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第三部 一話 大霊障・前編

前回までのあらすじ

天道宗とのインタビューで彼らの目的が『この国に破壊と混乱をもたらすこと』であると確信した水無月達。

インタビュー中に起きた同時多発の自殺テロによって、一連のヨミ騒動で最大級の衝撃を受けた日本社会は自殺のニュースに過剰反応するようになる。

伊賀野和美と丸山理恵の友情によって天道宗本部の場所が特定され、連雀と興信所の活躍によって天道宗の本山・道厳寺の場所が特定される。

水無月達が一歩ずつ進んでいく一方、天道宗もまた着実に状況を進めていた。

平将門ゆかりの神社関連施設が放火され、役目を終えた逆北斗七星を構成していた招霊箱を掘り出しはじめる。

ネットでの知名度を得たOH!カルトはデモを企画し、ジローや和美の協力を得てデモは拡大していく。

そんな中で勧請院と再会を果たした水無月は、警戒しつつも勧請院に憑いた女の霊と一時的に休戦し、対天道宗として連携していくのだった。

勧請院さんと合流してから今日で3度目の天道宗施設襲撃。

俺がカメラを向ける先で、篠宮さんと勧請院さんが天道宗の男から話を聞き出している。

勧請院さんが1人で乗り込んで油断させつつ施設内を制圧し、その後にカメラを持った俺から施設内に入って撮影する。

まあ制圧といっても施設にいるのはほとんどが中高年の大人しそうな人たちで、なぜか不自然な体勢のまま気を失っているので、その場で暴力が振るわれた形跡はない。

勧請院さんによる威圧というか、霊的な何かを浴びせると普通の人間は気を失うのだそうだ。

試しにやってみせようかと言われたので、丁重に断っておいた。

責任者らしき男を確認してから施設内にいる人間を片っ端から眠らせ、責任者だけを叩き起こして話を聞き出す。

その施設に箱があれば奪ってから引き上げる。

そんなことを2日と空けずに繰り返している。

施設襲撃の報告が天道宗本部に上がって対策されてしまう前に、できるだけ箱を奪っておこうという方針だった。


「どなたか知りませんがお引き取りください。すぐに立ち去らないと警察を呼びます」

5度目の襲撃に向かった施設でそう言われたことで、俺たちが襲撃してまわっているのが各施設に伝わったのだと理解した。

これまでに強奪した箱は合計6つ。

聞き出した情報は似たり寄ったりで、末端の宗務所長の知っている情報に限りがあることがわかった。

この成果を持って10日間に渡った襲撃はひとまず終了となり、次のデモの準備に入った。

天道宗からの仕返しというか、逆襲撃を警戒していたものの、今のところ誰の周りでも不審な点は見当たらなかった。

それでも用心に越したことはないし、特に女性陣には常に身の回りをガードする男をつける必要があるということになって、篠宮さんには神宮寺氏かそのお弟子さんが、伊賀野氏には普段から引き連れているお弟子さん達が、平野氏と連雀氏は興信所に手配した男性職員が、それぞれ担当するという。


何度目かのデモ当日。

もはや数少ない現場となった、鎮め物を掘り出していると思われる解体現場の周りで、声を張り上げ天道宗を煽る。

「天道宗は国民に迷惑をかけるのをやめろー!」

『やめろー!』

いつものセリフで音頭を取ると、参加者も手慣れたもんで力強く続けてくれる。

「ヨミを使って国民を脅すのをやめろー!」

『やめろー!』

この日は久しぶりのデモということもあって100人を超えるかも知れない人数が集まった。

マイクを持って先頭を歩く俺と篠宮さんの後をガヤガヤとついてくる参加者の喧騒が勇気を与えてくれる。

中には伊賀野氏に話しかけてやんわりと距離を取られるヤツもいて、俺たちのデモはなかなかに和やかな雰囲気となっていた。

恒例のデモ後のお祓いが終わり解散となったタイミングで、参加者の一人が「あの」と声をかけてきた。

30代と思しきメガネの男性で、あまり身なりに気を使っていないタイプの、まあ言ってしまえばいわゆるオタク系だ。

デモの参加者の半分はこういうタイプの男性なので今さら驚くことでもなかった。

写真を撮りにきたのかと思い返事をすると、「ちょっと…その…」とモゴモゴ言っている。

「写真?撮ろうか?」

と聞くも反応が悪い。

と思ったら男性がずいっと距離を詰めてきた。

思わず後ずさる。

男性は俺にしか聞こえない声で、


「あの…すいません……天道宗です」

と言った。


喫茶店に移動して事情を聞く。

自分のことを天道宗と名乗った男性は俺の向かいに座り下を向いている。

その隣に伊賀野氏、俺の隣には篠宮さんが座っている。

仕事のために局に帰った阿部ちゃんから渡されたカメラをセットしている間に、篠宮さんが各自の注文を聞きドリンクを手配してくれていた。

伊賀野氏は心配そうに男性を見ている。

当の男性が可哀想なくらいにキョドッているのは、話の内容はもとより伊賀野氏の隣というのもありそうだ。

テーブルと俺にチラチラと走らせる視線が時おり伊賀野氏に飛ばされている。

「えーと、関口くん…でいいんだよね」

会話を始める合図として、先ほど聞いた名前を確認する。

「あ、はい」

一瞬チラッと俺を見て頭を小刻みに下げる。

「これ撮影させてもらってるんだけど、それは大丈夫?もちろん顔は隠すし声も変えちゃうから」

「あ、はい、大丈夫です」

低い声でボソボソ話すが不思議と聞き取れるので、話す分には問題ない。

カメラに声が入るか微妙だったので、スマホを関口くんの目の前に置かせてもらってボイスレコーダーを起動する。

「それで、さっきの話をもう一度こちらの二人に話して欲しいんだけど、お願いできる?」

「あ、はい」

そう言って関口くんは彼についての話しを始めた。


もともと彼は自殺願望があって『その手』のサイトや掲示板を巡回し、頻繁に書き込みをしていた。

Twitterでも同類のアカウントをフォローし、死にたいのに死ねない愚痴を言い合ったりしていたら、ある日、天道宗の工作員と思しきアカウントからオフ会に誘われたという。

