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第二部 四話 それぞれの覚悟

平将門を封じた結界が破壊されてから2週間。

この間に私たちは実に6回のデモを行った。

最初のデモが成功したことを受けて私はまずジローさんに相談して、天道宗による解体工事が終わるまでなるべくデモを続けようと決めた。

すでにしずめ物が掘り出されてしまった解体現場を除く全ての現場で連日デモを行う。

OH!カルトや怪談ナイトの公式Twitterで参加を呼びかけ、平日だろうがなんだろうが構わず集まってシュプレヒコールを上げる。

2回目以降のデモではマイクを握るのはジローさんの役目となった。

もともと芸能人として活動していたジローさんが主催者となることでデモの認知度は向上し、平日にも関わらず参加者は常に50人程度をキープした。

阿部さんがカメラを回す前でジローさんが声を張り上げる。

『天道宗は国民に迷惑をかけるのをやめろー!』

『やめろー!』

ジローさんのシュプレヒコールに合わせて参加者の皆さんも声を張り上げる。

『8軒の神社に放火した罪を認めろー!』

『認めろー!』

流石ジローさん。

私より声がよく通るし言葉も聞きやすい。

『ヨミを使って国民を脅すのやめろー!』

『やめろー!』

ジローさんの言葉はとても簡単で、道ゆく人々にもしっかりと聞き取れているようだ。

足を止めてデモ隊から解体現場に興味の目を向ける人もいる。

『皆さん!俺をよく見てください。この通りピンピンしています!』

解体現場からデモ参加者の皆さんに向き直ったジローさんが胸を張って自分を指差す。

『俺が自殺していないのが何よりの証拠です!俺がいくら煽っても天道宗に俺を自殺させる事なんて出来ないんです!』

おおーとデモ隊から声が上がる。


『ヨミに思い通り人を自殺させる力なんてない!!』


ジローさんの力強い断言にデモ隊からさらなる拍手と歓声が上がる。

私もデモ参加者として声を張り上げ拍手する。

カメラを回す阿部さんの口元がニヤけているのが見える。

良い映像が撮れているのだろう。

阿部さんはジローさんや私たちデモ参加者を交互に撮映して満足げにジローさんに親指を立てた。

手応えを感じたジローさんが更なるシュプレヒコールで天道宗とヨミを煽っていく。

最初のデモのように現場の監督さんや担当者が出てきてくれることはなかったが、掘り出された箱の気配はいくつかの現場でしっかりと感じた。

不思議なことにその気配はすぐに何かに覆い隠されて消えてしまう。

いかにもという高級車も最初のデモ以外は見かけることはなかった。

おそらく天道宗も私たちの様子を観察しているのだろう。

場数を踏んだデモ隊に箱を奪取されることがないよう対策をしているのかもしれなかった。


デモが終わった後にお祓いを担当するのは和美さんの役目となった。

というのも2回目のデモ開催時に私がお祓いの祝詞をあげようとしたところ、参加者の皆さんから明らかな困惑と落胆の気配を感じたからだ。

あれ?あの美人の霊能者じゃないの?という囁きまでしっかりと聞こえてきた。

参加者さんとしては最初のデモでお披露目された謎の美人霊能者のことが気になっていたのだろう。

和美さん目当てでデモに参加した人もいるかもしれない。

そのことであっさり心を折られた私が、半ば不貞腐ふてくされて和美さんにお祓いの役目を譲っても良いか尋ねたら、和美さんも快諾してくれたのだ。

ネットに写真が出回るリスクも承知の上で、和美さんも自分のやれることをやりたいと言った。

もともと伊賀野庵いがのあんの二代目としてメディアを利用するつもりだったので今さらだとのことだった。

私に代わりお祓いをするためにデモ隊の前に立った和美さんに参加者の皆さんのテンションは上がり、なんとも言えない顔の私を阿部さんがカメラでクローズアップした。

「……なに撮ってんだよ」

カメラに向かってわかりやすくぶーたれて見せると阿部さんはとても良い笑顔で親指を上げた。

そんなこんなで、デモの後のお祓いは最初から今までずっと和美さんの担当となっている。

私ですらコレじゃない扱いをされるのだ。

これで神宮寺さんでも出てこようものならブーイングが起きることだろう。


「今日もかなり集まってくれてたね」

デモを終えて近場の喫茶店に移動し一息つく。

ジローさんは確かな手ごたえに満足したのだろう。

やり切ったという笑顔で続ける。

「今回で5回目…いや6回目か。これだけやって俺が自殺してないってことで、ヨミの能力が嘘っぱちだって証明したって思って良い?」

私に目を向けて問いかけてくる。

「いいと思いますよ。最近はヨミ現れてませんし、今さら出てきて集団自殺したところでネットでは『いやその前にジローさん自殺させろよ』ってツッコミが入るでしょうね」

あくまでネットでは、だが。

「少なくともネットではジローさんのおかげでヨミの自殺がペテンだって認知されてきています。ジローさんが生きている限りは天道宗の自作自演を証明し続けられると思いますよ」

「…生きてる限りはね」

ジローさんが少し言葉を詰まらせる。

阿部さんと和美さんは心配そうな顔で、宗像くんはよくわかっていないという顔でジローさんを見ている。

「やっぱり俺狙われると思う?」

ジローさんはあっさりと言った。

さも何でもないという口調だった。

「わかりません。流石にそこまではという気はしますけど、かと言って大丈夫とも言えないですし、まあ注意するしかないかと」

これは以前にも話し合ったことだった。

私にしろジローさんにしろ、前面に立ってヨミを挑発する以上は天道宗から直接命を狙われるかもしれないと。

生きていることがヨミのペテンを暴くことになるのなら、死んでしまえばヨミの能力は本物かもしれないという恐れを後押しすることにもなる。

これまでは天道宗が直接的な暴力に訴えてこなかったから、ある意味で楽観的に考えていた部分もある。

だが平将門魔法陣の関連施設すべてに放火するという暴挙に出てきたことで楽観視することはできなくなった。

「天道宗はこれまでみたいな暗躍から、直接的なテロの段階へとシフトしてきました。ジローさんに限らず私たち全員が今まで以上に身の回りに注意する必要があります」

言いながら阿部さんや和美さん、宗像くんの顔を見て、ジローさんに目を戻す。

「まあその中でもジローさんはダントツで危険だろうなあと」

「だよね笑」

私の言葉にジローさんがおかしそうに答えた。

「危険なのは理解してるし、理解した上でデモの引率をやってるわけだから今さらなんだけど、命を狙われてるかもっていう実感はなかなか湧かないね」

フムと息をついて続ける。

「それでも番組や俺に寄せられるメッセージなんかを見るとやる気が出るよ。みんなめちゃくちゃ応援してくれてる」

ジローさんが阿部さんに目を向けると阿部さんも大きく頷く。

「すごい反響ですよね。ジローさんが監督でドキュメンタリー作るかもってツイートしただけでもうクラファンの話になってますし」

なんと。

「それだけみんな天道宗に怒ってるってことだよね。ヨミが来ちゃうかもしれないから表立って天道宗を批判するのはできないけど、俺たちがやってることには協力したいってリスナーさんは本当に多いよ。篠宮さんのほうもそうじゃない?」

そう言って私に目を向けて発言を促す。

「ですね。ウチも過去最高の売り上げを更新中ですし、月刊誌にあるまじき頻度でホームページ更新してますけどアクセス数がもう何倍なの?ってレベルで上がってます。質問や応援のメッセージもめちゃくちゃ届くんで嬉しい悲鳴ですよ」

編集部のネット担当がリアルに悲鳴を上げていたのを思い出す。

終わらない返信で本来の編集業務が進んでいないと嘆いていた。

本来なら私がやらなければならない作業だが、今や雑誌をあげて天道宗特集をぶん回している状態なのもあり、編集部総出で手伝ってくれているのだ。

私以上に疲れ果てている同僚の顔を思い出して感謝の念を捧げ、ジローさんとの会話に戻る。

「まあでもジローさんはマジで身の回り要注意って感じですね。階段から突き落とされたりとかあり得ると思うのでくれぐれも気をつけてください」

「了解」


「ところであれ以降、勧請院さんから接触はありました?」

ジローさんは天道宗以外にも危険を抱えている。

私への復讐宣言はあるものの、どうにもそれらしい気配は感じない。

その時の女の霊と今の勧請院さんとでは精神状態も違っているようなので、私はそっちに関してはそれほど警戒をしていなかった。

だがジローさんにとっては、勧請院さんからの接触はいつでも起こりうる事態だ。

その予想は当たっていたようで、

「それなんだけど、実は今度会おうと言われてる」

と眉間に皺を寄せて言った。

「昨日LINEが入っててさ、LINE交換なんてしてないはずなんだけど、なぜか友達に追加されてて、メッセージが来てた」

交換した覚えのないLINE。

「なにやら怪談めいた話ですね」

茶化しそうになるのを堪えて続きを促す。

「まったくだよ。いきなりタクシー乗ってるし、勝手にLINE登録してあるし、マジで怪談とか都市伝説みたいなヤツだわ」

「それで勧請院さんは何の用事で?」

「わからない。今度の火曜日に会いましょうってさ。まあ、新しい情報があれば教えろってことだよね」

ジローさんは勧請院さんからは逃げられない。

私たち霊能者組がそばにいれば対処できるのかもしれないが、四六時中くっついて護衛するわけにもいかず、しかもあちらはあちらで天道宗をぶっ潰すために行動しているのもあって、ジローさんからの情報提供は仕方ないという結論になっていた。

「まあ前みたいにいきなり現れて問答無用で拘束されるよりはマシだから、穏当に連絡してきてるうちに会ってくるよ。めちゃくちゃ嫌だけどね」

「ですね。気をつけてほしいのはもちろんですけど、向こうの状況を知れるのは私たちとしても歓迎なので」

「篠宮さんも会ってみる?」

「…………」

ジローさんの提案に返答に詰まる。

予想外の提案で反射的に警戒するが、言葉の意味を理解するとあながちありえない提案でも無いと思えてくる。

「俺としては一緒に来てくれるとマジで助かる。さすがに俺1人で会いに行くのは怖すぎるし、何かあってからじゃ遅い」

例えばジローさんが脅迫されて、こちらの情報を提供するだけではなく、私たちの邪魔をするよう指示されたりする可能性もある。

そういった危険を考えてのことだろう。

ジローさんの言ったとおり、穏当に接触してきている内に会っておかないと、有無を言わせぬ手段に出るのは目に見えている。

「…………」

危険かもしれない。

でも会ってみたい気もする。

お祓いの中で仕方なく手首を折ったことを謝れば案外あっさりと許してくれるかもしれないし、もしかしたら共闘する関係になれるかもしれない。

「どうかな?」

私の困惑が好奇心に変わりつつあるのを見抜いてジローさんが少し身を乗り出す。

「……アリっちゃアリですけど、向こうはどうなんでしょう?」

いまいち結論を出せないのを誤魔化すつもりはなかったが、なんともあやふやな言葉になってしまった。

「ちょっと待ってね。LINEしてみるから」

そう言ってジローさんがスマホを操作する。

ジローさんにしてみれば私に付いてきて欲しいわけで、やり手の営業マンのような迅速さだ。

「おっ既読。早いね」

どうやらすんなりと連絡がついたようだ。

そのままスマホを打ち続けるジローさんを見て和美さんが少し身を乗り出してくる。

「大丈夫なの?本当に会うつもり?」

単純に心配してくれているのだろう。

当たり前だ。

あの時のことを思い出す。

相楽さんの喉を握りつぶそうとする女の霊の腕をなんとかしようと、霊能者6人が必死になってもなかなか敵わなかった相手だ。

今は勧請院さんと混ざり合っていくぶんか冷静になっているらしいとはいえ、危険な相手であることは間違いない。

それでも。

「んー。まあ怖いっちゃ怖いけど一応会いに行ってみるのもアリだと思う。何かあったら逃げるし」

「その場合、俺を置いて逃げるわけ?笑」

スマホを打ちつつジローさんが笑う。

楽しそうな表情ではあるが、内心ではたまったものではないだろう。

「ジローさんは仲良しなんだからいいじゃないですか笑」

心の中で出しつつある結論に気持ちが軽くなって、茶化すように言う。

「仲良しじゃないよ笑。一方的にやられたことがあるってだけ」

ジローさんも内心の恐れを隠すようにノリを軽くする。

「LINEするような間柄なんだから私よりは仲良しでしょ。勧請院さんというか女の霊が私に怒ってるとしても、ジローさんは貴重な情報源のはずですから」

先ほどジローさん自身も言ったとおり、わざわざLINEという手順を踏んでいることからも、ジローさんが協力的であれば勧請院さんはジローさんを痛めつけるつもりはないのだろうと思う。

