10 コンビニモドキ
「――優馬、倉庫に鍵がかかってるぜ」
「………………壊すしかないな」
「どうやってだよ?」
「どうにかしてワイヤーロックを切るしかないわね」
「そこら辺に何かないか?」
「倉庫脇の棚に工具っぽい物がたくさんありますけど………………」
ワイヤーロックを切る工具類を得る為、俺たちは使えるものがないか棚の物色をはじめる。
「――あまり大きな音を出したくはないんだがな……仕方がない」
「ノミとハンマー? そんなもので切れるのかよ!?」
「目ぼしい物がこれしかないんだ……やるしかないだろ。陸、思いっきりワイヤーを引っ張っててくれ、伸びきった所をぶった切る」
「わかったよ、やってみるしかねぇな……おらよっとッ!! 早くしろッ!! 優馬ッ!!」
「すまない、陸、行くぞッ!!」
そういうと優馬はワイヤーに刃を立てたノミを全力で、それでいて器用にも正確にハンマーで叩き出した……すると当然、鋭い金属音が辺り一帯に響き渡る――――――。
「――っチ! 意外と音が響くな、萌衣ちゃん、詩織里、周囲を警戒していてくれ」
強張った表情で萌衣と詩織里は黙って頷き、俺たちに背を向ける。
「優馬、早くしろよッ!!」
「わかっている! 次で終わりだ!!」
渾身の力で優馬は一気にハンマーでノミを叩く、その瞬間『キンッ!』という甲高い金属音と共にワイヤーロックが弾け飛んだ。
「やったッ! 切れたぞッ!!」
「かなり音は響いたがな………………」
「……大丈夫よ、誰もいないわ。みんな、早く中に入りましょう」
相変わらず緊張を含んだ表情で詩織里はみんなを率先して倉庫の中へ誘導した――。
「ビンゴ! 手付かずでかなり残ってるぜ」
「ダンボール箱のまま、手付かずで残っているな」
「これだけあれば四人でも、しばらくは食料に困らないわよね」
「とりあえず、萌衣はお菓子をバッグに詰めちゃいますね」
「お菓子って……おまえ………………」
この娘はどういうわけか、こんな事態だというのにまったく緊張感を感じさせない。萌衣は一心不乱にお菓子をバックに詰め込み始めた――。
「まあ女の娘だし、仕方がない……男のオレたちは重い物をバッグに詰めていこう」
「あいよ、重い物からっと……」
「陸、お茶とかミネラルウォーターを優先的に詰めていってちょうだい」
「わかった、じゃあ詩織里はインスタント食品を頼む、優馬も適当に詰めていけよ」
「今、やっているよ」
「萌衣のバッグはもうお菓子でパンパンなんですけど………………」
「お菓子だけか?」
「……? そうですよ?」
「不思議そうな顔すんなッ! ったく!!」
「じゃあ、萌衣ちゃんは倉庫の外で見張っててくれ、誰か来たらすぐにオレたちを呼ぶんだよ」
「わかりました、優馬先輩。じゃあちょっと外を見てきます」
「……なぁ、優馬」
「ん? なんだ、陸」
「これって略奪じゃないのかな?」
「略奪か………………」
「陸……、あたしたちだって人間よ、食べなきゃ生き残れないわ」
「そうだけど、俺たちのやってる事って、今まで出会って来たやつらとあんまり変わらないのかなって、ふと思ってさ………………」
「そうかもしれないな……だけどオレたちは娯楽で人を殺したりはしないだろ」
「そうね、あたしたちはまだ『人間』よ」
「………………柄にもなく難しいこと考えちまったな、ごめん、みんな気にしないでくれ」
「たまには頭を使うのもいいんじゃないかしら」
「ちゃんといつも使ってるよ、まったく」
こうして俺はバッグにペットボトルを詰め込み続ける。罪悪感を拭い去れないままに――。
「――――――だいたい詰め終ったかな、俺のバッグめちゃくちゃ重いんだけど」
「男の子でしょ、泣き言いわないの」
「じゃあ詩織里、これ持ってみろよ!」
「か弱い女の子に持たせる気!? 最低ね」
「どこが、か弱い女の子だよ」
持てる範囲の食料をバッグに詰めて倉庫から出た俺たちは、やはりこの世界は完全に崩壊し、『新世界の創造』がもう始まっているという事をあらためて痛感させられる――――――。
「……おい、ガキども、人の店の物を盗んでいいと思ってるのかよ!」
倉庫を出ると、萌衣の首元にノミを今にも突き刺そうとしている大柄な男が立っていた。
「萌衣ッ!?」