「それで…あの…オフ会に行ったのは間違い無いんですけど、その時の…記憶が曖昧で…さっきのお祓いで…ちょっと思い出したっていうか…」

言いつつチラッと伊賀野氏を見る。

「思い出したっていうのは、関口くんがオフ会に参加した時のこと?それともデモに参加した目的のこと?」

「あ、両方です。オフ会の時のことは…まだあんまり思い出せないんですけど…その…今日のことは…思い出しました」

「デモに参加した目的っていうのは?」

「…………自殺…するためです」

その言葉に篠宮さんと伊賀野氏が息を呑んだ。

さっき聞かされた俺も改めて衝撃を受けているのがわかる。

自殺するつもりだった。

ということは関口くんは天道宗の仕込んだ自殺志願者で、デモの最中あるいは終了後に何らかの形で自殺して見せ、ヨミの力をアピールする役割を持っていたと。

「それで自分のことを天道宗って名乗ったわけね。確認したいんだけど、関口くん自身は天道宗の教えを信仰しているの?」

「あ、いえ、全然」

「なるほど。あくまで巻き込まれた側の、言ってみれば被害者なわけだ。それでもうひとつ確認したいんだけど、関口くん自身がまだ自殺したいかどうかは置いておいて、これからも天道宗の工作員を続けるの?」

「え?…あの…」

「オフ会でかけられた催眠は今のところ解けてる訳だけど、いつかまた発動しちゃうかも知れないじゃない。昨日も電話がかかってきて、それで今日のデモでの自殺を指示されたわけでしょ?また電話がかかってきたら、また自分の意思とは関係ないところで自殺させられる可能性もあるわけだ」

「…………」

「その状態でいるのか、あるいは俺たちに協力して天道宗にかけられた術を解除する方向で動くのか、あるいは何もしないでとりあえず様子を見るか、どれがいいとかあるかな?」

「あの…いや…あの…」

チラチラと俺とテーブルを見比べるように視線を動かす。

目をあわせるのが怖いのか、それでも何かを言いたいのか、とにかく動揺しているらしい。

「……嫌です」

ようやくボソッとそう言った。

「嫌っていうのは?」

「…死にたくない…です」

俺の目を見てそう言った関口くんに、篠宮さんと伊賀野氏が安心したように息をついた。

「も…もともと死ぬつもりなんか…本気で思ってるわけなんかなくて、ただネットでそういうギリギリの仲間と、喋ってるのが楽しいとか、そんな程度なんですよ」

スイッチが入ったのか、関口くんの言葉が次々と出てくる。

「オフ会だって、ただの飲み会みたいな感じだったし、注射とか、ほんとにやるとは思ってなくて、あんまり覚えてないからほんと申し訳ないんですけど、ぜんぜん僕は死にたくなんかないですし、ただ楽に死ねるならちょっと考えちゃうというか…情報を知れるだけで楽しかったというか…ほんとそんな感じで…」

最後は途切れ途切れになりながらも関口くんは言い切った。

よく言ってくれたという気持ちと共に、腹の底に嫌な重さと怒りが溜まっていくのを感じる。

フムと大きく息をついて会話を引き継ぐ意思表示をする。

「ありがとう。関口くん」

はっきりと伝える。

俺の言葉に顔を上げた関口くんと目を合わせる。

「関口くんの証言ではっきりわかったよ。天道宗は間違いなく殺人をしている」

「…………」

「死にたいとは言っていても、本気の本気で死ぬ覚悟まではしていなかったわけでしょ?そんな関口くんを酒と薬と術で自殺テロに仕向けたわけだから、これは間違いなく殺人だよ。少なくとも教唆とかそういう類のね。天道宗が言ってた『我々は人を殺していない』というのは嘘だと断言できる」

「ですね」

俺の言葉に篠宮さんが乗っかる。

「関口さんみたいに自殺に誘導されちゃった人がどれだけいるのかわからないですけど、関口さん一人だけなんて考えられないですし、もしかしたら大部分の人がそうかもしれない。そういうボーダー上の人を自殺の方向に誘導する時点であいつらの責任は間違いないですよ」