そうでなければまた一方的に現れて一方的に聞きたいことを聞いて去るはずだ。

女の霊はともかく勧請院さんにはきちんと対話しようという姿勢が窺える。

それならば私も対話可能であると思う。

なおも心配そうな和美さんを宥めつつジローさんのやり取りを見守る。

「ぜひ会いたいってさ。あの女の霊も了承してるみたい」

ジローさんが勧請院さんの回答を教えてくれる。

話は決まった。

腹を括ろう。

「わかりました。私も同席するって伝えてください」

「了解」


「本当に大丈夫?私も行こうか?」

和美さんは本当に優しい。

危険だと言いながらも迷うことなく付いてきてくれるつもりだ。

「ありがとう。仕事の予定がなければ一緒に来てくれると助かります」

私は遠慮なく和美さんの好意に乗っからせてもらう。

ここで遠慮することは危険を正しく認識できていないのを示すことになる。

危険はある。

それでも会う価値がある。

だから私は勧請院さんに会いに行く。

怖いから付いてきてほしい。

「わかった。篠宮さんが行くなら私も行くわ」

わずかな躊躇いも見せずに和美さんは頷いてくれた。

和美さんが格好良すぎて惚れそう。

あやうく口から出かけた言葉を飲み込んで、私は和美さんに「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「伊賀野さんも同席するってことで伝えちゃっていいのかな?」

ジローさんが私たちのやりとりを見て確認の問いを発する。

「んー。同席するのは私だけってことにして、和美さんは近場で様子を見てもらう方がいいかもですね」

例えば喫茶店なら、近くの席に座って不測の事態に備えてもらう。

何事もなければそれでよし、もしも勧請院さんが何か仕掛けてくるようなら不意打ち上等で和美さんから逆に仕掛けてもらう。

「なるほどね」

和美さんがいつものようにニヤリと笑う。

心配してくれていたのが嘘のように目が強気に光る。

「こっちもこっちで罠を張るってことね。それならむしろ望むところだわ」

ああもう、本当に格好良くて大好き。

「そう。何もないのが一番だけど、万が一に備えてくれてるとありがたいです」

私に尻尾があったらブンブン振りまくっているだろうなという思いを隠して神妙な顔でお願いをする。

「了解」

「じゃあ篠宮さんだけ同席ってことで」

和美さんとジローさんがそれぞれ了承の意を表明して、ジローさんは素早くスマホに返信を打ち込んだ。


「ところで、何でずっと伊賀野さんがお祓いの担当なの?篠宮さんがメインでお祓いするって言ってなかった?」

勧請院さんとのやりとりを終えたジローさんがフムと一息ついてから私の地雷を踏み抜いた。

「ああ聞いちゃいますか。その話題を」

私はフンと鼻から息を吐いて居住いを正す。

和美さんと宗像くんが顔を見合わせ、阿部さんが苦笑を浮かべて私を見る。

そうか、ジローさんはずっとデモ隊のリーダーだったからお祓い担当の交代劇を知らなかったのか。

隠しても仕方ないので、せいぜい笑ってもらうとしよう。

「何のこっちゃないてす。ジローさんが初参加の時に私がお祓いをしようとしたら参加者の皆さんに動揺が広がって、和美さんに代わってもらったら参加者さんニッコリ。ようするに世の中『顔』ってことですよ」

「ちょっと笑。篠宮さん」

あからさまに不貞腐れて見せる私に、和美さんが吹き出して口元に手を当てる。

私の言ったことにすぐピンとこなかったらしいジローさんは、ややもしてニヤリと口元を歪めて私を見た。

「何それ聞いてないよ。めっちゃ面白そうじゃん」

憎たらしい顔のジローさんに私も大きく頷いて同意する。

「ええ、面白いですとも。デモが終わって意気揚々とお祓いしようとしたら参加者の皆さんボカーンですもん。『えっ誰?』みたいな。いや初回のデモの時にメガホン持ってただろうがって話ですよ」

「ちょっと…笑」

ツボに入ったらしい和美さんがクスクスと笑い続けている。

これまでこのネタでさんざん和美さんにぶーたれてきたので、私と和美さんの中ではもはや定番のネタとなっている。

ジローさんはすっかり元気になってニヤニヤしている。

和美さんにウケたのが嬉しくて私は小芝居を続ける。

「そりゃあね?私だってお祓いしてもらうなら私みたいなチンチクリンよりも和美さんみたいな美人の方がいいですよ?でも流石に目の前でコレじゃないって言われると私としてもヘコまざるを得ないというか、まあそういう感じであれ以来私と和美さんはどことなくギスギスしてるわけです」

「ちょっとやめてよ」

和美さんはテーブルに肘をついて口元を覆って震えている。

ジローさんもおかしそうにククッと喉を鳴らす。

ここまで笑ってもらえたなら私の犠牲も報われるというものだ。

冗談はここまでにして話を続けることにする。

「まあそれは冗談ですけど、和美さんがお祓いすると参加者の皆さんが喜ぶわけですよ。ジローさんはもちろんですけど、和美さんもデモの顔というかマスコット的な存在として認知していってもらえればと思ってます」

「なるほどね」

ジローさんもニヤついた笑顔からやや真剣な顔に戻る。

「いいんじゃないかな。伊賀野さんが嫌じゃなければ。俺と伊賀野さんの二枚看板って感じにするのもアリだね。OH!カルトさん主催のデモで、声出し担当は俺、お祓い担当は伊賀野さん、実にわかりやすい」

「後でドキュメンタリーにする時もわかりやすくていいですね」

阿部さんが楽しそうに肯定する。

「だよね。はからずも配役がきっちり決まったのは作品的にはありがたいかも」

そんな調子でデモを振り返って手応えや反省点を話し合い、その日は解散した。


連日のデモのレポートは即日WEBサイトに掲載する。

この日はデモ後のお祓いシーンを、和美さんのアップ写真を使って紹介した。

デモ隊を率いる怪談蒐集家の近藤ジローと、霊的サポートを担当する霊能者の伊賀野和美。

2人の存在を並べ立て、デモの運営が万全の体制であるとアピールする。

これで和美さんもネット上の舞台にあがった。

伊賀野庵の二代目として初めて公に顔を出したことになる。

初陣の相手が天道宗とは、なかなかに主人公っぽいスタートと言えるだろう。

翌日、案の定ネットではヨミの能力がペテンであるということよりも、ジローさんによる天道宗の悪行の告発よりも、和美さんのことが話題となっていた。

もともとデモ参加者の書き込みやほぼ盗撮に近い写真で美人霊能者がいるらしいことを認知していたネットユーザーは、OH!カルト公式サイトに掲載された和美さんの写真と、伊賀野庵の二代目であるというプロフィールに食いつき、もっと情報を出せとOH!カルトの公式Twitterに突撃した。

ネットのノリで必死に懇願してくるネットユーザーの質問に対して私は、デモ隊によるコレじゃない扱いの恨みを晴らすべく『デモの趣旨と異なるご質問はご遠慮ください』とケムに巻いて溜飲を下げた。

八つ当たりに近い塩対応が逆に効いたのか、ネットユーザーの好奇心はとどまることを知らず『次回のデモには絶対参加する!』と息巻いている。

「次回のデモ開催後、ジローさんと霊能者による質疑応答を行います」と煽れば、さらにボルテージの上がった書き込みでOH!カルト公式Twitterのタイムラインは賑わった。

次回のデモは大変なことになるだろうなとネット担当の同僚とニンマリしていたら和美さんから電話がかかってきた。

「ちょっと、質疑応答ってなに?」

リアルタイムでツイートにツッコミを入れられ、和美さんもTwitterやってるんだとわかった。

「すごいよ和美さん!宣伝効果バッチリ!」

ツッコミにまともに応えないのは悪いと思ったが、とりあえずネットの反応の良さを伝えてみる。

「やっぱりちゃんとした写真で紹介すると反応が凄いね!」

「んん…まあ、そうなんだろうけど」

和美さんはなんと言って良いのかわからないようで言葉に詰まる。

申し訳ないがここは勢いで乗り切らせてもらうことにする。

「伊賀野庵としてきっちり紹介したわけだし、ここはひとつドーンと和美さんの存在を認知してもらったほうがいいと思って。ごめんね相談しないで」

「いや、それは良いんだけど」

「ジローさんだけじゃヨミに対する恐怖を完全には払拭できないだろうから、霊能者の和美さんから大丈夫だよって説明してもらったほうが参加者さんも安心できると思うんだよね。そのための質疑応答。ダメかな?」

「いや、そういうことなら、まあ大丈夫」

困惑しつつも納得してくれる和美さんに、私は内心で手を合わせつつニヤリと口の端を上げる。

申し訳ないがただのサポート霊能者で終わってもらうつもりはない。

「ジローさんは顔が怖いから和美さんが出てくれると誌面も華やかになるのよね。だから申し訳ないと思うけどマスコット的な役割も期待しちゃってるのがウチの本音かな」

「…………」

返答がないのに若干の不安を覚えつつ続ける。

「ヨミとか天道宗とか、暗い話題しかないから和美さんの存在は唯一の癒しでもあるのよ。だからここはグッと堪えてもらって、タレントさんとして振る舞ってもらえると助かるというか嬉しいというか、まあぶっちゃけそんな感じです」

自分でも早口になってるのがわかるほど一息で言い切った。

これで嫌だと言われたらなかなかにピンチだ。

「わかった。そういうことならまあ、与えられた役割は頑張ってみる」

よっしゃと無言でガッツポーズを決める。

ありがとうと叫びたくなるのを堪えて落ち着いて声を出す。

「ありがとう。本当に助かる。ヨミや天道宗への恐怖とか怒りだけだと、どうしても反応が硬いというか、まあそういう話題だから仕方ないんだけど、デモの熱が冷めちゃうのが本当に怖いんだよね。だから和美さんが美人で本当に良かった」

噂の美人霊能者を見たいという不健全な動機だとしても、デモや天道宗特集を追いかけてくれるきっかけになるならありがたく利用させてもらう。

天道宗が暴力的な手段に出てきた以上、大規模な何かが起きるのはそう遠くない気がする。

漠然とした思いで明確に説明することはできないが、私の中にはそういう危機感のようなものがわだかまっている。

思いつきで始めたデモだが、なまじ今まで上手くいっている以上、参加者が減少してアンチ天道宗の勢いが削がれるのが怖かった。

「美人とかはまあ置いておいて、顔出しでPRするなら男より女の方が良いっていうのもわかるし、近藤さんだけにリスクを集中させるのも申し訳ないから、いずれにせよ私は私にできることをやるわ。嫌だなんて言わないから心配しないで」