「動くんじゃねえ! おかしな動きをしたらこの女を殺すぞッ!! お前らのバッグと武器をそこに置け………………」
「陸先輩、ごめんなさい……」
か細い声でそういった萌衣は小さく小刻みに震えていた。当然、萌衣の命を最優先に考えた俺たちは、黙って指示に従うしかなかった――。
「奥の倉庫に気付きやがったか……中々に勘がいいじゃねぇか、大概の奴等は店の中の様子をみたら軽く散策した後にあきらめて帰っていくのによ………………」
「ごめんなさい! 勝手に食べ物を持ち出したことは謝るわ! でもあたしたちは、ただ少し食料を分けて欲しかっただけなの!!」
「生憎だがな……お前らに分けてやれるほどの食い物はねえよ」
「ほんの少しだけでいいの、お願い!」
「しつこいぞ!!」
「どうしてわかってくれないんだ! 同じ人間だろ!! 一緒に力を合わせてみんなで生き残ればいいじゃないか!!」
「……お前らなんかを信用できるわけねえだろが! 一瞬のうちに店の商品は盗まれ、揚句に店番に出ていたおふくろも殺された……おふくろは店の食料品をみんなに分け与えようとしていたはずだった、けどな……お前らみたいに武装した連中がおふくろを殺して何もかも奪っていきやがった! レジの金も、おれのバイクも……何もかもだ!!」
「俺たちは何もかも奪っていくつもりはない! 信じてくれ!!」
「……失せろ、ガキども」
男は歯をくいしばり、悔しそうな表情を見せる――。この男の体はとてつもなく大きくて、屈強そうだったが、精神面はひどく幼そうに思えてならなかった。
「……わかりました、僕らのバッグはここに置いていきますから、その娘を返してください」
優馬は丁寧な口調で、その巨漢との交渉を始める――。
「それも信用できない、この女を解放したらお前ら全員で襲いかかってくるつもりだろう……」
「俺たちはそんなことはしない! いい加減に信じてくれ!!」
「――ひとつ提案があります、僕たちは武器をすべて捨てます。そしてこの日本刀をあなたに差し上げます、そうすれば少しは安心できるんじゃないですか? いくら僕たちが数で勝っているとはいえ、日本刀を持ってる相手に素手で立ち向かおうとは思いませんよ。仮に僕たちが全員で襲いかかったとしても日本刀を持っているあなたの勝ちは絶対的に揺るぎないものです、それでも安心できませんか?」
優馬が模造刀を拾い、軽く手前に投げ捨てた。
「おい、優馬、あの日本刀って……」
「静かに、陸……、黙っているんだ」
そういいながら俺たちは模造刀から少し距離を置く。
「――さぁ、どうぞ、持って行ってください」
この時、優馬はすでに萌衣に合図を送っていた。ああ見えて萌衣は頭のまわる娘だ。彼女は俺たちの意図に気付いたようだった――。
「……てめえら、動くんじゃねえぞ」
そういうとその大男は警戒しながら刀に近づいて来る。
「……陸、まだ動くなよ」
ほんの一瞬、わずかな隙も見逃すわけにはいかない……萌衣の命が懸かっている。
「頼む、萌衣、お前次第だぜ………………」
――たった数秒の時間が何時間にも長く感じられた。
「………………まだだ、まだ」
その大男は刀を拾い上げようと屈む、そして凶器のノミを置き、ついに刀を抜こうと両手がふさがったその刹那、萌衣はスルリと大男の腕から抜けた。
「今だ! 陸ッ!!」
「わかってるっての! だぁぁぁぁぁしゃあッ!!」
俺たちは萌衣が奴の腕からすり抜けるほんの一瞬前にすでに動き出していた。俺は迷わず、怯んだ大男が足元に置いた凶器のノミを蹴り飛ばす。
「テメエら! ぶっ殺すぞっ!!」
そう叫ぶとその大男は刀を抜いた。そして、躊躇なく一番近くにいた俺に切りかかって来る。いくら偽物とはいえ、こんな大男に刀を打ち下ろされたら、おそらくただでは済まない。俺は腹を括って痛みを受け入れようとしたその時だった――。
「覚悟なさい! はぁあああッ!!」
聞きなれない女の声が聞こえた。俺は振り返り、女の方を見るとその女はモップの柄を大男の肋骨に突き込んでいた。
「落ちろッ!!」
怯んだ大男の顔面に、そう叫んだ優馬は容赦なく蹴りを入れる。完全に意識を持っていかれた状態だったのか、その大男は声もなく、一切の受け身も取らずにその場に頭から崩れ落ちた。