ボーダー上。

おそらくは関口くんもそうだったのだろう。

無理矢理に自殺させるなんて催眠でも術でも無理ということだったから、そのオフ会とやらで仲間意識とか同調圧力とかそういったもので彼を自殺に誘導した。

酒と薬で思考を鈍らせ、催眠がかかりやすいような術を使って自殺テロに仕立てた。

たったいま関口くんは『自殺するつもりなんてなかった』と言っていたが、俺たちの前だからそう言った部分もあるかも知れない。

現に催眠とはいえ自殺を受け入れてしまったのだから、ボーダー上にいたのは間違いない。

いずれにせよ今の関口くんは自殺サイドからこちら側へと戻ってきた。

それはおそらく催眠と密接に結びついているであろう術を、伊賀野氏のお祓いが取り除いた結果なのだろう。

「それじゃあ関口くんとしては、術と催眠を解除するために、あるいはお祓いで解除できたのか確認するために、俺たちに多少は協力してくれるということでいいかな?」

「あ、はい。大丈夫です」

赤べこのように首を振りながら答える。

こうして俺たちは自殺パフォーマンスを行う工作員の確保に成功した。

しばらくは伊賀野氏のお寺でお弟子さんたちに監視されつつ、彼にかけられた催眠と術の解明に協力してくれることになった。


それから数日が経ち、何度目かのデモの翌日。

俺は民明放送の編集ルームで動画の確認と編集をしていた。

モニターには昨日のデモで参加者さんと話す篠宮さんと伊賀野氏の様子が停止している。

「…………」

最近どうにも篠宮さんの雰囲気が変わったように思う。

具体的に何が変わったのかと言われるとはっきりしたことは言えないが、カメラを通して見ると以前とは確実に違うのがわかる。

おそらくはデモによってではない。

関口くんたちのこと、そして勧請院さんと連携したことで思うところがあったのだろう。

関口くんの件以降ほぼ毎回のデモで、自殺するために紛れ込んだ天道宗の工作員が伊賀野氏のお祓いによって我に返り、自分が工作員であることを申し出てきた。

そしてその5人中3人が、自殺オフ会の現場で巧みに誘導されたボーダー上の人たちであることがわかった。

本気で自殺を考えていたヤツらも、伊賀野氏の祈祷で我に帰ると、自分が不可解な催眠の状態にあったことに驚いて申告してきてくれた。

今じゃ結構な人数が伊賀野氏のお寺に保護されていて、さすがに伊賀野氏も家賃というか滞在費をもらうことにしたそうだ。

彼ら彼女らの証言によって、自殺オフ会の流れはほぼほぼわかったと思う。

タツヤという術者がネットでの勧誘からオフ会での仕込みまで全てひとりでやっている。

裏方に何人いるのかまでは不明だが、催眠と術に関してはタツヤ・新藤辰也をなんとかすれば止められる可能性が高い。

すなわちヨミ騒動の仕掛人はタツヤだ。

「…………」

つくづく伊賀野氏の存在が事態解明の鍵になっていると実感する。

彼女が害されるようなことがあれば、俺たちは天道宗に対してほとんど打つ手が見つからないだろう。

後手後手に回るしかない状況でも、伊賀野氏の不思議な働きによって事態の裏側が見えてくる。

当の伊賀野氏はなぜ祈祷によって催眠が解けるのかピンときていないようだが、効くものは効くのだからという霊能者組の言うことに納得して受け入れているようだった。

篠宮さんと伊賀野氏、この二人がいなければ俺たちはとっくに諦めていたかも知れない。


「…………」

改めて画面の中で篠宮さんをズームして確認する。

撮影素材のフォルダを開いて撮影初回のデモの時の映像を再生する。

篠宮さんのアップになるところで停止して、昨日のデモの映像と見比べる。

「なんか雰囲気違いますよね」

いつのまにか後ろに立っていた阿部ちゃんが声をかけてきた。

阿部ちゃんも篠宮さんの変化に気づいていたということだろう。

まあ俺よりもカメラを構える機会が多かったから当然か。

「なんかね。違うよね」

椅子に背を預けながら答える。

昨日と初回の映像を画面に並べてよく見えるようにする。

「最近はなんか格好いい系ですよね。服装とかもシンプルで。完全にデモ仕様って感じでしょうか」

「デモっていうより戦闘モードな感じなんだよね。勧請院さんと一緒に天道宗に乗り込むようになってからずっとピリッとしてる」

当たり前だろう。

天道宗の施設に乗り込んで勧請院さんが責任者をボコボコにして篠宮さんが話を聞き出すということを、もう何度もやっているのだから。

阿部ちゃんはその現場に立ち会っていないから、あの空気感をリアルに感じていないのも無理はない。

そして関口くんを発端に明らかになった天道宗の嘘。

ヤツらは確実にボーダー上の人間を自殺の方向に誘導している。

死ぬつもりのヤツらを利用しているだけという詭弁はもう通用しない。

それを知った俺たちは静かに憤慨しているわけだが、篠宮さんは明らかに雰囲気が変わってきている。

「スイッチ入っちゃった感じですかね」

「まあそういうことだと思うよ。なんか思うところがあるんだろうね」

「ジローさんとしては、あんまりよくない変化だと思ってますか?」

「いや、わからん。いい変化とも悪い変化とも判断つかないかな」

暴力に慣れた、とは絶対に言いたくないが、カメラを回す俺ですら、天道宗施設の襲撃に関してはもう大した動揺もなく撮影するようになった。

それを主導する篠宮さんに変化がないはずがない。

「ですよねえ」

「ま、いい変化だと思うことにしよう。悪い影響が出そうなら俺らがカバーすれば大丈夫っしょ」

「ですね」

俺は自分たちがやっていることが悪いことだとは思っていない。

誰になんと言われようと俺はカメラの前で俺たちの正当性を訴えてみせる。


「というわけで、最近は篠宮さんが格好いい系女子な感じで映像的には大変素晴らしいなあと、俺も阿部ちゃんも喜んでいるわけです」

「なんですかそれ」

黙っている必要もないので、篠宮さんとの打ち合わせの際に最近の変化について思うところを述べてみたのだが、篠宮さんはピンときていないようだ。

「篠宮さんとしてはどうなの?心境の変化とかあった?」

机の上に置いたミニ三脚にスマホをセットしつつ質問する。

「いやー、私としては特になんもないっちゃないんですけど、撮影するなら許可取れよとかそういうのは言わない方がいいですかね」

「あれ、許可貰ってなかったっけ」

「聞かれてないですよ。まあ普通に許可しますけど。さっきのセクハラ発言といい、私が意識高い系だったらジローさん訴訟で大変ですよ?」

「ごめんごめん、気をつけます。でも意識高い系じゃないから大丈夫でしょ?」

「まあそうなんですけど」

そう言って篠宮さんはアイスティーについているカットレモンを指で絞った。

「意識高い系はそうやってレモンをシナシナにする前に写真撮るよね」

何気なく言った言葉に篠宮さんはウッと呻いてから苦笑しつつ俺を見た。

「そうなんですよ。いつも写真撮るの忘れて手をつけちゃうので私のインスタは更新されないままなんです」

「いちおうフォローしてるよ」

「ありがとうございます。意識低くて申し訳ない」

「意識低くて助かってます。ありがとうございます」

さて、と声を出してスマホの録画ボタンを押す。

「打ち合わせの前にちょっとインタビューさせて。大丈夫?」

「どーぞどーぞ」


軽く咳払いをして間をあける。

編集ポイントを作ると同時に意識を切り替えるためだ。

俺の様子に篠宮さんも軽く居住まいを正す。

「えー、さっきも言ったとおり、我々カメラ側から見ると篠宮さんの雰囲気がちょっと変わったなって感じるんだけど、篠宮さんとしては何か最近になって意識してることとか、思い当たることはあるんでしょうか」

映像に載せても大丈夫なように、ゆっくりはっきり、よそ行きの喋り方で話す。

「私としては特に意識してることはないです。まあ状況が変わったなとか、今まで通りではいられないなと思う出来事はありましたけど、私自身が特に何かを意識してるとかはないですね」

篠宮さんもゆっくりはっきり、ちゃんとした言葉で返してくれる。

協力的で実に助かる。

「その出来事というのは、まあこれはオフレコになっちゃいますけど、天道宗に乗り込んだことですよね?」

「そうですね。私たちが追いかけて糾弾している宗教団体、天道宗ですね、その施設を訪ねていって、責任者の方とお話をしました」

若干慎重な俺の質問に、オンレコで言葉を選んで返してくれるようだ。

非常に助かる。

「そこで色々と言い争いになって、私のほうも意図的に強い言葉と態度でやり取りをして、ああこれはもう現場レベルでの戦いなんだなっていうのを意識しました」

精神的にボコボコにして箱を奪ったとはさすがに言えるわけがない。

「今までも天道宗と戦っていたつもりはあったんですけど、彼らが現実的なテロを始めたのもあって、これからは殴られたり殴り返したりすることになるのかなと」

そう言って俺を見た。

返答終わりの合図を受けて俺から再度質問をする。


「なるほど。実際に天道宗と向き合ってみて、身の危険を感じるとともにやり返す覚悟もしたと」

「そんな感じですかね」

「天道宗はこれまでもヨミを使って人を殺してきてるわけで、充分に恐ろしい相手だと認識していたと思うんだけど、それでもそこまでの覚悟はなかった?」

意地悪かもしれないと思いつつ聞いてみた。

「そうですね。やっぱりいざ現場に立って暴力的な…あー…言葉を使ってやり取りをして、正論ではどうにもならない状況になってですね、えーと」

「ぶん殴ってでもやらなきゃいけないと」

「そうです。そのとおり」

「なるほど、必要があれば喧嘩も辞さないという覚悟をしたという感じかな」

「そのとおりです。今までのように誌面やネットで闘う場面ではなくなったなっていう感じですね。相手はそもそも言論で闘うつもりがない人たちですし」

「テロリストだもんね」

「はい。天道宗のトップにインタビューをして、彼らの主張というか建前はわかりました。その裏でやっているテロに関してはこちらも実行力というか、ある種の暴力はもう仕方ないと覚悟した感じです」