困惑からすっかり立ち直った和美さんがいつも通りの優しい口調で答えてくれる。

「うん。ありがとう。しっかり伊賀野庵の宣伝もさせてもらうからね」

「了解。期待してる」

天道宗との対決が終わったら編集長の奢りで美味しいものをご馳走すると約束して、それから丸山理恵さんの様子や他愛のない話をして電話を切った。


次のデモを控えた火曜日。

私はジローさんと新宿の喫茶店で並んで座っている。

勧請院さん指定の時刻まであと30分。

和美さんは私たちから少し離れた席に座っている。

何かあれば直ちに介入できる位置だ。

「……めちゃくちゃ怖い」

ジローさんがボソリと言った。

隣を見るとジローさんは両手を膝に乗せて膝の頭を握りしめている。

目の前のコーヒーには手をつけていない。

私はフムとため息をついて自分のカップを見る。

私も同じだった。

最初に一口飲んだきりのコーヒーはすっかり冷めてしまっている。

気が重い。

ジローさんはボコボコにされた相手を、私は自分が手首を折った相手をそれぞれ待っている。

相楽さんの命を守るためで、その時は敵だったのだから当然の行為なわけだが、一応私は勧請院さんというか、女の霊に謝るつもりで来ている。

こちらが謝って関係が良くなるならそれに越したことはない。

かつて高校生の頃に友達と悪ふざけをして、お説教を受けるために職員室で教頭先生を待っていた時のことを思い出した。

あの時と同じで非常に気が重い。

ジローさんはまた別の思いで居心地悪くしている。

単純に恐ろしいのだろう。

突然現れてボロクソに痛めつけられた相手なのだから、私よりよほど逃げ出したいに違いない。

今は私や和美さんがいるとわかっていても怖いものは怖いだろう。

「…………」

入り口の方に目をやり開閉する自動ドアを眺める。

サラリーマン達が入ってきては出て行く。

今にもそこに現れるだろう人物。

勧請院さん。

私は怪談ナイトの放送事故回の映像を見ただけなので、あそこに現れたらすぐに判別できるだろうか。

そんなことを考えていたらポケットの中のスマホがヴヴッと震えた。

取り出して画面を見るとすぐそこにいる和美さんからのLINEが来ており、『誰にも見えないようにスマホを隠して』というメッセージが表示されている。

ジローさんに見られたくないのかと思い、膝の上にスマホを隠してからメッセージをタップしてLINEの画面を開く。

和美さんのLINEが間を置きつつゆっくりと表示される。


『誰にも見えないようにスマホを隠して』


『すごく驚くと思うけど反応しないでね』


『絶対に振り向かないで』


『いま篠宮さん達の後ろに女が立ってる』


『霊ではなくて人間』


『たぶん勧請院さん』


『篠宮さんは気づいてないの?』


警告されていたから反応こそせずに済んだが、そのLINEを見た瞬間ゾッとした。

「…………」

いるのだろうか。

私たちの後ろに?

何の気配も感じない。

胃の奥に重たい熱が広がる感覚がする。

聞き耳を立てるも店内の微かな声とBGMしか聞こえない。

和美さんからのLINEはそれ以上来ないようだ。

あとは私がなんとかするしかない。

スマホをポケットにしまってフウと息をつく。

落ち着け。

大丈夫だ。

御守りは何も反応していない。

なるべく自然な動作で店内を見回すフリをして後ろを確認するべきだろう。

そう思った瞬間。


「…………!」

首筋に何かが触れて全身に鳥肌が立った。

体がビクンと跳ねて固まる。

首筋を撫でたソレは私の左肩に手を置いた。

ジローさんが私の様子に気づいて私を見る。

そのままジローさんも固まってしまった。

「…あ……ぁ…」

ジローさんの呻き声が聞こえる。

その声にようやく現実を認識してゆっくりと振り返る。

肩に置かれた手を見て、そのまま相手の顔を見上げる。

その大人しそうな女性は私と目が合うと肩から手を離してペコッと軽く頭を下げた。

「……勧請院さん……」

ジローさんがその名前を呼んだ。

「お待たせしてすみません」

勧請院さんはジローさんにも軽く頭を下げてそう言った。

「いや…全然…」

ジローさんはそれだけ答えた。


何事もなかったように勧請院さんは私とジローさんの向かいの席に座った。

そして私の目を見てまたペコリと頭を下げた。

「初めまして。勧請院と申します」

私もペコリと頭を下げて挨拶をする。

「初めまして。民明書房の篠宮と申します。こちら名刺です。よかったらどうぞ」

そう言って用意していた名刺をテーブル越しに手渡す。

勧請院さんは「ありがとうございます」と言って名刺を受け取った。

「驚かしちゃってすみません。今日は来ていただいてありがとうございます」

名刺をテーブルの上に置いて勧請院さんが話し始める。

その表情からはなんの感情も読み取れない。

歓迎している様子も迷惑がっている様子も感じない。

自分から不意打ちを仕掛けておいて、驚かしちゃってごめんとはどういう神経なのだろうか。

無表情に近いその様子からは勧請院さんの意図がわからない。

「こちらこそ同席を許可していただいてありがとうございます。会っていただけないかもしれないと思っていましたので」

本当は私も会うつもりはなかったのだが、なりゆき上こうなってしまったので、あくまで私はビビってなんかいないぞという態度を取ることにする。

「そうですね。あの子もこういう形で篠宮さんと会いたくはなかったと思います」

あの子。

勧請院さんに取り憑いて同化してしまったという女の霊。

必ず復讐すると言っていたのに、なぜか先に話し合いの場ができてしまった。

確かに複雑な気持ちだろう。

まあ私としては復讐されずに済むなら何でも良いのだが。

「それでも会っていただけたというのは、勧請院さんとしては私に対して特に思うところがないということでしょうか?」

女の霊はともかくとして、勧請院さんは私やみんなのことをどう思っているのだろうか。

そこは気になった。

「私としては篠宮さんや他の霊能者のみなさんとは協力した方が良いと思ってます。私1人では何を調べるにも限界がありますから」

それはこちらも同じだ。

勧請院さんに協力してもらえれば、天道宗の呪術を解明するのにこれ以上ない手がかりとなるだろう。

「でもあの子としては少し複雑で、あの子を滅しようとした人達と協力するつもりなんてないって言っていて、特に篠宮さんのことは今でも凄く恨んでいるので、気を抜くとあの子が出てきちゃいそうなくらい今も大変なんです。なんとか説得して私がお話するまで黙って見ているようにしてもらってるんですけど」

なんと。

とてもじゃないが共闘する関係にはなれそうにないようだ。

「なるほど。勧請院さんとしては協調していきたいけど、あの女性の霊にはそんなつもりはなくて、なんだったら私たちにも敵意を持っていると」

その言葉に勧請院さんは「はい」と頷く。

「あの子も私の体を乗っ取ることはもう諦めているので、私のやり方も尊重してくれないとダメだよって話はしているんです。だから今日は私が近藤さんや篠宮さんとお話をするためにあの子には引っ込んでもらっています」

なるほど。

勧請院さんはあの女の霊に振り回されている訳ではなく、ある程度は勧請院さんが主導権を握っているということか。

ジローさんから聞いていたとおり、勧請院さんが主人格で女の霊が副人格、あるいは表と裏、そんな関係のようだ。

だとしたら先ほど背後に立って何を考えていたのか、ということにもなる訳だが。

「なるほど。よくわかりました。それで、勧請院さんのお話というのは?」

「はい。まずは私が一番聞きたいことを先に済ませようと思っています」

一番聞きたいことか。

それはおそらく。

「私の状態を解消することはできますか?」

やはりそっちか。

まずは女の霊を引き剥がせるかどうかが知りたいと。

「んー。まあ詳しく観察させてもらわないとなんとも言えないですけど」

相楽さんのお祓いを思い出す。

取り憑いた霊が全面に出てきている状態でなんらかの打撃を与えて隙を作り、取り憑いた本人から切り離す。

あの時はよるべとなっていた写真も同時に封印して写真から出てこられないようにした。

勧請院さんの場合だと女の霊にプレッシャーを与えて勧請院さんから出ていくように迫り、出たところで勧請院さん自身に防護なり封印なりを施して戻れないようにする、というのが考えられる手順ではある。

だが霊能者である勧請院さんが手を尽くしても追い出すことができなかった女の霊を、はたして通常の手順で追い出すことができるのか。

さらには特殊な環境下で同化してしまったという状態で通常のお祓いなり除霊が通用するのか。

蠱毒の箱の中で様々な霊と混ざり合ってきた女の霊の特殊性を鑑みても、どうにもすんなり解決できるとは考えにくい。

「パッと思いつく範囲では断言できないですね」

正直に思ったことを答えた。

勧請院さんは「そうですか」とあっさり頷いた。

「まあそれはいいんです。私も色々と試していますし、ダメもとで聞いてみたって感じですから」

だよね。

私が勧請院さんの立場だとしてもとりあえず聞いてみるだろう。

ただ少し釈然としないというか、出来ませんと言わされただけのような居心地の悪さは感じる。

どうにも先ほど無言で背後に立って脅かしてきた件といい、勧請院さん自身からも私に敵対的というか、何かこう、マウントを取ってやろう的な雰囲気が感じられる気がする。

まあ私がそう思ってしまっただけかもしれないが。

「ごめんなさい。気を悪くさせるつもりはないんです。ただ私としても今の状態をなんとかできるならわらにもすがる思いなので」

そう言って軽く頭を下げる。

「…………」

私は藁かい。

そんなふうに思ってしまって、内心で舌打ちをしてざわめく心を振り払う。

どうにもネガティブというか、卑屈なテンションになっている気がする。

勧請院さんに対する警戒心なのか、内心で女の霊の『復讐する』という言葉を恐れているのか、いずれにせよ何でもかんでもマイナスに捉えてしまう心の状態になっている。

服の上から軽く御守りに触れて乱れた心を落ち着かせる。

もし今ここで女の霊が出てきたりしたら、心が乱れていては万全に戦えないだろう。

御守りの感触に勇気をもらって軽く息を吐く。

大丈夫だ、そう心に念じたら、先ほどとは違う捉え方もできる気がする。

勧請院さんは心理的にも女の霊と混ざり合ってしまった。

それは父親の仇と共生するという状況すら飲み込んで、天道宗に復讐するのを優先させるくらいには勧請院さんの心にも影響を及ぼしている。

それならば女の霊の強い憎悪が勧請院さんに混ざり合って、私に対して悪感情を感じるようになっているとしてもおかしくはない。

だから私たちでなくジローさんだけにコンタクトを取ろうとしていたのだと考えると、これまでの行動にも納得がいく気がする。

勧請院さんも気持ちの上では私たち、特に私とは会いたくなんてなかったのだろう。

それでもジローさんの提案を受け入れて私と会うくらいには、勧請院さんとして理性的に考えているのだと思う。

つまり、勧請院さんは今後も味方になり得る相手ではなく、互いに利用し合える前提でしか友好的には付き合えないということだ。

下手したらどこかのタイミングでブスリとやられることすらありうると。

「…………」

上等じゃないか。

そんなの別に今までと何も変わらない。

むしろ敵対的だけどギブアンドテイクは成立するとわかっただけ前進したと言えるだろう。

少なくとも出会って即攻撃されるというオチにはならない。

それだけで充分だ。


「それで、二番目に聞きたいことというのは?」

御守りのおかげで瞬時に考えが整理できたので、私はさも気にしてませんという態度で続きを促す。

「はい。天道についてわかったことを教えて頂きたいんです」

勧請院さんも変わらぬ無表情で答える。

さてどこまで話したものか。

もともとの勘の良さなのか女の霊と混ざり合った結果なのか、勧請院さんはどうやら隠し事や嘘を見抜いてしまうらしい。

もしここで私が嘘をついたら、あるいは全てを伝えなかったなら、おそらくどこかでジローさんを襲撃して全てを聞き出すことだろう。

となればこれまでの認識どおり、ジローさんを経由しての勧請院さんへの情報の流出は許容するべきだろう。

つまり隠し事は無しだ。

私はこれまでに判明した天道宗の本部と道厳寺どうげんじの場所、NPO法人の推定社員数や修験者の格好をした術者と思しき構成員の存在を明かした。

そして天道宗とのインタビューで感じた彼らの異様さと底知れぬ悪意を、誌面では書ききれなかった私の主観も踏まえて説明した。

勧請院さんは黙って私の話を聞き、それから今度は彼女の得た情報を話し始めた。


「私たちがこれまでに襲撃したのは5箇所です」

いきなり襲撃という言葉が出たことに面食らったが、なんとか顔には出さずに軽く頷く。

私たちというのは勧請院さんと女の霊のことか、あるいは誰か協力者がいるということか。

「ジローさんから聞いて天道宗の拠点があるのはわかっていたので、住所がわかったお寺や施設を順番に尋ねていったんです」

勧請院さんは手元のコーヒに目を落として淡々と続ける。

「目についた人に声をかけて、そこの責任者の人に会わせてもらって、天道について知っていることを話してもらいました」

その言葉と共に映像が頭の中に浮かんできた。

微かな呻き声のようなものも聞こえる。

お寺かどこかの施設で、うずくまって頭を抱える男性。

その傍に立つ勧請院さん。

勧請院さんが何かを言うたびに男性は激しく頭を掻きむしり身悶えるように体をよじる。

「始めは誰も天道のことを教えてくれないんですけど、あの子が出てくると痛いし怖いですよって説得して、嫌々でも話してもらっていました」

これは何?

