11 仲間
「――貴方、大丈夫でいらして?」
少し慌てた様子で、モップを持った可憐な女性は俺の傍らに立っていた――――――。
「………………ありがとうございます……何とか、大丈夫みたいです」
「よかったですわ~、死んじゃうかと思いましたわ~、それとも刀で切られても死なない自信でもおありでしたの?」
「あるわけないでしょ! 本物の刀で切られたら、いくらなんでも死んじゃいますよ」
放り出された模造等を拾い、俺は彼女に手渡した。
「あら、この刀……偽物でいらしたのね、だからあなた方はあんな行動にでられたのですわね、すごいわ! 君たちって!!」
危機感の削がれる気の抜けた声の後に透き通るような、しかし、それでいて凛とした力強さを感じさせる声が聞こえてくる――。
「本当にお見事でした。まさか日本刀が偽モノとは……、一時はどうなる事かと思いました」
声主の方を振り返ると、俺が蹴り飛ばしたノミを握りしめた少年がすぐ目の前に立っていた。
「陸を助けていただき本当にありがとうございます。貴女の脇腹への一撃がなかったら、僕らもどうなっていたか………………」
「お気になさらないで、当然のことをしたまでですわ」
「姉さんの一撃を受けてまともでいられる人間はいませんよ、僕もこのノミで加勢するつもりでしたが……その必要もなくなり安心しました」
「姉さん? ご兄弟でいらしたんですね」
「はい、全然似ていませんけどね」
そういって少年は屈託のない笑顔で微笑んだ――――――。
「――お話中の所わりぃけどさ、さっさとここから離れようぜ……このデカブツが目を覚ましたら面倒だしな………………」
「ん? あぁ、そうだな、じゃあ荷物を持ってオレの家に急ごう」
「そうね、とりあえずみんなが無事で何よりね」
「萌衣のお菓子も無事ですぅ」
「………………みんな急ごうぜ」
俺たちは助けてくれたふたり組みに軽く頭を下げ、この場を立ち去ろうとしたその時だった。
「あ、あの……お待ちくださいな!!」
「――? ――なんです?」
「あ、あの……わたくし達も一緒に連れて行ってくださいませんか?」
「………………俺たちと一緒に来たいんですか?」
「はい! きっと、貴方たちなら……きっと………………」
彼女は、その後に続く言葉を思いつかなかったのであろうか……胸元でギュッと強く両手を握りしめ、そのまま黙り込んでしまった――――――。
「………………わかりました、一緒にいきましょう」
「陸!? あなた……、それでいいのね?」
「詩織里、俺はこの人たちを信じたい、何より一応は命の恩人なんだぜ」
「………………わかったわよ、陸がそうと決めたら、もう何を言っても無駄でしょうし……」
「という訳で、これからはお互いに協力して生きていこう、俺たちは今から仲間ですから……」
「やれやれ………………じゃ、そうと決まれば、みんなでオレの家へ急ごうか」
「あ、ありがとうございます!」
多少の困惑顔をしていたが、優馬もそういって彼女たちを受け入れてくれた。もちろん漠然とした不安は抱えていたが、俺はどうしてもこの人たちが悪い人たちには思えなかった……。
こうして念願の食料を獲得した俺たちは、新たな仲間と共に優馬の家へと急ぐ――。たった今、出会ったばかりの人間を信用するほど、いくらなんでも俺だってそこまで馬鹿じゃない。でも俺にも不思議とこの人たちなら大丈夫だという確信……おそらくモップを抱えたこの女性と似たような感覚があったのかもしれない……どういう訳か、俺にはこのふたりを絶対に受け入れなければならないと感じられて仕方がなかった――――――。
「――着いたぞ、ここの十五階だ」
「………………ここも随分とひどいわね」
一階のロビーに小柄な女性と警備員と思われる人の遺体が転がっていた。フロントの窓口のガラスも割られ、内部もひどく荒らされている――。
「エレベーターは……片方のドアは開きっぱなしだし、あの様子じゃあ動いてないかしら……階段で十五階…………この荷物を持って十五階はダイエットとかそんなレベルじゃないわね」
「文句言ったってしょうがねえだろうがよ、俺なんかペットボトルが大量に入ってるバッグを持ってんだぜ、詩織里なんかまだマシだよ」
「あたしはか弱い女の子なの!」
「ふたりともモタモタするな、重いバッグを持っていようが、か弱い女の子だろうが関係ない、他に選択肢はないんだ、さっさといくぞ!」
俺たちを突き放すように優馬はスタスタと階段を上がっていく。確かに優馬のいう通り他に選択肢はない。俺たちは太股の疲労が後日、痛みに変わるのを覚悟して重い荷物を抱えたまま十五階まで階段を駆け上がった――――――。
「――ここだ、今、鍵をあける……それと皆、室内には靴のままであがってくれ」
「え? 靴のままでいいんですか、優馬先輩」
「こういう状況だからな、何かあってもすぐに行動が出来るように靴は履いておけ」
「なるほど……さすが優馬ね、わかったわ」
「優馬ちゃんって頭いいですわね~、じゃあ、わたくしもそうさせていただきますわ」
「優馬ちゃん?」
「わたくしの方がお姉さまですから、いけないかしら?」
「………………………………………………いや、それで結構ですよ」
「じゃあ悪いけど、靴のままでお邪魔させてもらうぞ」
「気遣いなんて陸らしくないな……あぁ、気にするな」
靴のままでよそ様の家にあがることに妙な感覚を覚えたが、俺たちは優馬のいう通り、靴を履いたまま室内へと入っていった――――――。