暴力という言葉を使った。

放送では言葉の暴力というニュアンスで伝えるしかないが、それでも意味は伝わるだろう。

「篠宮さん自身が天道宗相手に生身で口喧嘩をしてみて、言葉や態度によって威圧したりされたりする現場の怖さというか、そういうものを意識するようになったということですね?」

「はい。ジローさんがおっしゃるとおり私の雰囲気が変わったんだとしたら、たぶんそれが原因かなと思います」

ここまで聞ければ充分だろう。

映像としては申し分ないし、篠宮さんにも自身の変化を意識してもらえた。

意識せずに行動することで不測の事態を招くこともないだろう。


「では次の話題ですが、まあこれは今日の打ち合わせの本題でもあるんですが、このままインタビューで聞いちゃいましょう」

そう言って篠宮さんを見るとウンウンと頷いて同意を示してくれる。

「えー、これまで結構な回数のデモをやってきたわけなんですが、そろそろデモをやる現場が無くなってきてまして、どうしたらいいかなと」

「そうなんですよね。天道宗が呪いの箱を掘り出している現場に押しかけてデモをやってきたんですけど、どうにも全ての現場で掘り出されちゃった感じでして、工事自体も終わっちゃって、これからデモはどうするのかという段階ですね」

「OH!カルトさんとしてはデモの効果というか、反応はどう捉えているんでしょうか」

「はい。今まで10回以上のデモを行って、述べ700人を超える参加者が集まってくれました。弊誌のウェブサイトやTwitterでも日々情報を寄せてくれる流れができていますし、弊誌や怪談ナイトさんのフォロワーもデモ前とは比べ物にならないほど増えました。天道宗許すまじという思いはネットのほとんどで共有できていると思います。やっぱりオフ会としてのデモを開催してきたことで、継続してウォッチしてくれるフォロワーさんが増えたことが最大の成果だと思ってます。要するに仲間がたくさんできました」

仲間。

継続して雑誌やツイートに反応を示してくれるアカウントは確かにネット上の仲間といえる。

中には俺や篠宮さんが舌を巻くほどの情報分析能力を持っているヤツもいて、新たな気づきや考え方を示してくれたりする。

まあネットの付き合いなので裏取りは必須だが、心強い仲間が大量に増えたことは確かに大きな成果と言えるだろう。


「そうですね。天道宗による自作自演と思われる有名アカウントの自殺映像で脅されたりもしましたが、結局俺たちのデモからは自殺者が1人も出なかった。天道宗による工作員が紛れ込んでなお、ですよ。これだけでヨミ関連の自殺が天道宗のペテンであるという証明にもなっていると思います。さらに」

いったん言葉を切って続ける。

「天道宗は自殺志願者をデモに送り込んできて、それを伊賀野氏の祈祷によって我に返すことに成功した。彼らはいま天道宗に関する情報を引き出すために、とある場所で保護されて聞き取りを行なっています」

関口くんを含めこれまで5人の自殺パフォーマーがデモに送り込まれ、いずれも失敗してこちらの陣営に組み込まれることになった。

天道宗としてはさぞ面白くないことだろう。

「そのとおりです。あれ以来ヨミは現れていませんし、現れたところでペテンはすでにバレています。私としてはもうヨミの賞味期限は切れちゃったねという感じです。少なくともネットにはもうヨミの恐怖は届きません。せいぜいあと一度か二度、大手メディア向けに大きなパフォーマンスをするくらいだと思ってます」

ヨミの無力化宣言とも取れる発言。

実際には5人の工作員を我に返しただけな訳で、かなり強気というか過大な表現だとは思うが、映像向けとはいえそれを言ってしまえるほどに、デモ周辺での自殺者ゼロというのは大きい。

この映像をドキュメンタリーとして発表するのは天道宗をぶっ潰してからの予定だが、今の発言はぜひともすぐに出したい。

ネット上に『ヨミ終了のお知らせ』をばら撒いて天道宗を煽るくらいのことはやっても良いだろう。

そういう意味ではデモは俺たちに確実な実績を残してくれた。

篠宮さんの思いつきで始めたデモがここまでの成果を残したのには正直驚いてもいる。


「今だから言うんですが」

どうしても伝えたくなって、考えをそのまま口に出すことにする。

篠宮さんは、はて?という顔で俺を見ている。

「篠宮さんの思いつきでデモを始めたわけじゃないですか」

「そう…ですね、はい」

思いつきという俺の言葉に恥ずかしくなったのか、篠宮さんが気恥ずかしそうに頷く。

「その結果として10回以上のデモで自殺者ゼロ。自殺するつもりだった人を正気に戻すことにも成功した。これ以上ヨミを恐れる必要はないんだと断言できるようになったのはデモの成果ですよ。篠宮さんの言うとおり、はっきりとヨミの賞味期限切れを宣言して良いと俺も思います」

俺の言葉が意外だったのか、気恥ずかしそうに俯いていた篠宮さんが上目遣いで俺を見た。

「お手柄というか大手柄ですよ、篠宮さん。あなたがヨミという作られた恐怖を打ち倒した。それは胸を張って言いたいと思ってます」

意外そうに俺の言葉を聞いていた篠宮さんの顔が一瞬呆けて、突然イヤイヤと頭を振った。

「いえいえ。私はほんと思いついただけでして、ジローさんとか和美さんとか、神宮寺さんとか連雀さんとか笠根さんとか、それこそ参加者さんとか、いろんな人のご協力があってこそのデモですし、そこはみんなで勝ち取った勝利というか、あのですね…」

何を言ってるのかわからないほどの早口で、さらにはボソボソと尻切れトンボのように声が小さくなっていく。

その様子がおかしくて撮影中だが茶化してやりたくなった。

「あのさ、そこは胸を張って強気に答えてくれないと、これ見てる人が素直に喜べないじゃん笑」

「今の使うんですか!?」

篠宮さんが顔を上げて俺を見る。

その目は驚きに見開かれている。

「いや使うでしょ笑。何のためにセリフっぽい言い方したと思ってるの笑」

「いやいやいや!ほんと私だけの成果じゃないですし、むしろジローさんのおかげであそこまで広まったと思ってますし、私じゃなくて和美さんだったからこそ自殺者を守れたのは間違いないですし、それに調子に乗ってると思われたら姉になんて言われるか…」

