15 堕ちていく世界
「――あら?」
「どうしたんですか? 詩織里先輩」
「ごめん萌衣ちゃん! ちょっと静かにして!! ………………何か聞こえるわ!?」
「先輩! それって、もしかして!?」
「間違いないわ! 誰かが何かを言っているわ!!」
「萌衣、みんなを呼んできます!!」
大きな瞳を見開いて、焦った様子で萌衣はみんなを探しに走り出す――。
『……神の……が……しています……悔い改め………………』
「何とか電波を拾わないと………………」
詩織里は周波数帯を細かく調整し、電波を拾おうと必死だった。
『ザザッ――……新世界の……我々………………』
「もう少し、せめてもう少しちゃんと聞こえれば……」
様々な周波数帯を調整しながら、焦燥交じりで詩織里はみんなを待っていた――――――。
「――詩織里! 電波を受信したって本当か!?」
「陸、まだはっきりとは聞こえないけど、間違いないわ!」
「詩織里さん、付属のアンテナ線を持って外へ出ましょう! 室内よりも外の方が受信状態は良くなるって聞いたことがあります!」
「わかったわ、みんな外へ!」
『ザッ――サー……天罰が下ったのです』
「聞こえたわ!!」
『――傲慢な罪深き人間たちに全能なる者は最後の審判を下したのです』
「なんだ、これ………………」
『罪深き人間達は滅び、浄化された聖人のみが生き残る新世界、理想の社会を実現するという大きな試練を全能なる者は我々に与えたのです。新世界の創造……それこそが我が浄化教会に与えられた使命なのです。不浄なる者どもを駆逐し、聖者だけの理想の新世界を創るのです。悔い改めるのです、さすれば、我が浄化教会は惜しまず救いの手を差し伸べます』
「………………浄化教会って、あの浄化教会だよな?」
「新興宗教はあんまり信用したくはないわね……」
『我が教祖様は直接に神の啓示を拝聴し、ウェイクラムとして覚醒なされました。まさしく、神を宿した存在なのです!! 我が浄化教会に力を貸してくださる聖者には日々の糧を保障致します。共に我々、選ばれし聖者だけの理想の新世界の創造を成し遂げましょう』
「ねえ陸先輩、浄化教会に入れば毎日ごはんは食べられるってことですか?」
「一応はそう聞こえるけどな……」
「とても信用は出来ませんね、この教団は以前から良い噂は聞いたことがありません」
「ひとつ繋がったことがある……ここ数日の間、屋上から周辺を観察していて気付いたんだが、白装束の連中があちこちを荒らしまわっているのを何度か見たんだ」
「教団の信者かしら?」
「多分な、大きなトラックで周辺を荒らしまわっていたぞ……、おそらく金品や食料を運んで行ったんだろう………………それと、人間もな」
「――人間!?」
「ああ、老人や子供、男も女も見境なく運んで行ったのを偶然見たんだ」
「浄化教会のやりそうなことですね、たぶん男性は労働力として、女性は慰み者でしょうね」
「琥珀ちゃん、ナグサミモノってなんですの?」
「詳しくは、僕の口からはちょっと………………」
「他にも広場の方で異様な集団を見たな、音は聞こえないが人間を木に吊るして狂ったように騒いでいた……お友達にはなれそうにない雰囲気だったな」
「………………僕たちを取り巻く環境は最悪ですね」
ラジオから流れてきた言葉は決して俺たちを救ってくれる言葉ではなかった。『新世界の創造』その言葉が延々と残酷にも流れ続けていた――。日を追う毎に確実に減り続けていく食料……そのことにあせりや恐怖をおぼえながらも次の日も、その次の日も、俺たちは生き残る最善の策を模索し続けていた。何が正しいのかなんてわからない、俺たちに出来ることもたかが知れている。それでも俺たちは俺たちが出来ることをやるしかなかった……、まるで俺たちを追いつめるように刻々と堕ちていく世界の中で――――――。
「――さて、これからどうするよ、食料も段々少なくなってきたぜ」
「今日、一日分で終わりって所かしらね」
「数日過ごしてみましたが、自衛隊や警察も動いている気配はゼロ、完全に無政府状態ですね」
「政府の機能は完全に死んでいるとみて間違いないですわね」
「だとすると公的機関からの救援は望めないということか………………」
「公的機関どころか、どこからも救援は望めないでしょう」
「……まるで戦争みたいね」
「戦争の方がマシかもしれません、捕虜の扱いや条約に協定、戦争にもルールがありますが、この世界にはもう何のルールもありませんから………………」
