16 準備
「――六人ですから、必然的に大きい車に限定されますね」
「となると……あれしかねえな。見た所、この中では一番大きそうだな」
「ヴェルフィレ……? って書いてありますぅ」
「……発音違くね? ま、なんでもいいけどさ」
「鍵はどうするのよ?」
詩織里のその言葉を聞くと琥珀はニヤリと不敵な笑みをこぼした。
「陸さん、後ろのガラスを静かに割って下さい」
「割っていいのか?」
「はい、でないと中に入れませんので」
「あいよ、っかし……静かにって言われてもな………………」
静かに割れといわれても何も思いつかなかった俺は、乱雑にガラスを割ってしまった――。
「………………では体の小さい萌衣さん、入って中から鍵を開けてください」
半笑いだが訝しげな顔で俺を見ながら琥珀は萌衣に指示を出す。小さな体をみんなで支えながら萌衣を車内に送り込む――そして間もなくして、萌衣が車内から運転席のドアを開けた。
「ではみなさん、早速この車の持ち主を割り出しましょう、何か手がかりを探してください」
「なるほどね、何をするかと思ったらそういう事か」
点が線に繋がった時の様な、スッキリとした顔の優馬は運転席側に回り込み、萌衣を奥へと押しやり、残りのドアをすべて萌衣に開けさせる。開いたドアから各自適当に車内に入り込み、手がかりを探し始めた。
「――あったぜ優馬、しっかり名前や住所まで書いてある」
「六階の黒沢昭義さんか……了解」
「じゃあ早速六階に移動しましょう、車の鍵がみつかるといいわね………………」
「必ずあるさ、車が無事に残ってるんだから」
「陸にいわれるとなんだか不思議と大丈夫な気がするわね」
「そう? サンキュー!!」
こうして見つけた手がかりをもとに俺たちは六階へと急ぐ。お目当ての部屋へと辿り着き、出入り口に遠い方から各自ローラー作戦の真似事をし、手分けして車の鍵を探しはじめた。
「――さて、宝探しといきますか」
「………………………………………………………………………………ありました~」
「はやッ!? 萌衣、ナイスだ! すぐに地下に戻ろうぜ!」
「行ったり来たりね……」
エレベーターの止まった建物を階段で往復するのは運動が好きな俺でもさすがに億劫だった。だが、必死でついて来ようとする詩織里の汗だくな横顔を見たら、俺は自分の怠惰な心に少しだけ自己嫌悪ってやつを感じていた。
「――姉さん、どうです? その鍵でエンジンかかりますか?」
「ふふふ、問題なくってよ……でも燃料は、あんまり入ってないみたいですわね」
「なら次はガソリンだな、灯油ポンプがオレの家にひとつと、この車にひとつ積んであるから、二手に分かれてガソリンを抜いてこよう」
「家に戻って工具とポリタンクと必要な物は持って来ないとですね」
「また階段かよ、本当に行ったり来たりだな」
戦えない女の子だけを駐車場において優馬の家まで引き返すのは不安だったが、息を切らす詩織里の顔をみたら、俺は何もいえなくなってしまった。詩織里と萌衣を地下駐車場に残し、俺たちは必要な道具を急いで取りに戻った――――――。
「――ふう……これで一応、必要な物はそろったんじゃねえかな」
「じゃあ早速取り掛かろうと思うが、その前にこいつを車に積み込ませてくれ」
「――? アーチェリー?」
「かなり高級ないいモノなんだぜ、ついでに矢も結構あるぞ」
「優馬って、弓道が本職じゃなかったのね」
「アーチェリー部なんて学園になかったからな、弓道もちょっとかじってみようと思ってね」
「優馬、他にもどんどん積んじゃってもいいか?」
「持っていくものがあるんなら積んでいいと思うぞ、だがその前にガソリンだろ、陸」
「そうだった、適当に工具とポリタンク分けて取り掛かろうぜ」
「萌衣は陸先輩とがんばります!」
「じゃあ、そっちは陸と萌衣ちゃんと琥珀君で頼む、残りはこっちでやることにしよう」
「わかった、みんな行くぞ!」
「はいですぅ!」
空のポリタンクを抱えて萌衣は小走りで俺についてくる。こんな小柄で非力な女の子が常に危険と隣り合わせで必死になって生きていかなければならないこの堕ちた新世界には、きっともう神なんて存在しない――。存在するのは………………狂った神モドキだけだった。
「――多くはないが、ガソリンはとりあえずは良しとして………………」
「なぁ優馬、都心までガソリンってこれだけで足りるのか?」
「だからとりあえずと言っているだろ」
「燃料切れ起こす前に途中で補給しながら行けばきっと大丈夫ですわ、燃費よくエレガントに運転してみせますわよ」
「ガソリンに関してはそんなに心配しなくても良いと思いますよ。なくなっても別に死ぬわけではありませんから」
「なくなったら死んじゃうのは……」
「食料か………………」
この話になると、どうしてもネガティブにならざるをえない現実が恨めしかった。ここ数日まともな食事など誰も摂ってはいない……俺は少しずつだが確実に体力が奪われていく感覚とリミットまでに中継ポイントへたどり着けなければ、、デッドエンドを迎えてしまうクソゲーをやらされている感覚に陥るほどの危うい精神状態だった。腹が減ったら頭を少しかじらせてくれるような、そんな存在ですら愛おしく思えるほどに――――――。
「……陸先輩、食べ物がもうそんなにないですよぅ」
「どうするよ……、みんな」
「もしかしてこのままいきなり都心に出発なんてことはないわよね?」
「確かにこの先、何があるかまったく予想がつかない、地元で食料や諸々を確保してから出発する方が賢明か………………」
「まぁ、地元なら店の場所もわかるし迷うこともねえだろうしな……」
「そうですね、ちょっと安易ですがそうしましょう」
琥珀のいうとおり安易な発想だと感じてはいたが、しかし、手ぶらというか……何の準備もせずに出発するのは、丸腰で敵陣に突っ込む様な愚かな行為のようで、多分、みんなもそれはどうしても避けたかったのだろう。
何氏の兵法書だか知らないが、完璧に準備を整えてから戦争を始めることなんて出来ない。そんなような言葉を聞いたことがある……ただそれでも、たとえ気休めにしかならなくても、今の俺たちには少しでも不安を消し去ることが大事だった……そうしなければ、きっと怖くて動きだせやしないから――――――。