「天道宗よりもお姉さんの方が怖い?笑」

「まあ、ぶっちゃけそういう部分ありますね。私の覚悟がどうとかデモの実績がどうとか姉には関係なくて、いつも通りザクザク刺してくるのは分かりきってますんで」

いつも以上の早口で捲し立てる。

まずいことになったという顔でブツブツ言いながら録画中のスマホをチラッと見る。

動画を消そうと考えているのかもしれない。

「やめてよ。篠宮さんがお姉さんに怒られるのはともかくとして、ヨミの無力化宣言は絶対に出したほうがいいでしょ?」

スマホを手で庇いつつ篠宮さんを牽制する。

またウッとうめいて、口をへの字にして眉を寄せる篠宮さん。

「まさに苦虫を噛み潰したっていう顔をしてるよ笑」

言いつつスマホを手で持って篠宮さんの顔をアップで撮影する。

変顔のままカメラ目線で何かを呟いた後、観念したように大きくため息をつく。

「まあいいですよ、好きにしちゃって下さい」

はああーとわざとらしい大きなため息を繰り返す。

「自分の手柄じゃないって言ってたところまでうまいこと編集して使うから心配しないでよ。調子に乗ってるように見られなければいいんでしょ?」

「まあ…そっすねー」

明らかにテンションの低くなった篠宮さんがレモンティーをストローでかき混ぜる。

篠宮さんには悪いが、姉妹の関係性よりも天道宗を弱体化させることのほうがはるかに重要なので、こればかりは妥協できないところだ。

「まあ、編集したやつを一回見てから判断してよ。それでもダメなら仕方ない」

なおもぶーたれそうな気配を出しつつも、どうやら納得してくれたようで俺をチラッと見る。

「まっ、しゃーないですね」

眉を上げてフンと息をつく。

「そっ、しゃーないの」

俺も真似して大きく頷く。

「篠宮さんは嫌かもしれないけど、対天道宗の中心は間違いなくOH!カルトさんなんだからさ、その篠宮さん発案のデモでヨミのペテンを暴けたのは大いに誇って出していこう」

んー…と少し唸ってから顔を上げて俺を見る。

「ですね。出していきましょう」

そう言って口の端を上げる篠宮さんに親指を立てて見せる。

「よく言った」


テンションが回復した篠宮さんの様子を少し撮影してから、インタビューを続ける。

「えー、デモの成果としては仲間がたくさんできたことと、ヨミの賞味期限が切れたと宣言できそうなこと、この二つで充分だと思います。あとはこれから何をするのか、ということなんですが」

俺の質問に篠宮さんがフムと息をついて俺を見た。

そして、言った。

「もう一度インタビューを申し込もうと思ってます。場所は敵の本丸、道厳寺(どうげんじ)を指定します」

「…………」

そうきたか。

敵の本丸に乗り込むということは、そこで決着をつけるということだろう。

「俺達が道厳寺の存在を知っているとバラしちゃっていいの?」

「そうですね。みんなの意見を聞いてみないと決められませんけど、私としてはそろそろ乗り込むべきかなとは思ってます。連雀さんとイタミさんが見つかってるわけですし、それで警戒されて天道を封印した箱ごと逃げられるくらいならいっそのことって感じですかね」

たしかに。

連雀氏が興信所の男性と潜入して『天道』と刻印された箱を見つけたのは良いものの、その後天道宗と思われる男達に取り囲まれ、命からがら逃げ帰ってきた。

連雀氏たちは天道宗に素性をバラさなかったし、無事に逃げて事なきを得たとはいえ、それで天道宗が逃げてしまったらせっかくの調査や潜入が無駄になってしまう。

まあ山にカップルが入り込むたびに場所を変えるようなことはないだろうが、このタイミングということで警戒されてしまう可能性は充分ある。

「慎重になりすぎて逃げられたら元も子もないもんね。俺も乗り込むなら今かなというのは感じる」

勧請院さんと連携するようになり、工作員を複数確保したことでヨミの無力化(ネタバレ)を宣言する。そしてデモの熱が冷めない今このタイミングは、こちらのコンディションとしては最高の状態だろう。


「道厳寺を指定したとして、あちらさんが乗ってくると思いますか?」

篠宮さんが逆に質問をしてきた。

「んー。わからん。けど、逃げられない状況を作るとしたら、あー…」

口にしながら考える。

「デモ隊で押しかけると予告をしておけば?」

「…………」

篠宮さんはピンとこないようだが、俺の言葉の可能性を考えてくれているようだ。

「デモ自体は道路使用許可を取れば出来るわけじゃん?それで道厳寺を囲んでデモすると天道宗側に伝えておいて、そこでインタビューしようぜ逃げんなよと喧嘩を売ってみる」

「乗ってこなかったら?」

「……警察呼ばれるの覚悟で突入かなあ」

「ですよねえ」

またしてもこの問題にぶち当たってお互いため息混じりになる。

「でもですよ」

そう言って篠宮さんが続ける。

「私としてはもうそこまで覚悟しちゃって良いのかなと思ってます」

「乗り込む覚悟はできたと」

「はい」

短く答えて俺を見る。

最近するようになった強い眼差しが俺の覚悟を問うてくる。

お前はどうなんだと。

その瞳に若干気圧されつつまた考えを口に出してみる。

「たとえ警察に厄介になるとしても、乗り込む目的はあくまで取材で、建前上は箱をぶっ壊したり蓋を開けて回るわけじゃないと。話し合いを目的とするなら不法侵入だけで厳重注意ってところだろうから…あー…」

腹を括るか。

「俺も突入で良いと思う。カメラ持ってたらジャーナリストで押し通せる、と思いたい」

そう言ってニヤリと口角を上げて見せる。

「うす」

男みたいな口調で篠宮さんが右拳を顔の高さに持ち上げて差し出してくる。

「うす」

その拳に俺も右拳でタッチする。

俺たちは共犯者になる。

他の面々との話し合いにもよるが、デモ隊で取り囲んで交渉し、いざとなったら突入も辞さないという方向で行くことになった。


「交渉の内容は?」

これまでにも何度か確認してきたことを改めて問う。

現段階でデモの圧力をもってヤツらに要求するものとは何か。

「んー。まずはヨミ騒動のペテンを認めさせること、ですかね。こちらは証人を抑えてますし、これまで何人もの命を使ってパフォーマンスをしてきたことを認めてもらう。それで然るべき罪を償わせるのがベストですけど、まあそんなことするわけないでしょうから、タツヤに自殺教唆を認めさせるのが現実的なゴールかなと思います」