なんの映像?

勧請院さんが何かを仕掛けてきた?

「もともと最初からすんなり話してくれるとは思っていなかったんですけど、少し話して誤魔化しているのがわかったらあの子が出てくるのを抑えられなくて、結局は皆さん怖い思いをすることになっちゃうんです。それで協力してくれるようになってから改めて色々と質問するようにしていました」

そう言うとまた頭の中に映像が流れ込んでくる。

うずくまって頭を抱える男性の隣で腰を屈め、男性の後頭部の髪の毛を掴んで顔を上げさせる勧請院さん。

大人しそうな外見からは想像できない乱暴な行為に、見えている映像が信じられない。

「…………」

これは霊視だ。

勧請院さんが天道宗の施設で拷問に近い聞き取りをしている様子が映像となって見えている。

よく見ると映像の中で男性の耳元に何かを囁く勧請院さんの顔がブレている。

まるで別人の、女性の顔が勧請院さんの顔に重なっている。

ひどく歪んだ気味の悪い笑顔。

これが勧請院さんに取り憑いている女の霊か。

怪談ナイトの心霊映像や相楽さんのお祓いの時に見た時とは違って感情が全面に現れている。

ろくでもない感情のようだが。

ふいに映像の中の勧請院さんがチラッと私を見た。

目があった気がして背筋が粟立つ。

「いま見えてますよね」

目の前にいる現実の勧請院さんが私を見る。

私は意識して霊視から現実に注意を戻す。

霊視なんて随分久しぶりでびっくりしたが、昔から訓練させられていたおかげで今でも冷静に対処できるのは両親のおかげだろう。

勧請院さんは変わらぬ無表情で私を見ている。

「まあそんな感じで色々聞いたんですけど、結局本部の場所を知っている人はいなくて。だからジローさんにも聞いてみようと思ったんです」

それで連絡をしてきたと。

ジローさんの判断は正しかったわけだ。

連絡を無視したり断ったりしていたら、反抗的と見做されて映像の中の男性のように痛ぶられていたのだから。

「…………」

勧請院さんはおかしい。

どうしてそんなに淡々としているのか。

あれほどの暴力に対する忌避感きひかんのようなものがまるで感じられない。

女の霊が全面に出ているとはいえ、誰かに恐怖や暴力を与えることに呵責を感じる様子がないのはおかしい。

もともと暴力的な人間だった?

見た目の情報しかないが、どうにもそういう類の人間には見えない。

女の霊と混ざり合った結果、女の霊はLINEなどの手順を守る程度には理性的に、逆に勧請院さんは映像の中のように凶暴に、そういう形でバランスが取れてしまったのだろうか。

「私が聞いた内容でジローさん達が知らない情報はないと思いますけど、それぞれの場所に保管されていた箱は開封してきましたから、多少のお手伝いにはなってると思います。情報の対価としてはそれしか出せないんですけど」

そう言ってペコリと頭を下げる。

「…………」

サラリと言ってみせたが今の言葉は聞き捨てならない。

「箱を開封…解放?…したっていうのは…ええと、どういうことでしょうか」

「箱…」

今まで話においていかれていたジローさんもその言葉には反応した。

「解放ってことは…」

「はい。蓋を開けて、中にいる霊達を逃がしてあげたんです」

あっけらかんと言う勧請院さんと、返事の代わりに呻き声が漏れたジローさん。

ジローさんが黙ってしまったので私が代わって続ける。

「何か対策はしたんですか?その、封印するとか、お祓い的なことは…」

勧請院さんは霊能者だ。

現世に留まって困っている霊を導いたことくらいいくらでもあるだろう。

特にあの箱の中は霊を捉えて妖に変じさせる小さな地獄なのだ。

なんの対策もしないで蓋を開けるはずがない、と思ったのだが。

「いえ、特には」

勧請院さんはあっさりと首を振る。

その態度にはカチンときた。

「そんなことをしたら…!」

思わず声が大きくなってしまった私の裾をジローさんが引っ張って「ちょっ…声でかいよ」と注意する。

反射的にジローさんを睨みつける形になってしまい気まずくなるが、今はそれどころではないので後で謝ることにする。

「何も対策しないで、ただ箱を開けたってことですか?周りに人が倒れている状況で?中にいた霊が何をするかわからないのに?」

「はい。そうです」

勧請院さんの態度はあまりにも平坦で、逆に私をイラつかせようとしているかのようだ。

「いったい何でそんなことを?」

「中にいる辛さはよくわかってますから」

勧請院さん、というか女の霊はあの箱の中で蠱毒の虫のように他の霊達と争い喰らいあってきた。

その辛さは当事者なのだから誰よりもわかっていることだろう。

「だからって何の対策もせずに解放したら、悪霊が自由になって被害が出るじゃないですか」

「被害が出るなんてどうしてわかるんですか?」

勧請院さんが初めてまともな反論を口にする。

その目は相変わらず手元のカップを眺めている。

「だって中にいるのは悪霊ですよ?あの箱の中で喰らいあって恨みを醸成させている。それはあなたが一番よくわかってるはずです」

「あの子の場合がそうだったからって、他の全ての箱がそうだとは限らないんじゃないですか?」

勧請院さんが食いついてくる。

今までとは打って変わった積極的な態度に若干困惑する。

「私たちはあなたの中にいる女性が入っていた箱の他にもたくさんの箱を処理してきました。中に入っていたのは全て悪霊でしたよ」

「本当に?」

勧請院さんの声は驚くほど平坦で冷たい。

「はい。それは他の仲間たちに聞いてもらっても同じ意見だと思います」

「ジローさん、本当にそうですか?」

勧請院さんがジローさんに話を向ける。

「ジローさんが立ち会った浄霊の儀式で、中に入っていた霊は何か悪いことをしましたか?」

怪談ナイトのリスナーさんの実家から箱を回収した時、伊賀野庵での浄霊にジローさんは立ち会っている。

それはラジオでジローさんが何度も面白おかしく喋っているので誰もが知る公開情報だ。

「あ…いや、その…」

突然の質問にジローさんが言葉に詰まる。

「ジローさんが見ている限りで、箱の中にいた霊は本当に悪霊でしたか?どんな悪いことをして、成仏するか滅されるかの2択を迫られることになったんですか?」

「いや…その、俺には何が何だか…」

「あの霊は和美さん…浄霊の儀式を行っていた僧侶に切りかかっていました。普通の霊はそんなことしませんよ」

たまらず口を挟む。

「長い苦しみから突然解放されたと思ったら、問答無用で成仏する以外の道はないと言われたわけですよね?混乱して殴りかかってしまうのも無理ないと思います」

「そこに悪意があるかないかは判りますよ。こっちは相手の魂を見てるんですから」

あの時の武士の霊は間違いなく悪霊だった。

それは今でも確信している。

他の箱の中にいた霊達もそうだ。

だが勧請院さんの言いたいことはそこではないのだろう。

「例え悪霊だったとしても、時間をかけて説得すれば警戒を解いて話し合いができたんじゃないですか?」

「そんなのは絵空事ですよ。みんな命の危険がある中でやってるんです」

お祓いの結末が決まっていることに文句を言いたいのだろう。

成仏するか、滅されるか、箱を取り囲んでのお祓いや浄霊はだいたいそんな感じだ。

それが気に食わない。

その気になれば話し合えただろうと。

だがそれは霊の、それも強力な霊の側の意見だ。

私たち霊能者も時として命を失うことはある。

命までは取られずとも、その後の人生を台無しにしてしまうような事態に陥ることもある。

目の前にいる勧請院さんが良い例だ。

その恐怖の中で私たちは万全の体制を取ってお祓いに臨んでいるのだ。

「そもそも霊であるということは既に亡くなっているわけですから、それなら現世にいることの方が不自然で不幸なことだと思います。問答無用だってことは理解しますけど、自然の法則から外れているのは霊のほうで…」


「だからもう一度死ねって?」


ふいに勧請院さんの雰囲気が変わった。

店内の温度が急激に下がっていくような感覚。

カタカタとテーブルの上のカップが揺れる。

俯いていた勧請院さんがゆっくりと顔を上げる。

その顔は先ほどまでの勧請院さんのものではなかった。

隣でジローさんが小さく呻いたのが聞こえる。

「もう死んでるんだからつべこべ言わずにとっとと消えろって、それ本気で言ってるの?」

女の霊が出てきた。

勧請院さんと言い合いになり始めた頃からなんとなく出てきそうだなと思ってはいたが、案の定という感じだ。

もともとの想定内ではあるし、和美さんも控えてくれているから恐ろしくはないが、それでも緊張感に冷や汗が出てくる。

一体いつから入れ替わっていた?

さっきまでの問答は本当に勧請院さんの意見なの?

いずれにせよこうして女の霊が全面に出てきた以上、ここからは一言一句が戦いの引き金になりかねない。

「そういう言い方は卑怯ですけど、まあ悪く言ってしまえばそういうことです」

戦いを意識して高揚しているのか、意図せず強い言葉が出た。

その答えに女の霊だけでなくジローさんも息をのむ。

私だって自分の口が悪いのは自覚している。

「生者には生者の、死者には死者の世界がある。そこを無視しちゃうとこの世は霊で溢れかえっちゃうじゃないですか」

神道では、というかウチの神社の教えでは、死者の魂は祖霊の山に帰って産土うぶすなの神様のもとで私たちを見守ってくれているのだが、悪霊の場合はその道に至ることはできない。

ある意味でこの世と黄泉の国とは地続きなのだが、そんな詳しいことはこの場では置いておいて、あくまで生者と死者は別々の領域があるという論点で続ける。

「死んでしまったからには現世に留まるのは道理から外れることなんです。だから……」

「だから問答無用で成仏を迫るわけ?今すぐ成仏しないと滅しちゃうぞっていうのがアンタの言う自然で正しいことなの?」

私に全てを言わせず女の霊が私を睨む。

カタカタとテーブルの上でカップが音を立てている。

かつて老婆の霊と対峙した時のような圧力を感じる。

目の前に爆発寸前の爆弾があるような圧迫感。

爆発したらタダでは済まないという恐怖。

「本来は違いますよ。何度でも話し合って納得してもらう必要がある。現にお祓いを途中でやめることなんていくらでもありますから」

女の霊の圧力に屈しないよう目に力を込めて続ける。

ここから先は言っていいことか悪いことか判断つかないが、とりあえず嘘偽りのない正直なところを話そうと決める。

「あなた達に対して問答無用になっちゃうのは、それだけあなた達が恐ろしいからですよ。私たちが1人では抑え込むこともできない。何人も集まって入念な準備をした上で、やっと浄霊か消滅かを迫ることができる。あなたはそのことに怒っていると思いますけど、それだけこっちも必死なんです」

女の霊の目をしっかり見て言い切る。

「言葉が悪くて申し訳ないですけど、私たちにとってあなたや他の箱の中に入っている霊達は猛獣のような感じなんです。人ひとりで相手するなんてとてもじゃないけどできない。だから私たち現世組はあなた達にはあなた達の世界に行ってもらって、そっちで何とかしてもらうしか方法がないんです」

