた方がいいぞ」
「そうね、あたしもそうする、ホントに遅くなっちゃったから……」
そういうと詩織里はおもむろにケータイを操作し始めた。
――トゥルルルル――トゥルルルル。
「あれ? あたしん家も誰もでないわね、直接お母さんのケータイにも連絡してみようかしら」
――トゥルルルル――トゥルルルル。
「呼び出してはいるんだけどお母さんもでないわね、どうしたのかしら……陸ん家はどう?」
「………………だめだ、俺ん家も誰もでない、どうなってるんだ」
「一斉にみんなが連絡とっているのに誰も出ないっておかしいわね………………」
何の気なしに詩織里がいったこの一言が、漠然と俺を不安にさせた。
「とりあえず、保健の先生が帰ってくるまでしばらく待つしかないな」
「そうね、なんか疲れちゃった、少し横になろうかしら」
そういうと、気怠そうに詩織里はベッド周りのカーテンを雑に開ける。そして、カーテンを開けてすぐに詩織里は耳障りな甲高い声をあげた。
「きゃッ!? びっくりした~、いるならいるっていってよ!!」
「――は? 誰かいたのか、一切気配を感じなかったがな……」
ベッドを覗き込むと色白でなんとも愛らしい小柄な少女がスヤスヤと眠っていた――。色々とバタバタしていた所為もあって、さすがの優馬もまったく気がつかなかったらしい。
「死んだように眠っているわね……」
「カーテン閉めて、そのままにしておいてやろうぜ、なんか起こしちゃ悪いし」
「そうね、なんか陸がエッチな目でこの娘みてるし」
「ふざけんな、そんな目でみてねぇよ!」
「寝返りでもうったらパンツみえそうだし、期待しちゃうわよね~」
「詩織里、おまえ本当にいい加減にしろよな!」
「大きな声出さないの、この娘が起きちゃうでしょう」
「じゃあ大きな声を出させるようなこと言うなよな、まったく」
こんな俺たちをあたたかく優馬は見守るように眺めていた。 そして――はいはい、夫婦喧嘩は見飽きたよ、といつもの台詞をいってくれる。あんな事件があった後なのに、俺たちはもう平静を取り戻しているように思えた――――――。