「道厳寺に乗り込んで、例えばヨミに関しては認めさせられたとする。その後は何を目標にしていくんだろう」

「やっぱり最終的な目標は全ての招霊箱の廃棄と、仕掛けられた魔法陣の撤去なんですけど、そんなのいくら迫っても受け入れるわけないんですよね」

「だよねえ」

「なので交渉は決裂すると思うんですよ。それを見越して、交渉の経過とか彼らの言い分をウチや怪談ナイトさんで訴える。騒いで騒いで結局のところ大手に報道してもらうしかないんですけど、そこまで持っていけるかどうかが私たちの戦いですかね」

「だよねえ」

現実的な内容だが、大手メディア頼りというのがなんともフワッとしている。


「物騒なやり方でのゴールとしては」

そう言って篠宮さんが言葉を切る。

そして先ほどよりも強い瞳で俺を見る。

物騒なやり方という言葉に緊張感が呼び起こされ、目を逸らすことができない。

「小木親子とタツヤ、それ意外にも天道宗を動かせる人材がいるならその人たちも含めて……」

殺す。

あるいは監禁なりして、強制力をもってこれ以上の悪事が働けない状態にする。

意味深に言葉を切ったが言葉の続きは容易に想像できる。

篠宮さんは口にこそしないものの、そういうゴールがあることも考えていたということだろう。

「ふんじばって母の前に連れて行けば、母がなんとかしてくれるんだろうなーとは思ってます。

「…………」

全然違った。

篠宮さんの母上、皐月さんの前に連れて行けば解決するということか。

さっきのゴール以上にフワッとしているが、それで良いなら気持ちの上としては楽だ。

それに無理矢理にでも皐月さんの前に連れていける状況ということは、手を汚す覚悟さえあれば俺の考えた物騒なやり方も実行可能ということだ。

『邪道に堕ちてまで我々を呪殺する覚悟がありますか』

インタビューで小木老人が放った言葉。

そんな覚悟などもちろん無いが、そこまでしないと止められないということに向き合う時がいつか来るかもしれない。

あるいはすぐにでも。

ふいに天道宗の施設を襲撃する勧請院さんの姿が頭によぎって、自分のズルさに内心で苦笑する。

法律の、あるいは人としての倫理の外側に半分出ている彼女に期待してしまった。

そしてその場面を平然と撮影していた自分自身も、とっくのとうに法律からも人倫からも外れていることに気付く。

「…………」

殺す覚悟などない。

だがその手前まではもう何度もやっているじゃないか。

今さら気づいてる時点で、俺がお花畑だったというだけだ。

篠宮さんはとっくにそこまで考えていて、その覚悟が雰囲気の変化に現れている。

鑑定ライブ事件の責任者として、せめて手を汚すなら篠宮さんではなく俺がやろうと心に決める。

決意しただけで覚悟なんかできないが、少なくとも篠宮さんと考えを共有できるくらいには突き詰めておこう。

篠宮さんにやらせるくらいなら俺が。

今はそれだけしかないが、覚悟というか意識だけは持っておこうと決めた。

「わかった。とにかくひとまずは取材ということでヨミのペテンを認めさせる。その上で可能ならば箱を奪取するし、できなければ壊すし、なんだったらヤツらの身柄を抑えて篠宮さんの実家に連行すると」

「はい。それが達成されたら私たちの勝ちでいいと思います」


「箱を壊すのはどうなの?勧請院さんが蓋を開けて回ってたことに怒っていたわけだけど」

「ああそれですか。ええとですね」

あっけらかんと言って息を吸い込む。

そして一気に喋り始めた。

「何も対策しないでただ霊を解放するだけなら、周りに被害を出しちゃうかもしれないですけど、あらかじめ神様のお力をお借りして、すぐに悪さをしないように脅しをかけておくことはできるんですよ。見てるぞと。私の場合は母から教わったやり方なんですけど、和美さんや笠根さんも同じような対策法を知っているはずです」

「なるほど」

「悪霊といっても、縁もゆかりもない人をわざわざ呪いに行くなんてしないですし、周りに人がいない状況だったり、ちゃんと対策がとれている状況でなら、箱を壊しちゃっても問題ないです。まあ全部きっちり回収して結界の中でお祓いできればそれが一番なんですけど」

「なるほど」

なるほどしか言わなくなった俺を尻目に篠宮さんは絶好調で喋り続ける。

「勧請院さんの場合は周りに天道宗の一般の信徒さんが倒れている中で箱を開封しちゃってたんで、箱の中から出てきた悪霊に何かされていたケースもありそうなんですよね。まあ今さらですしそこまで手が回らないっていうのと、言っちゃ悪いですけど自業自得な面もあるので、そこは宗務所長さんが責任持って対応する部分だなと思います」

「なるほど」

「道厳寺に祀られている箱、天道の霊が入っている箱に関してはきっちり囲んで対処したいですけど、それ以外の箱だったら私たちや天道宗しか周りにいない状況なら遠慮なく壊しちゃおうと思ってます。いざ乗り込むとなったら、ジローさんもチャンスあったらやっちゃっていいですからね」

「え?ああ、了解」

唐突に話を振られて面食らう。

相変わらずのマイペースぶりに内心で苦笑しつつ答える。

それにしても。

伊賀野氏のお寺で目撃した浄霊を思い出す。

ひとりでに動いて倒れた箱。

滲み出ていた黒いモヤのような霊。

武士の霊が伊賀野氏に切り掛かっていたと。

そんなものを自分が開封する場面を想像して、とてもじゃないができそうにないと内心で降参する。

「そういう状況にならないことを祈るよ」

録画していたスマホを操作して録画を停止する。

途中から撮影モードではなくなってしまったが、これも突入を決意した証拠映像として警察に提出することになるかもしれないので、消さずに保存しておく。

最後のやり取りを撮影用の口調で再現して撮り直し、篠宮さんへのインタビューは終わった。


民明放送に戻って阿部ちゃんに今日のインタビューを見せる。

「マジっすか」

そう言って椅子に背を預け、右手で目を覆ってこめかみを揉む。

俺と篠宮さんの覚悟がショックというわけではなく色々考えているのだろう。

その体勢のまましばらく固まっている。

そしてフムと一息ついて体勢を戻し言った。

「まあリスクはあるけど雲隠れされちゃうよりはずっとマシですし、向こうが乗ってこないとも限りませんから、その方向で良いと僕も思います」

そうなのだ。

天道宗は何かと出たがりな印象がある。

まあ奴ら自体にロクな発信方法がないから、怪談ナイトやOH!カルトを通してしかアピールする場がないのだろうが、本丸といえどインタビューには応じそうな予感はある。

「何となくだけど、インタビューに応じそうな気はするんだよね」

そう言うと阿部ちゃんも大きく頷いた。

「僕もそう思います。なんというか、あの人たちって意味深な感じで言葉を濁すくせに、全然隠そうとしないというか、むしろもっと喋らせろみたいな雰囲気ありましたもんね」

小木老人の暴走で都合が悪くなって退散した形になったが、本部長の男はまだまだ喋りたいことはありそうだった。

「だよね。だから最悪突入になるとしても、その前に話し合い自体はできる気がするのよ」

「その可能性に賭けるのはアリだと思いますよ。嘉納さんは嫌がるかもしれないですけど、他の霊能者さんも多分OKな気がします。それに何度も言いますけど、雲隠れされちゃうのが1番マズいので」