私の言葉に女の霊がカクッと首を傾げる。

「随分と潔い考え方なのね。死者には人権も存在しないってこと?」

「だからそれはあなた達だけです。恐ろしいから、悪さをするから、話し合いができそうにないから、問答無用で申し訳ないけど、私たちは自分の身を守りつつ生きている人間の味方をするってだけですよ」

もはや神道だ仏教だとは関係ない内容になってしまって自分の未熟さを痛感するしかないが、これが私の本心だ。

女の霊は「ふーん」と言って椅子に座り直した。

その目は私から外れ、何かを考えているようだ。

神経を逆撫でするような言葉を使って挑発するみたいな言い方になってしまった実感はある。

襲いかかってくるなら迎え撃つのみ。

服の中で感じる御守りの存在が勇気を与えてくれる。

「まあいいわ。いきなり問答無用で喧嘩売ってきたのは許してあげる」

女の霊が私を見ないまま言った。

喧嘩を売ったとは今の言い争いのことてはなく、相楽さんのお祓いのことを言っているのだろう。

怪談ナイトで散々霊障を起こして死者まで出していたのだから祓われて当然とは考えていないようだ。

気がつけばいつの間にか女の霊から感じていた圧力が消えている。

どうやら矛を収めてくれたようだ。

そう考えていたら、ふいに女の霊が身を乗り出して私の右手首を握った。

「…………!」

あまりにも唐突で自然な動きにまったく反応できず、握られてはじめて体がビクッと跳ねた。

やられた。

不意打ちに備えていたはずだったのに。

目の端で和美さんが立ち上がるのが見えたが、次の瞬間には尻餅をつくように再び椅子に座り込んだ。

思わず和美さんに目を向けてしまう。

和美さんは椅子とテーブルに体を挟まれて立ち上がれないようだった。

前から体を押さえつけるテーブルを両手で押し除けようとしているがびくともしない。

気づかれていた。

女の霊が立ちあがろうとした和美さんを、テーブルと椅子で押さえ込んでいるのだと理解した。

「でもね」

女の霊が言った。

ググッと手首にかかる力が強くなる。

折られると思って右手を強く引くが女の霊の手は私の手首を離さない。

全身から冷や汗が吹き出してくる。

「アンタに折られた手の痛みは忘れてないから。これはそのうち必ずわからせてあげる。今は見逃してあげるだけ。そこは忘れないでね」

はっきりと私に目を合わせてそう言ってからあっさりと手を離し、椅子に座り直してから一息つくようにコーヒーを飲む。

バクバクと心臓の音が強く鳴っている。

右手に痛みがないのを確認して内心で安堵する。

それきり女の霊はどこを見るでもなく黙ってコーヒーを飲んでいる。

また何かを仕掛けてくるかと警戒するが何も起こらない。

見落としている死角がないか改めて確認する。

和美さんに目を向けるとテーブルを押し戻した姿勢のままこちらを見ている。

女の霊に目を戻すも素知らぬふりでコーヒーを飲んでいる。

「…………」

これはもしかして話を誤魔化された?

もともと箱を不用意に解放したことを私が責めていたのではなかったか。

私は握っていた手首から手を離して御守りに手を添える。

御守りからの警告はない。

どうやら本気でこれ以上なにもするつもりはないようだ。

脅かされただけだと悟って恐れの心が引いていくと同時に怒りが込み上げてくる。

「わかっていただけたならそのことはもう置いておくとして、箱を解放してしまったあなたの考えは理解しました」

内心の怒りと動揺を押し殺して、さも平然としているふうを装って言う。

女の霊の眉が不機嫌に寄せられる。

話をすり替えたことを私が見逃さなかったのが気まずいのだろう。

と思ったら、ふいに女の霊の顔が勧請院さんのそれに戻った。


「大変失礼しました。引っ込んでいてって話はしていたんですけど、抑えられませんでした」

そう言ってペコリと頭を下げる。

「篠宮さんのおっしゃる通り、箱の中に入っているのは十中八九が悪霊です。それはあの子も理解しているはずです。それでもあの子の生きたいっていう思いが強くて、同じ境遇の霊達をどうしても見過ごせないんです」

わからない。

先ほどまでの勧請院さんと言っていることに差がある気がする。

「あの、さっきまでは箱を解放したことを正当化するような事をおっしゃってましたが、それはどういう…」

なんと聞けば良いのか分からず尻すぼみになってしまう。

じつに都合よく人格を切り替えられて、いちいち反応がリセットされてしまう。

完全に勧請院さんのペースになっている。

「すみません。さっきのも私の本心です。あの子と混ざっちゃった私と言いますか、篠宮さんの言ってることはわかりますけど、だからって私まで篠宮さんと同じように問答無用で成仏か消滅かを迫ることはできなくて」

勧請院さんは再び俯いて、しかし言葉に詰まることはなく続ける。

「箱を開封することが危険なことだっていうのはわかってます。中にいる霊が外に出て何をするかも分からない。それでもダメなんです。死んでからも虐待され続けて、それがようやく解放されたんです。そこに希望が全くないなんて、あの子と一緒に生きてる私が言っていいはずがないです」

勧請院さんは私を見て言う。

「こんなふうにあの子を受け入れている私は、これ以上誰かに迷惑をかける前に死ぬべきだと思いますか?」

「そんなことない…そんなこと言ってませんよ」

突然の言葉に驚いて返答に詰まる。

何と返せば正解なのか。

勧請院さんは何を言いたいのか。

「例えば私があの子を捕らえたまま死んで、その魂を篠宮さん達に浄霊してもらったとします。それって私は犠牲になりますけど、それ以上の被害は出ない。篠宮さん的には最善とまではいかなくても、次善の策にはなるんじゃないですか?」

「いや、被害うんぬんはそうですけど、そのために人を殺しちゃ意味がないじゃないですか」

「そこなんです。私という入れ物に入っているからダメ。入れ物に入る前ならOK。その割り切りがどうしても難しくて、すみません、だいぶあの子の意見に寄っちゃってる自覚はあるんです。でもこれが私の立場…というか意見です」

そうか。

女の霊だけではなく勧請院さんも、相手が死者だからという線引きが受け入れられない。

生者と死者の両方の立場を取らなければ今の勧請院さんの存在自体が自己矛盾のようになってしまう。

女の霊を引き剥がすことができるか分からない以上、勧請院さんは女の霊と混ざり合った存在として生き続ける。

最初に勧請院さんの状態を解消することができるか聞いたのはそういうことだったのだ。

「…………」

だがこれで一つはっきりした。

これ以上勧請院さんが箱を開封する前に、私たちがなんとかしなければいけない。

勧請院さんの立場ではどうしても箱の中の霊に同情的にならざるを得ない。

そして私たちは言うまでもなく生者の側に立って箱を処理する。

天道宗の他にも対立軸が出来てしまったが、勧請院さんの様子では積極的にこちらを邪魔することはないだろう。

それならば。

「わかりました。勧請院さんのやっていることは私としては見過ごせないし許せませんけど、勧請院さんの立場は理解しました」

その上で聞かねばならない。

「これは勧請院さん本人の魂にお聞きしますけど、私たちに拘束されてあなたの中にいる女性の霊を追い出す方法を探る気はありますか?」

勧請院さんは俯き唾を飲み込んだ。

そして、


「すみません、今は無理です」


と言った。

「もしもあの子をなんとか出来るとしても、それは天道への復讐を果たしてからです。今あの子から復讐を取り上げてしまったら、本当にもうあの子の人生は悲しいだけの死で終わることになっちゃう。こんなふうにあの子の死を弄んだ天道は憎いですけど、今それを取り上げるのは同じくらい酷いことだと思うんです。わかってもらえないかもしれませんけど」

勧請院さんの言葉には今までとは少し違う、感情の揺らめきが含まれている。

紛れもない本心なのだろう。

「あの子の気持ちが迷惑をかけるのはわかっていますけど、それも元はと言えば天道のせいじゃないですか。あの子だけに正義を迫ったって不公平ですよ。だからあの子が復讐を果たすまでは一緒にいるって決めたんです。迷惑をかけるなと言われるなら私も責任を取ります。あの子の罪は私の罪です。私は私の意思であの子とお父さんの仇を討ちます」

店内のどこかでピシリとラップ音が鳴った。

気がつけば私の手元に置いてあるスプーンが揺れている。

と思ったらスプーンが音も立てずにテーブルの上を滑って端から落ちた。

「…………」

ポルターガイスト。

女の霊が現れた時と同じような現象が、勧請院さんのたかぶりに反応しているかのように起きている。

店内で起きた小さな怪奇現象に気づいた人はいないようだが、目の前でソレを目撃して私は少し興奮していた。

「よくわかりました」

内心の興奮を悟られないよう淡々と告げる。

まあ勧請院さんにはバレているのかもしれないが。

「正直なところ、思っていたよりもあなた達の意思が深く混ざり合っていることに驚きました」

勧請院さんを見る。

勧請院さんは俯いたまま小さく頷く。

「今のは勧請院さんの言葉にあの女性の霊が反応したのでしょうか。何と言うか、私にとって許せないはずのあなた達の、こう…絆…のようなものを見せられたみたいで困惑しています」

その言葉に勧請院さんは「すみません」と頭を下げる。

「私もあの子のことをここまで思っていたことに自分でも驚いています。これも自然な感情ではないのかもしれませんけど、思えばさっき篠宮さんに不意打ちで悪戯したのだって私の意思ですし、もうほとんどあの子と私の感情なんて境目がなくなってるんだと思います」

やはり先ほどのあれは勧請院さんの悪戯だったのか。

まったく気配を感じなかったが、そういう技術でもあるのか、あるいはそれも怪奇現象の類なのか、ますますもってわからない。

「…………」

結局、勧請院さんは元からあの女の霊をなんとかするつもりなんてなかったのだ。

少なくとも天道宗をやっつけるまではこのままが良いと本気で思っている。

私たちは騙されていたのか。

いや、勧請院さん自身が揺れていたのだろう。

それが先ほどの自らの言葉で腹を決めたと。

その心に反応してあの女の霊はおそらく喜んだのだ。

してやったりという反応ではなかった。

ずる賢い霊が憑依した相手を支配しているなら、あんなわかりやすい反応は見せないだろう。

衝動的に反応してしまったという感じだった。

絆。

先ほどの勧請院さんの言葉で感じた女の霊との精神的な繋がり。

憑依した霊と被害者という関係を超えた絆がある。

それは天道への復讐という共通の目的があるからか、それとも女の霊の特殊性のゆえか、はたまた運命的に相性が良かったとでもいうのか。

理屈はまるでわからないが、勧請院さんと女の霊はもう完全に同化していて、天道という標的を追い求める狩人のようになっている。

それは対天道宗という意味では強力な味方と言えるが、あの箱を解放してしまう厄介な存在でもあると。

「協力関係を築いて連携することはできないでしょうか」

しばらく黙っていた私がふいに発した言葉に勧請院さんが私を見て続きを促す。

「例えば天道宗の情報については逐一こちらから提供する。その代わり勧請院さんが例の箱を見つけた時には私たちにお祓いを任せてもらう。問答無用が嫌ならあなた達で箱の中の霊を抑えてもらって、その隙に私たちがお祓いをして霊の心を解きほぐすよう手を尽くす。そういう形でなら協力し合えると思うんです」