「もはや何も頼れない、自分たちの力だけで生きていかなければならないという事か…………」
良くいえば現実的な性格だが、悪くいえば悲観的な性格の優馬は長い足を組んで座ったまま、その一言をいい放ち軽く唇を噛みしめた。
「問題はどうやって生きていくかだがな……」
「浄化教会にでも入信するか?」
「陸、悪い冗談はよしてよね」
「とるべき道は幾つかありますが……どれにします?」
鋭い目つきで一点を見つめたまま、頭の回転の速い琥珀が口を開く――。
「こういう時に琥珀ちゃんは頼りになるわね」
「聞かせてもらおうかしら……」
「はい、まずは……出来るだけ長くここに留まる案です。まぁ、限界はあるとは思いますがね。後は、ちょっと消極的ですが全員で無人島なり、人のいない田舎に隠れて自給自足で生活する案です。海沿いなんかは魚がたくさん獲れそうで個人的にはお勧めです、この案は比較的安全かもしれませんが生活は苦しいでしょうね」
「今でも生活は苦しいから、どっちもどっちね」
「それと、あとひとつは……非常に危険ですが都市部へ移動する案です。都心なら様々な物資がまだまだ豊富にあると考えられます。しかし、人口過密地域ですから当然、リスクもかなり高くなるとは思いますが………………」
「都心から離れたこの街でも凄惨な現状なんだぜ、中心部なんてどうなってるんだろうな」
「本質は何も変わらないでしょうね、惨状の規模が大きくなっただけだと思います」
「ベストの選択肢はどれかしらね……」
「萌衣は田舎でみんなと暮らしたいです!」
「陸……お前はどうしたい」
「俺は……俺は、都心部に出るべきだと思う………………」
「……どうしてそう思うのかしら?」
「たくさんの人たちがいるってことはさ……俺たちみたいにみんなで力をあわせて生きようとしている人たちがいるかもしれないじゃないか」
「その逆もあるぞ、ひょっとしたら人間狩りを楽しんでいる人種の坩堝かも知れない」
「そうかもしれないけど……………………………………」
「確かに都心部はメリットもたくさんあります。一種の都市鉱山、もしくは都市型黄金の国、といったところでしょうか……ですが、そう考えているのは僕たちだけではないはずです」
「ハイリスク、ハイリターンってことだろ、そんなことは俺だって解かっているさ」
「それでも都心に行くべきだとお考えですの?」
「俺は、そうしたい………………。」
「これは賭けかも知れませんが……実は僕も陸さんの考えに賛成です」
「琥珀くんも都心部に出るべきだと?」
「はい、やはりここにいるにも限界がありますし……どうせ動くなら早い方がいいと思います」
「リスクはあるけど、ふたりがそういうのならしょうがないわね………………」
「萌衣は陸先輩についていきますのでノープロブレムですよぅ」
「みなさんがそうおっしゃるのでしたら、わたくしもお供いたしますわ」
「ったく、やれやれだ……皆がそれでいいなら、新しい門出の準備でもするか………………」
「でも準備って……具体的にはどうすんだよ」
「必要な物をまた調達するしかないですね。歩いて都心部までは距離があり過ぎますから車が必要です、それと燃料も――」
「車だったら地下の駐車場にたくさんあるが、鍵がないな」
「車の鍵ならこのマンションの部屋のどこかに必ずあるはずです、探しましょう」
「燃料はどうするんだよ?」
「バールかなにかで他の車両の給油口を壊して灯油ポンプで移し替えましょう。もしくは直接ガソリンスタンドから拝借して来るかですね」
「ガソリンスタンドなら街道沿いにあるがな………………」
「……あんまり大通りには出たくないわね」
――――――同じ轍は踏みたくない、過去の惨劇が一瞬、俺たちの脳裏をよぎった。
「ご想像通り、表通りは危険ですのでガソリンスタンドは最後の手段にしましょう」
「ところで運転は誰がすんだよ?」
「運転は桜華姉さんにやってもらいます」
「初心者ですけれど運転免許なら持ってますわよ」
「なるほど、そういうことなら早速準備に取り掛かりますか」
「そうですね、では最初に地下駐車場で車選びから始めましょう――」
いつまでもこの状況を保てるわけがない、そんなことくらい俺にもわかってはいた。しかし、ただ黙ってじっとしていることも、きっともう限界だったのだろう……なにか動いていないと不安で押し潰されそうだったから…………この時の俺をつき動かしていたのは希望という名の包装紙に包まれたただの恐怖心だったのかもしれない――――――。