話すほどに阿部ちゃんの気持ちも固まっていくようで、最後は力強く言い切った。

数日後、また民明放送の会議室に集まってこの方針が霊能者組に伝えられた。

嘉納氏は突入こそしないもののデモ隊に参加してくれることになった。

再度興信所にお願いをして小木老人のスケジュールを予測し、道厳寺にいるであろう日を指定して本部長に電話でインタビューを申し込むことになった。

興信所の調査結果を待ちつつ、『ヨミ終了のお知らせ』を発信する直前のタイミングで、俺たちはまたしても天道宗に出遅れたことを知る。


第一報はやはりネットだった。

その日、新宿、渋谷、池袋、道頓堀にある十数ヶ所のポイントで、人がバタバタ倒れていくという映像がネットを駆け巡った。

Twitterに続々とアップされる映像には、駅の構内や繁華街の一角で、無造作に置かれた黒い箱からモヤが漏れ出し、近くにいる通行人がモヤに触れると力無く崩れ落ちる様子が映っていた。

ヨミの騒動とは違い至近距離で撮影された映像の数々には、泡を吹いて倒れる男性の顔や、突然泣き叫んで逃げ出す女性の悲鳴がありありと映し出されており、同じシーンを複数のスマホが撮影して別々のアカウントでアップロードしている生々しさも手伝って凄まじい勢いで拡散していた。