私も勧請院さんの目を見てしっかりと伝える。

勧請院さんはしばらく私の目を見て考えていたようだったが、やがて俯いて「うん、うん」と独り言のように呟いた。

そして「わかりました」と言った。

「私はもちろんですけど、あの子もその条件で良いと言っています」

知らないうちに詰めていた息を吐き出す。

膝の上で手を握りしめていたようで、少し手が痺れているのがわかった。

グーパーして手をほぐすと同時に内心でガッツポーズを決める。

「ありがとうございます」

そう言って頭を下げると、勧請院さんも合わせて頭を下げた。

結局私への復讐も天道宗をぶっ潰すまでは保留にしてくれるということで、今後の協力体制を築くことを同意した。


LINEを交換して勧請院さんが店を去ったあと、私は椅子の背もたれに体を預けてぐったりしていた。

はあああ〜と何度目かもわからないため息をつく。

目の前には勧請院さんの代わりに和美さんが、隣ではジローさんが疲れた顔でコーヒーを飲んでいる。

「いや〜…緊張した〜…」

これまた何度目かわからない言葉をため息と共に吐き出す。

「お疲れ様。完全にバレちゃってたね。ごめん」

和美さんが申し訳なさそうに言う。

「あの女が動いて篠宮さんが攻撃されそうになったのを見て、私もすぐに対応しようとしたんだけど、後ろから椅子が出てきて…その…」

「ひざカックンされたんでしょ?見てた」

和美さんが言葉に詰まったので代わりに私が答える。

その言葉に和美さんがますます申し訳なさそうな顔をする。

別に和美さんが悪いわけでもないのに。

「あんなふうにポルターガイストを起こせるっていうのは初めて見たわ。油断してた。本当ごめん」

和美さんがなおも謝ってくれる。

気に病ませてしまっているのが申し訳なくて気合を入れなおす。

「いいよいいよ。私だって全然予想も反応もできなかったし」

そう言いつつ背もたれから体を起こして座り直す。

「あれはもうポルターガイストっていうより念動力ねんどうりきだよね。サイコキネシス」

フウとため息をついて続ける。

「相楽さんの時より厄介になってる気がする。勧請院さん一人を相手にしてるようで、二人同時に相手する必要があるっていう感じ」

霊視や念動力の他にも、人格をコロコロされることでペースも乱される。

じつに厄介な相手だ。

「掴まれた手首は大丈夫なの?」

和美さんが心配してくれる。

「うん。ただ単に脅かされただけっぽい。まあいつでもやれるぞってことなのかもしれないけど」

軽く手首をさすって続ける。

「改めて思ったけどあの女マジでやばいね。もしも解放されちゃった他の霊達が同じぐらいヤバいとしたら、ちょっとこれまでとは比較にならないくらいピンチかも」

あの女の霊レベルの悪霊が野に放たれたなど考えたくもない事態だが、レベルはともかく野に放たれたのは間違いない。

「下手したら天道宗を相手にするより大変かもね。逃げちゃった霊達を探し出してお祓いできるのかどうか」

言いつつ苦笑が漏れる。

それくらい面倒な仕事になる可能性があるのは間違いない。

はたして逃げ出した霊達はどう動くのか。

悪さをするのか、はたまた何もしないのか。

「いずれにせよ何かが起こるとしても一つ一つ対処していくしかないわ」

うんざりする私とは逆に和美さんがいつも通り強気に言う。

「私はもちろん、篠宮さんもこの件からはしばらく離れられないね」

そう言っていつもの勝気な目でニッと笑う。

こういうときの和美さんの前向きさは本当に助かる。

「下手すればライフワークになるレベルだよね笑」

私も負けじと笑顔で答える。


「まあでも協力関係になったってのはデカいよね」

空気を読んで黙ってくれていたジローさんが話題を変える。

「ですねー。まあ協力関係って言っても、こちらから情報を提供する代わりに、ポコポコ箱を開封して回るのをやめてもらうって感じですけど」

「とはいえ強力な術者が連携してくれることになったのは間違いないわよね?」

和美さんもこの話題に前向きに乗っかってくれる。

「はい。はっきりしたことは実際に連携してみないとなんとも言えないですけど、少なくとも天道宗をぶっ潰すまでは敵対しないと決まっただけでも大きな成果だと思います」

「だよね。いやあこれで俺も安心できるよ。もう勧請院さんの襲撃に怯えることもないもんね」

そんな感じで勧請院さんやこれからについて話し合いつつ、今日のことを関係者に報告するメールやLINEを送って解散した。

数日後、ジローさんから送られてきたLINEを見てみると、勧請院さんからの天道宗施設に対する襲撃予告と『同行したいならどうぞ』という旨の連絡が来たと書いてあった。

どうやら本当に連携してくれるようだ。

LINEを交換したとはいえ、私に直接連絡をするのではなくジローさんを中継するあたり、やはり私が嫌われているのは変わらないようだった。

ジローさんは私に勧請院さんを押し付けることに失敗したことになる。

そして仲間達と日時を調整して、勧請院さんが指定した集合地点で落ち合うこととなった。


当日集まったのは神宮寺さんと和美さん、連雀さんと私、そしてカメラを持ったジローさんだった。

なんで来たのかジローさんに尋ねたら。

「わからん。なんか俺も参加しろって呼び出されたんだよ。まあカメラ回せるなら願ってもないし、阿部ちゃんに来させるくらいなら俺の方が良いでしょ」

とのことだった。

どうやら勧請院さんはジローさんを私たちとのパイプ役に指名したいらしい。

まああの性格で初対面の私たちと自然に連携できるとも思えないし、一般人のジローさんなら勧請院さんにとって脅威にもならないわけで、妥当な判断とは思う。

どこぞの前田さんを思い出して可哀想な気持ちにはなるものの、私としても勧請院さんとのパイプ役はいてもらった方が助かるので、ジローさんには今後とも最前線で活躍してほしいと願うばかりである。


勧請院さんが単独で天道宗施設を訪ねるのを遠くから観察する。

大人しそうな外見をフル活用して天道宗施設に出入りする人達に声をかけ、すんなりと責任者を呼び出してもらって施設内に入っていく。

しばらくしてジローさんのスマホに着信が入り、勧請院さんが制圧した施設の応接室でうずくまる男性を目の当たりにする。

怯え切った責任者らしき男性の様子に胸が痛むが、私たちも天道宗の本部や道厳寺に乗り込むならこうした暴力というか強硬手段は避けて通れないかもしれないわけで、鬼になったつもりで勧請院さんのやり方を見学させてもらった。

勧請院さんがうずくまる男性の傍にかがみ込んで声をかける。

「さっきの話をもう一度してくれますか?」

怯える男性は勧請院さんから距離を取るように顔をのけ反らせるが、逃げ出す余裕はないらしくそのまま固まっている。

「……さ、さっきの…?」

男性は困惑と怯えの顔で勧請院さんを見て呟く。

いったい何をしたらそんなに怯えることになるのだと思う。

はたして私たちにこんな真似ができるのか。

いや真似する必要はないのか。

あくまでこれは勧請院さんが単独で調査していた時のやり方だ。

私たちは私たちのやり方でやればいい。

そうは思うものの、いざ乗り込む時にはここまでとはいかなくとも近しい行為はすることになるだろうとも思う。

「…………」

戦う覚悟がまるで出来ていない私と違って勧請院さんは淡々としている。

神宮寺さんもいつも通りだ。

和美さんや連雀さんは顔色が悪い。

おそらく私の顔色も似たようなものだろう。

そんな私たちが観察するのを傍目に勧請院さんが怯える男性の耳に何かを囁く。

「…わ、わかりましたから……」

男性はそう言って私たちを見る。

その目には怯えと嫌悪感がはっきりと現れている。

初めて浴びる嫌悪の視線に怯みつつ男性が何か言うのを待つ。

やがて決心したように咳払いして男性は話し始めた。

「私は…この宗務所の所長を担当している者です。あなた達が調べている……私どもの宗派の裏側というのも…なんとなくですが…知っております」

ボソボソと、そして辿々しくも、その言葉ははっきりと聞き取れる。

「信徒さん達からのお布施を本部に送金して、その時に指示を受けることがたまにあります」

「どのくらいの間隔で指示が来るんですか?」

勧請院さんが淡々と尋ねる。

男性の言葉を引き出すように、合いの手を入れる感じで質問を挟む。

「頻繁に来ることもありますが、来ない時は何年も来ないという感じです」

「それで?」

「…指示の内容は信徒さん達に臨時のお布施を呼びかける内容だったり、宗派の人事なんかを連絡してきたり、ですかね」

「他には?」

「ごくたまにですが、信徒さんのご自宅に預けてある箱の様子を聞かれたり、その様子によっては本部の担当者が来て箱を回収していく段取りをしたり……」

「その箱がどういうものかは知っているんですよね?」

「……はい」

「それで、信徒さんの自宅に預けられた箱はいくつくらいあるんですか?」

男性は少し黙って考え込んでから答える。

「いえ、ほとんどありません。かなり昔の取り決めで、本部のほうで特別に指定した信徒さんの自宅に保管していたらしいですが、その基準なんかは私らには知らされていませんので…」

「この建物にも箱が保管してありますよね?」

「あ…いや…それは……」

「あるのはわかってますので。誤魔化すとよくないのは先ほど説明したと思うんですけど」

「…はい…こちらでも二つほどお祀りしています」

勧請院さんの脅しに男性は肩を落として頷いた。

「それは後で見せてもらいますけどその前に、他にどんな指示が来るのか教えてくれますか?」

「他には特に指示らしいものは来ないです。真面目に信仰をやってれば問題ありませんので、信徒さん達との交流なんかは私の方で色々と決めています」

「わかりました。本部の場所はご存知ですか?」

「いえ、私が知っているのは本部の電話番号くらいでして、それも携帯電話ですし、それで何も問題ないので本部の場所なんかは知らされておりません」

それで良いのかと思いつつも黙って話を聞く。

「あの箱がどういうものかは知ってるって言いましたよね?どこまで知ってるんですか?」

「はい…あの、ええと…」

男性が戸惑うように私たちに視線を走らせる。

「ここにいるのは全員霊能者ですから、気にせず話しちゃっていいですよ」

ジローさんの存在が忘れられているが、当のジローさんは撮影に徹しているので気にする様子はない。

「ああ…はい…ええと…未成仏の霊を集めて供養する、と聞いております」

「それは表向きの目的で、あの箱の本当の目的も知ってるんですよね?」

「…………」

「あなたさっき、宗派の裏側も知ってると言ったじゃないですか。今さら隠し事はしませんよね?」

「…はい。あの箱…招霊箱の本当の目的というのは、一部の者は知っています」

「どんな目的ですか?」

「…霊を集めて…供養すると」

「供養じゃないですよね?」

「……蟲毒の呪法をもって、霊を喰い合わせて一つの妖にすると……」

勧請院さんのツッコミが早すぎて男性は誤魔化す隙がない。

「それは本部から教えてもらったんですか?」

「いえ…そういうわけでは…ないんですが…」

「では誰から教わったんですか?」

勧請院さんの言葉に男性は咳払いをした。

「先代の宗務所長から聞いていました。あの箱は天道先生キモいりの大仕掛けのための秘術で、やがて私の代で知ることになるから覚悟だけはしておくようにと」

「どんな覚悟ですか?」

「……再び霊の時代が来てこの世とあの世の境目がなくなる。その時のために霊を使役する術を研究するのが天道宗であり、本部では昔からそうした活動をしている。私ら宗務所長や一部の信徒さんもその時がきたら招霊箱に封じられた霊を使役するための指導を受けることになると」

「ずいぶんと壮大な話ですね。そんな話を信じていたんですか?」

「…昔は半信半疑でした。でも長年あの箱をお祀りしていると嫌でもわかってきます。中に入ってるのはとても供養されているような穏やかな霊ではないと」

「それがわかっていて、どうして宗派を抜けようと思わなかったんですか?」

「そもそも抜けるつもりはありませんでした。どうしてと言われたら答えは信じているから、そして私の家にもあの箱があるからです。この宗務所と同じで、私が生まれるより前からずっと箱を管理してきてますから、抜けるとかやめるとかそういうのは考えたことはありません。もし仮に抜けるとしても何も知らない親戚連中に説明したところで鼻で笑われるでしょう。だから代々あの箱を祀り守ってきた家は今までそれを隠し通した。それも私らの代までです。私としても、あの恐ろしい箱の中の霊を使役する術があるなら知りたいと思っています。いつ本部からお達しが来るかと思っていたんですが…」

「その前に私たちが来ちゃったと」

「…そういうことです」


その言葉を最後に勧請院さんが私を見る。

勧請院さんとしては聞きたいことは全て聞いたということだろう。

あとは私たちが質問しろと。

その視線を受けて私は男性に一歩近づいた。

「霊の時代とはなんですか?」

私の言葉に男性は顔を私に向ける。

「いえ、詳しいことは何も」

私を見たまま首を振る。

「それは大霊障と関係があるんですか?」

「…だい…なんでしょうか?」

大霊障という言葉にピンときていない様子だ。

「大いなる霊障。だいれいしょうです。聞いたことはありませんでしたか?」

「いえ、ありません」

男性は先代の宗務所長から『霊の時代』とやらについて聞いていた。

そのことを小木老人は大霊障と言ったのか、あるいは別のことを指しているのか。

「聞いたことはありませんでしたが、おそらくは同じようなことを言っていると思います」

私の言葉を待たず男性が続ける。

「と言いますと?」

「大霊障。再び霊の時代が来る。天道先生の大仕掛け。おそらくは世間的に目に見える形で何かが起きるのだと思います。先代の宗務所長もそんなようなことを言っていました。それから…」

言いにくそうに男性が言葉を濁す。

「それから?」

いいから話せと勧請院さんが先を促す。

「……口伝ですが天道先生の説法にこんな言葉があります。先生が神がかり状態になって予言めいた言葉を口にした時のことです。先生いわく『くて霊の時代ときよ来たれり。我ら霊威秘術を持て大神おおかみすえちゅうし、神々のむつまじき人とのよしみ寿ことほぐべし』。……何を言っているのかわかりますよね」

「…………」

その言葉を聞いて思考が一瞬停止する。

恐れや戸惑いではない。

やっぱりその言葉が出たかと、胸の奥にしまっていた覚悟を掘り起こす。

大神から神々へ、皇統から民へ、呪術を用いて日本という国の精神を変革する。

この場合、大神とは天照大神、その末裔とは皇室に違いないだろう。

それを廃して神々と人との良好な関係を築けと言っている。

『あるべき姿に立ち返ればよいのです』

小木氏が言っていた『あるべき姿』がそれか。

皇居を狙い撃ちしていた五芒星は、そのまま皇室への呪詛だったわけだ。

「……皇室の断絶が目的ですか?」

とりあえずそれだけ聞いてみる。

「わかりません。今の時代にそんなことをして何か意味があるとも思えません」

男性はあっさりと首を振る。

「ただ、先代の宗務所長は至極真面目にそれを信じていました。そして私もその時が来ると信じて今日まで勤め上げてきましたし、そのつもりでいます」

「そのために箱を保管して霊達を虐待してきたと」

「虐待と言われて頷けることではありませんが、おっしゃる通り私たちはそのために備えてきました」

「間違いなく虐待ですよ。あの箱の中で何が起きているのかご存知ですよね?」

「もちろん知っています。ですが、呪術とは古来そういったものでしょう?」

男性は私が何を言いたいのかと訝しむような目で見ている。

「別に霊を苦しめるためにあの箱をお祀りしてきた訳ではありません。そういう術だから霊を取り込む必要がある、そういうものではないですか?」

「だからそれが邪法だと言っているんです。仮にもあなたは仏の教えを信仰しているんですよね?それならやっていいことと悪いことくらいわかるでしょう」

自分でもどんどん口調が荒くなっているのがわかる。

小木老人達と同じで、こちらの怒りが全く伝わっていないことに苛立っているのだ。

「もしかしてあなた達は、私らの使命を妨害するために来たのではなくて、招霊箱の術が気に入らなくてやめさせに来たのでしょうか?」

男性の顔に若干の嘲りが浮かんだ。

語るにつれて先ほどまでの恐れと嫌悪感はなりを潜め、やや興奮というか熱に浮かされたようになってきていたが、ここにきて私が勧請院さんとは違うタイプだと気づいたようだった。

「それだけじゃないですよ。ヨミを作り出して多くの人を死に追いやっているじゃないですか。あの箱の呪術が邪法だというだけじゃなくて、あなた達のやっていることが悪だからこそ、多くの人が怒りを感じているし、私たちが代表して声を上げているんです」

「ヨミ。新聞やネットで私ら天道宗がヨミを操っていると吹聴しているのはあなた達でしたか」

男性の顔が不機嫌に歪んだ。

「一体何を根拠にそんな出任せを言っているのか、ずっと文句を言いたかった。こうして私を痛めつけて平然としているあなた達こそ、紛れもない犯罪者じゃないですか」

はっきりと怒りを滲ませて吐き捨てる男性。

勧請院さんの反応から男性が嘘をついている様子はない。

どうやら本気でヨミと天道宗は無関係だと信じているようだ。

小木老人達とのインタビュー記事を読んでいるのかいないのか。

あの特集を読んでいないとしたらこの男性を説き伏せるのは難しいだろう。

今ここでOH!カルトの特集ページを見せて論破してやろうかと思ったが、そんな私の考えを読んだのか勧請院さんが先に動いた。


「その女がどうかは別として、私はあなた達の術が気に入らなくてここに来たの」

そう言ってまた男性の傍らに屈み込んで男性の顔を覗き込む。

いつの間にかその顔があの女の霊のものに代わっている。

ヒッと男性が息を呑んだ。

「さっきは言わなかったけど、私ね、あの箱の中に10年以上閉じ込められていたの」

女の霊の手が男性の後頭部の髪を掴んで顔を引き寄せる。

「見せてあげる」

勧請院さんがさらに顔を近づけると同時に、男性の体がビクンと跳ねた。

そして、


「あ……ぁ……あ……ああ!…ああああああああ!!!!」


ゆっくりと苦痛が浸透していくかのように呻き、やがて絶叫した。

「があああああ!!!……ぐぐぐ……か…あぁあああ!!!!」

頭を固定された男性が女の霊から目を離さないまま体をくねらせる。

「怖い怖い怖い怖い。痛い痛い痛い痛い」

女の霊が男性に囁きかけている。

男性は喉を引きちぎるような絶叫を上げ身悶える。

「これが私が見ていた景色。あなた達ご自慢の術の世界。良かったね体験できて」

「……ああああああ!!……あああ……ぁ…………ぁ…………………」

男性の声が細くなっていく。

「あら」

女の霊が男性と合わせていた目を離してその顔を見る。

「死んじゃったかしら」

そう言ってカクッと首を傾げる。

まさかと思って男性に駆け寄り様子を伺う。

どうやら気絶しているだけのようだった。

汗と涙と鼻水でグシャグシャになった顔で白目を剥いている。

女の霊に目を向ける。

目の前に女の霊の顔があって思わずのけ反る。

女の霊がニィッと口を広げた。

「ごめんねえ。ムカついたから割り込んじゃった」

薄気味悪さに立ち上がって女の霊から距離をとる。

協力している間は手出ししないと聞いていたとはいえ無警戒ではいられない。

「この男はヨミについては知らないみたいだし、もうよかったでしょ?まだ聞きたいことがあるなら叩き起こすけど」

私を見上げて女の霊が男性の頭を軽く振ると、男性はウウと呻き声を漏らした。

「…………」

良いわけがない。

まだまだ聞きたいことはある。

だがこの状態の男性を目覚めさせてまた聞き取りをするのかという気もする。

言い争っていたとはいえ可哀想に思うところもある。

この男性はヨミに関しては本気で知らないようだった。

ということは天道宗のコアなメンバーではないわけで、ましてや日本をどうこうしようという企みの核心部分など知らされていないだろう。

「…………」

いや、それでも聞き出さねばなるまい。

こちらの聞きたいことかどうかはともかく、この男性の知っていることは全て聞いておきたい。

「もちろんまだ聞きたいことはあります」

その私の言葉に女の霊は不機嫌そうに鼻を鳴らし、男性の頬をペチペチと叩いた。

「……ぅ……」

気を失っていた男性が目を覚ました。

「うわっ!」

女の霊が見ていることに気が付いて後ずさろうとするが、相変わらず頭の後ろの髪を掴まれているので逃げられない。

それに気づいた女の霊が手を離して立ち上がる。

「怖がらせてすいません。もう少しお話を聞きたいみたいなので続きをお願いします」

またいつの間にか勧請院さんの顔に戻っていたその女はそう言うと、男性は勧請院さんと私を交互に見て絶望的な顔をした。


「ではもう少しだけ聞きたいことがあります」

男性はうなだれたまま視線を少し上げて私を見る。

「神々と人とのよしみとはなんですか?」

男性はフウとため息をついてから、「知りませんよ」と答えた。

なんというか、投げやりになっているように見える。

それでも間髪入れずに答えてくれるあたり、あの女の霊が相当恐ろしいのだろう。

いったい先ほど何を見せられたのか想像もできないが、よほど恐ろしい体験をしたに違いない。

女の霊は物理的には何もしていないとはいえ、この状況はまぎれもなく暴力による支配だった。

その暴力にものを言わせて話を聞きだす以上、私も加害者であることには違いない。

「…………」

戦いだ、これは。

天道宗がヨミやテロを使って日本国を脅し、それに対抗する私たちも暴力をいとわず情報を聞き出している。

私の覚悟など関係なく、事態は暴力対暴力の局面へと発展している。

天道宗にやりかえすためだからと私たちの暴力は正当化されない。

それでもやるんだ。

もうパソコンのモニターを見ながら遠隔での撃ち合いをしているだけではいられない。

私がいま立つこの場所こそ最前線であり、私自身がまぎれもなく暴力の行使者なのだ。

私はお腹に力を入れて男性に問いかける。

「教えてください。天道宗について、箱について、天道について、知っていることを全部。話してくれたらこれ以上はあなたには何もしません」

結局それから実に一時間以上をかけて、私は男性から天道宗について彼が知る限りの情報を聞き出していった。


民明書房の会議室で箱を取り囲んでいるのは5人。

神宮司さん、和美さん、連雀さん、私、そして勧請院さん。

天道宗の施設から強奪してきた箱をお祓いするためだ。

あのあと男性への事情聴取を終えた私たちは、施設の最奥に祀られていた二つの箱を強引に回収して民明書房へと持ち帰った。

男性はもう諦めていたようで、私たちが箱に封印のためのお札を貼り付けて回収していくのを憮然とした顔で見ていた。

やっていることは強盗そのものだが、兵器として利用するつもりの彼らから箱を奪うことには良心の呵責など感じなかった。

天道宗本部や警察に通報したらタダじゃおかないと勧請院さんが脅していたのも実に悪役らしかった。

会社へと戻る車の中、ジローさんが運転する車に和美さんと乗り込んだ私は微妙な緊張感を感じていた。

紛れもない犯罪行為を犯したことへの気まずさと男性を痛ぶったことへの罪悪感。

それでもやると決めたことに後悔はないが、みんなお互いになんと言って良いのかわからないまま、奥歯に物が挟まったような会話をしていた。

一方で神宮寺さんが運転する車には連雀さんと勧請院さんが乗っている。

そこでどんな会話が繰り広げられているのか興味はあったが、連雀さんが初対面の相手と満足に会話できるとは考えられないので、神宮寺さんが会話を主導しなければあちらの車内は無言だろうなと思った。