民明放送の編集室で作業していたら阿部ちゃんが駆け込んできて、俺はそのニュースを知った。

すぐさまパソコンでTwitterを確認する。

凄まじい数の映像の一つをクリックする。

ヨミ騒動の時と同じような、手持ちでブレまくる映像の中で、見間違えるはずもない黒い箱と、その箱から滲み出るモヤを確認して、胃の奥に鉛を入れられたような感覚がする。

『…え、なに?……え?…ガス?…』

映像の撮影者だろうか、男性の間抜けな声が聞こえる。

映像の中では倒れた男性を中心に人の輪ができている。

倒れた人に駆け寄り介抱しようとする者、その場から走って逃げ出す者、それらはまだまともな反応をしていると思う。

ガス漏れあるいは毒ガスを疑いながらカメラを向け続けるこの撮影者が一番バカだと思いつつも、映像はありがたく見させてもらう。

同様にさまざまな場所で倒れたり錯乱したりする人々と、それを至近距離で撮映した映像をチェックしていく。

時間が経つにつれて救急隊員が映る映像が増え始め、警察によって現場から離れるように指示される映像に変わっていく。

リアルタイムで現場にいるかのような臨場感はヨミ騒動の比ではない。

そして決定的なものが映り込んだ映像がリツイートされているのに気がつく。

『本物の心霊映像 決定的だこれ 新宿東口』という本文の映像ツイートをクリックする。

その映像には男性が泡を吹いて倒れた直後、男性を覗き込む半透明の老婆が映り込んでいたのだ。

「…………」

映像を停止して何度も見る。

どう見ても老婆だ。

うっすらと透けている。

「…まずいなこれ」

「バッチリ映ってますね」

思わず呟いた俺に阿部ちゃんが答える。

急すぎて思考がついてこない。

が、まずいことになったということはわかる。


そのツイートをリツイートする形で別のツイートがバズっている。

『池袋サンシャイン通りです』という本文の下の映像を再生する。

日中の、若者でごった返しているサンシャイン通り。

やはり人の輪ができており、輪の中心では地面に座り込んだ二人の少女が抱き合って泣き叫んでいる。

10代前半と思しき少女たちは座り込んだまま顔を少し上に上げ、何もいないはずの空間に目を見開いて叫んでいる。

と思ったら次の瞬間、少女たちの目と鼻の先に巨大な生首が映った。

髪を振り乱し男か女かもわからない、ひと抱えほどもある大きな生首。

やはりうっすらと透けているそれを見上げて少女たちが泣きじゃくっている。

周りの人だかりは生首に気づいていないようで、少女たちの様子に何事かという目を向けている。

『かお……顔が…カメラに映ってる…』

映像の中で誰かが言った。

カメラが大きくブレて生首と少女たちから逸れ、すぐさま少女たちと大きな顔に向けられる。

『目だと見えない…見えない!…なんだこれ…カメラにしか映ってない!…ああ…うぅぅ…』

パニックのような解説が撮影者の見ている状況を伝えてくる。

激しく震えるカメラで撮影を続けていると、少女たちの目の前に浮かんでいる生首がカメラに顔を向けた。

『…ぅあああああ!!!』

叫び声と共にカメラが激しく振られて地面が映り、タッタッタッタッタという足音と男性の息遣いが聞こえてきた。

撮影者が走って逃げ出したのだ。

二十秒ほどそのままの映像が続いた後で撮影者は立ち止まり、震える手でカメラを走ってきた方向に向けた。

はあ、はあ、という荒い呼吸と、昼間の雑踏が聞こえる中で、なんの変哲もないサンシャイン通りが映し出される。

相当な距離を走ったのだろう、泣き叫ぶ少女たちの声は聞こえず、彼女たちを取り囲んでいる人垣は見えない。

そこで映像が終わった。

そのツイートのリプライに別角度から少女たちを映した映像がついており、画面の真ん中に大きな生首を捉えている。

そして生首がグルリと回転して別の方向を向いた直後、叫んで逃げ出す男性の姿が映っていた。

少女たちが気を失ったように倒れ、生首が顔を向けた方向にいた人垣の中で数人が倒れた。

生首はグルリグルリと無作為に顔の向きを変え、顔が向いた方では人がバタバタと倒れていく。

そのことに気づいたのだろう、『やばい…』という声と共に映像は終わった。

おそらくはこの撮影者も逃げ出したのだろう。

だからこそこの映像がTwitterに上がっているのだ。


「…………」

ほとんど何も考えずに他のツイートを漁っていく。

どうやら10箇所以上で黒い箱が置かれ、箱から黒いモヤが流れ出して、周りで人が倒れていく。

そして肉眼では見えないナニかがカメラに映り込んだ映像が撮られている。

新宿東口では老婆。

池袋サンシャイン通りでは大きな生首。

渋谷のスクランブル交差点では複数の男の子の霊が、道頓堀では若い女の霊が、新宿駅の西口構内では壁に浮かんだ巨大な鬼のようなシルエットが映り込んでいた。

それらをざっと追いかけるだけで結構な時間が経っており、Yahooを見てみるとトップページのトピックスで毒ガステロの可能性が報じられていた。

『都内と大阪で毒ガステロか』

『意識不明多数。現場騒然』

『首都圏で電車動かず通勤に影響』

などの見出しが踊っている。

「…………」

俺も阿部ちゃんもこれまでほとんど無言だったが、Yahooの記事を見終えてため息をついたらひと心地ついた気がして、阿部ちゃんに顔を向けた。

「……やばいっすね」

阿部ちゃんもなんと言っていいのかわからないのだろう。

「だね。やばすぎでしょ。ヨミの次はこれかよ」

ため息と共に吐き出す。

ふいにスマホがヴヴッと震えた。

篠宮さんからのLINEがきている。

『いま大丈夫ですか』

と送ってきたので電話をかける。

ワンコールで繋がった。


「もしもーし」

「ジローさん、ニュース見ました?」

「うん、いま阿部ちゃんと一緒に見てた。やばいね」

「やられました。これ多分、先代本部長が言ってた大霊障が始まったんですよ」

大霊障。

インタビューの映像で小木老人の言っていたことを思い出す。

『誰もが見えるやり方で、誰も逃れられぬよう無差別に』

これがそれなのか。

「大霊障ね。人が多く集まる場所で箱を開封して、周りにいる人たちを巻き込んで霊障を起こす。それでその状況を撮影させて拡散すると。これだけで終わると思う?」

「終わらないでしょうね。箱の数に限りがあると言っても、今日で全てを使い切ったわけじゃないでしょうし、必ずまたやると思います。それにヨミの集団自殺と同じエリアを踏襲してることから関連を匂わせる気満々ですよね。ヨミの存在を信じてる人はまだまだいますんで、今後ヨミを使ったパフォーマンスもあるでしょうし、平将門ゆかりの神社を燃やしたことと関連づけて何か仕掛けてくると思います」

「そんなに?」

畳み掛けるような篠宮さんの言葉に思わず聞き返す。

「これまでに仕込んできたこと全部やっちゃわないと天道宗としては不完全ですし、逆にこれだけのことを起こした以上は、もう逃げ隠れせずにやり切る決断をしたってことでしょうから、必ず数日以内に次の手その次の手が来ると思った方がいいと思います」

言っていることはわかる。

俺が認めたくないだけだ。

「ヨミがネタバレしそうだから別の手を打ってきただけという可能性はない?」

数秒ほど考えて篠宮さんは答えた。

「んー…やっぱりその可能性は低いと思います。ヨミと違って、100年近くかけて仕込んできた招霊箱は在庫に限りがあるんですよ。丸山理恵さんが見た限りでは30個くらい。各施設や個人宅に保管してあるのを含めてもせいぜい50~60、どんなに多くても100個くらいだと思うんですよね。その実弾を撃ってきたってことは……」

「ジローさん!」

電話中の俺を阿部ちゃんが呼んだ。

阿部ちゃんの声に気づいて篠宮さんも黙る。

阿部ちゃんは切羽詰まった顔でモニターを指し示している。

Twitterの画面で映像が表示されている。

また別の場所で箱が見つかったのだろうかと思い拡大すると、画面の左から右に向かって数十人が歩いている映像だった。

カメラが動いて集団の先頭を捉える。

ヨミがいた。

少しズームアウトして集団とヨミが映るように調整される。

背景には遠くに大さん橋や赤レンガ倉庫、みなとみらいが見える。

これは横浜…山下公園だろうか。

ヨミが率いる集団は画面の右側、海に向かって歩いていく。

落下防止の柵の手前でヨミが立ち止まり、右手を前に出して沖の方を指差した。

ヨミの指示に従うように、集団は次々と柵を乗り越えて海に飛び込んでいく。

『やめろよ!』という怒号や悲鳴が聞こえる中で映像が激しくブレて移動し、海の上を映し出した。

山下公園から海に飛び込んだ連中はそのまま沖の方へと泳いでいく。

服を着ているせいか溺れるようなぎこちない泳ぎで、それでも確実に岸から遠ざかっていく。

普通、誤って海に落下した人間は岸に戻ってこようとする。

それがまるで反対方向に泳いでいく。

足のつかない深さへ、助からない場所へと泳いでいく。

やがて何人かが力尽きたように海の中へと沈んでいく。

ズームした画面でも小さくしか映らないほどに離れた人影は、それでも確かに海上から姿を消したのが確認できた。

『ああ……くそ…』

画面の外で撮影者がうめいて陸上にカメラを戻す。

右手を前に突き出して沖の方を指差すヨミ。

付き従っていた集団はもう残っていない。

そしてヨミ自身もフラフラと歩いて柵にぶつかり、そのままモタモタと柵を越えて頭から海に落下した。


「…………」

なんだこれ。

いつの映像だ?

ツイートの投稿時間は30分ほど前。

『ヨミ出た。山下公園。警察とか救急車きてるけどまだ誰も引き上げられてない模様』

本文にはそれだけ書いてある。

「もしもし?ジローさん?」

スマホから篠宮さんの声が聞こえる。

「篠宮さん、ヨミ出たよ。ついさっき。横浜だってさ」

「……何人くらい?」

何人とは自殺した工作員たちのことだろう。

「かなりいたと思う。映像だと一部しか映ってないけど、たぶん20人以上」

ハアとため息をついたのが聞こえる。

「篠宮さんの予想通りになった。これがまだ続くとしたら、連中も本気を出したってことだろうね」

大霊障。

こんなのがまた続くのか。

「わかった。これが天道宗の言うところの大霊障だと仮定しよう。それで俺たちはどうする?」

投げやりな気分で問いかけた俺に、篠宮さんは気負いもなく答えた。

「乗りこみましょう。すぐにでも」

篠宮さんの言葉に、その時が来たのだと悟って体がブルッと震えた。

これは武者震いだ。

そう自分に言い聞かせて、この後の合流場所を決めて電話を切った。


続きます。

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