無事に会社へ到着した私は、まず連雀さんと手分けして会議室内に結界を張った。

二つの箱のうち一つは封印のお札を剥がして会議室の中央に置き、もう一つは隣室に鍵をかけて安置してある。

神宮寺さんは和美さんと何やら話し込んでおり、勧請院さんは会議室の椅子に腰掛けて我関せずといった様子だった。

ジローさんは少し離れた位置からカメラを構えている。

一通りの準備が終わったことを確認して、勧請院さんに声を掛ける。

「これから私がリードしてお祓いを始めます。箱の中の霊が出てきたらお願いします」

事前に勧請院さんとは打ち合わせは済んでいる。

私が祭主としてお祓いの祝詞を唱えて場を清めつつ、箱の中から霊が出てきたら霊の様子を見極めながら必要に応じて勧請院さんが霊の行動を抑制する。

時間をかけて手を尽くし、霊がこちらの呼びかけに応じるならそれでよし、応じないならばそのまま祝詞を上げ続けて霊が強制的に清められて消滅するに任せる。

問答無用でさえなければ勧請院さんとしても悪霊を滅するのに文句はないようだった。


それぞれが箱を取り囲んで私がお祓いを開始するのをを待っている。

私は深呼吸して精神を落ち着かせつつ、昨日と今朝に何を食べたっけと思い返す。

潔斎というほどの節制はしていないが、肉や脂はできる限り避けて今朝は水風呂にも入ってきた。

日常生活の中に在りつつも、その中でできるだけ神様の前に出るのに恥ずかしくない程度には身を清めたつもりだ。

フウと大きく息をつく。

心は静かで、先ほどまでの動揺もない。

暴力によって天道宗の男性から情報を引き出したことに対する後ろめたさは消えないが、戦いの中で傷つけ傷つけられる覚悟がそれを上書きする。

末端とはいえ男性も霊を虐待する邪法を行っていた以上やられても仕方あるまい。

私は私の信念に基づいて、天道宗との戦いに身を置くことを決めたのだ。

服の上から御守りに右手を添え、服を引っ張らないよう軽く握る。

愛しています、私の神様。

いつものように神様に心を明け渡す言葉を呟いて、実家の景色を脳内にイメージする。

お勤めをする父と、それをにこやかに見つめる母。

少し気おくれしてしまう姉や頼りになりつつもちょっと間抜け顔の兄、要領の良い双子の弟や最近あざとくなってきた甘えん坊の妹。

そしてそんな私たち家族を包み込む神様の気配。

夏の気配が満ちる境内と山へ続く山道、大きな鳥居の向こうに見える故郷の町。

今も神様が見守ってくれている、私の家。

実家から遠く離れていても確かに感じる神様の存在を握りしめて、最後に大きく深呼吸をする。

「始めます」

私の言葉に神宮寺さんや和美さんや連雀さんが頷いてくれる。

御守りを握りしめたまま私は、かつて何度も両親から教わった篠宮神社流の大祓詞おおはらえのことばを唱えた。


祝詞のりとを上げ始めて数分が経っただろうか。

みんなで取り囲んでいる箱がズズと少し横に動いた。

ズズ、ズズ、と移動するように右へ左へ箱の位置がズレる。

少し節をつけた祝詞によって会議室の空気は清められていき、代わりに清浄な空気、神様の気配とでも言える静謐さが満ちてゆく。

そんな環境に居た堪れないとでも言うように箱がズズと動いてゆく。

だが箱は霊能者5人で取り囲んでおり、箱はどこにも行き場がないように行ったり来たりしている。

やがて箱は動きを止め、蓋がカタンと音を立てた。

カタッ、カタカタッ、カタンッ!と少し大きな音を立てながら蓋が開いて床に落ちた。

出てこい。

祝詞を唱えながら目で箱の中に注目する。

中に小さな頭が見える。

衣装ケースほどの大きさの箱の中に子供がうずくまっている。

体を丸めて箱の中でかくれんぼでもしているような体勢だ。

箱の蓋が落ちてからたっぷり数十秒経ってから、その子供がゆっくりと体を起こした。

男の子だ。

祝詞を唱える声が少し乱れてしまった。

相手が少年だったからではない。

その体中に刻まれた痛々しい傷に目を奪われてしまったからだ。

少年は裸だった。

短く刈り揃えられた髪がやけに黒くて、顔も体も正気を無くして真っ青だ。

それなのに体中が赤い。

少年の体のあちこちに抉り取られたような生々しい傷があり、その全てから血を流している。

その瞳はどこを見るでもなく涙の跡が頬を濡らしている。

あまりにも痛々しいその立ち姿に思わず祝詞を上げながら駆け寄りそうになるが、いざ近づこうとした途端、その少年から漂う猛烈な悪意で足がすくんでいることに気がついた。

悪意?

こんな少年から?

そう思ったら、私の口から発せられる祝詞が自分の耳に大きく聞こえた。

このまま意識を少年に向けているのは良くない。

おそらく神様が私に気づかせてくれたのだ。

また御守りに右手を添えて感謝の心を念じる。

そうしながらも口からは祝詞を発し続けている。

何百回と繰り返し唱えたおかげで意識せずとも祝詞は出てくる。

改めて少年の霊に意識を向ける。

もの悲しくも痛々しいその少年は涙を流しながら私たちを呪っている。

自分の周りを取り囲む大人たちをどうすれば排除できるか考えているのだろう。

排除の方法に殺すという選択肢しか考えていないのが直感で分かった。

祝詞をあげる中で私は少年に語りかける。

お話をしよう、私は敵ではないよ、君が家族や親戚のところに行く手伝いをさせてほしい。

そんな言葉を心に念じて少年に語りかけるが、少年はその声が聞こえていないのか全く反応がない。

それどころか私たち全員を無視して、神宮寺さんただ一人に怒りの感情を向けているのが分かった。

その感情が風となって会議室の中を吹き荒れる。

天井から吊り下がっている蛍光灯が揺れ、机や椅子がガタガタと音を立ててぶつかり合う。

そしてどこからか何かが神宮寺さんに向かって飛んだ。

「おわっ!」と神宮寺さんが声を上げて飛び退くと、神宮寺さんが立っていた場所にカランと音を立ててハサミが転がった。

「あぶねえなあ、なんてことしやがるんだこの坊ちゃんは」

そう言いつつ神宮寺さんが胸の前で印を結ぶ。

少年は「あ…ぁ…」と声を出して体を揺らす。

すると神宮寺さんが胸の前で印を結んでいた両手が弾かれたように離れた。

「おいマジかよ…」

絶句して少年と自分の両手を見比べる神宮寺さんの後ろに立った人影が神宮寺さんの肩を押して退けた。

そのまま少年の前まで大股で歩いて行った勧請院さんが少年の顔を前から鷲掴みにする。

少年は揺らしていた体をピタリと止め、少しして力が抜けるように勧請院さんにもたれかかった。

勧請院さんは少年の顔を鷲掴みしたまま少年の体を受け止めて仰向けに抱きかかえる。

そして私を見て言った。

「これでいいでしょ。あとは何とかできるんでしょうね」

いつの間にかその顔は勧請院さんではなく女の霊のものになっていた。

気がつけば会議室に吹き荒れていた風もすっかり止んでいる。

こともなく少年の霊を捕らえて抑え込んだ女の霊は「ほら、早くしてよ」と私を急かす。

私は祝詞を唱え続けながら、女の霊に抱きかかえられた少年のそばに寄って少年の意識を確認する。

どうやら少年は動きを封じられただけで意識はしっかり私たちを呪い続けているようだ。

顔を女の霊が鷲掴みにしているため表情はわからないが、少年の魂のようなイメージが頭の中で私たちを呪って叫んでいるのが見える。

ちょうどキリよく祝詞が最後の節にきたため、私はそのまま一旦祝詞を終了して服の中から御守りを取り出して少年の手に握らせる。

少年は嫌がったが両手で少年の手を包み込んで強引に御守りを握らせ、もう一度今度は口に出して少年に語りかける。

「怖がらないで、お話をしよう」

少年は私の両手に包み込まれた手を振って嫌がるが、お祓いの環境下で不思議と先ほどから触れることができている私は少年の手をしっかり包み込んで離さない。

「今まで怖かったね。もう大丈夫だから安心していいんだよ」

しばらくそうしてイヤイヤをしていた少年は、ややもして落ち着いてきたようで力を抜いた。

私もしばらく少年の手をさすりながら大丈夫、大丈夫と繰り返し声をかけ、時おり祝詞を唱えて少年が浄化されていくのを待った。


「悲しいことだけど君は家族と離れちゃったのね、ほら、親戚のおじさんが迎えにきてくれたから、おじさんと一緒に行こう」

30分以上経ってようやく少年が話をしてくれるようになったので、少年の亡くなった時期やその経緯、箱の中で辛かったことなどを話してもらって慰めていたら、ふと少年の背後に60代くらいの男性が立っているのに気がついて、それが誰なのかを直感で理解した。

その男性は少年の親族の霊で、お祓いや祝詞を通して少年から穢れが取り除かれていったので近づいてこれたようだった。

少年が親族の霊と一緒に消えたあと、私は女の霊に頭を下げた。

「ありがとうございました。おかげできちんと送り出してあげることができました」

女の霊はフンと鼻を鳴らして顔を背けた。

そしてそのまま勧請院さんの顔に戻った。

「お疲れ様でした。篠宮さん凄いですね。あの子も驚いたみたいです。あんなふうに真剣に霊と向き合ってあげるなんて意外だったみたいで」

勧請院さんが褒めてくれる。

「いえいえ。いつもあんな感じなんで」

私はハハハと愛想笑いをして頭を下げつつ、私のことをどんだけ悪く思ってんだと心の中で女の霊に毒づく。

そして次の瞬間、しまった勧請院さんは考えが読める人だったと思い出して心の中で口笛を吹いて誤魔化した。

そのまま勧請院さんが何事もなかったように離れて行ったので、私は右手の中に残されていた御守りを両手で包み込んで胸の前に組み、改めて神様にお礼の心を伝える。

今回も助けて下さってありがとうございました、と念じて御守りを首にかけて服の中にしまう。

胸元のボタンを開けたのを神宮寺さんが興味深そうに見ていたので、顔を顰めて威嚇しておいた。


そんなこんなでお祓いの第一ラウンドは終わり、第二ラウンドは神宮寺さんが主導して無事に二つ目の箱の悪霊も浄霊された。

第二ラウンドの箱の中からは自殺したと思しきサラリーマン風の男が現れたが、また勧請院さんと入れ替わった女の霊が取り押さえて、神宮寺さんの説得によって無事に成仏していった。

全てが終わって会議室の中を片付けながら、私はお祓いの中で感じた疑問を連雀さんに聞いてみることにした。

「箱の中で喰らいあって一つの悪霊になっていたわけだよね?あの男の子やサラリーマンに融合していた他の霊たちはどうなったんだろう?」

その言葉に連雀さんは「そんなのあいつ以外に誰もわかるわけない」と答えて勧請院さんを見た。

勧請院さんはカメラ機材を片付けるジローさんに何事かを話しかけていて、しどろもどろなジローさんが困ったようにこちらにチラチラ視線を飛ばしている。

助けが必要かと思ったら、勧請院さんが私にチラッと視線をよこしてからペコっと頭を下げ、そのまま会議室から出て行った。

あれ?と思って慌てて追いかけ会議室のドアを開けて廊下に出てみると、どこにも勧請院さんの姿はなかった。

「…………」

まさか一言もなしに消えるとは。

フムとため息をついて会議室に戻り、私を見ていたジローさんの元に歩み寄る。

「ジローさん、いま何を話していたんですか?」

そう話しかけるとジローさんはウーンと唸って頭をポリポリと掻いた。

「今日のお祓いが相当気に入ったみたいでさ、だから逆に今までのことが許せないっつって女の霊がヘソを曲げちゃったみたい」

「…………」

面倒くさい女だな、と思わず考える。

眉をハの字に寄せた私の顔を見てジローさんが続ける。

「とは言いつつも今度からは箱の始末はこちらに任せるからよろしくってさ。なんだかんだ言いつつもしっかり認められたっぽいよ」

そう言ってニッと口の片方を上げる。

へえへえと投げやりな相槌を打って結界の片づけに戻る。

「篠宮さん」

連雀さんの方に歩き出した私の背中にジローさんが声をかけてくる。

振り向くとジローさんが私に向かってしっかりと頭を下げた。

「おかげで勧請院さんに襲われる恐怖から解放されました。本当にありがとう」

言い切ってから頭を上げたジローさんはまさに憑き物が落ちたように晴れ晴れとした顔で笑った。

その顔に疲れが吹き飛んだ私は、ハイとこちらも全力の笑顔で返してから連雀さんの元へと戻った。


続きます。

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[一言] 実際のところ、もうこの少人数で立ち向かうレベルでは無い気もするよね。
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