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case3.騎士団は敵の巣窟(笑)


 朝、裸足で絨毯を踏みしめ、大きな両開き窓のカーテンを開けた。白い光が差し込み、眩しさに目を細める。


 ここは、私の家ではない。やっぱり昨日の婚約破棄の事実は変えられないらしい。



「シシル様、失礼いたします。お着替えをお持ちしました。」



 私がカーテンを開く音が聞こえたのか、タイミングよく侍女のアイリーンが扉を叩いた。



 昨日は大泣きした後、あまりに全身ベトベトすぎてさすがにお風呂に入らせてもらった。寝巻も用意してもらった上に、新しい着替えまで。



 アイリーンが持ってきてくれたのは、白と淡いピンクのドレスで、コルセットが編み上げになっているものだった。きつい顔の私に、淡い色のドレスは似合わないと思っていたけれど、アイリーンに着せてもらうと意外と良かった。



 髪の毛も綺麗にハーフアップに整えてもらえて、少し気分が晴れた。



 レオハルトの居場所を尋ねると、今は裏庭で朝食前の剣術の稽古をしているそう。


 アイリーンにタオルを渡されて、「良ければレオハルト様にお渡しください!」と頼まれた。



 裏庭に行けば、上半身裸のレオハルトが汗を滴らせ、剣を振っている。さすが騎士団長だけあって、かなり鍛えられた身体だ。はっきり言ってゾイとは雲泥の差。



 ゾイは学園では成績優秀者とされていたが、7割は教師と王族の配慮だ。王族の子息が他の貴族よりも出来が悪くては困るから。


 その甘い評価のお陰でゾイは日々の勉強や鍛錬を怠り、結果お腹がたるんでいた。見た目があれだけ美しいのだから、誰もその中身には気付かない。



「レオハルト、これ、アイリーンに持って行くように頼まれたわ。」


「え…あっ、なっっ」



 顔を赤く染めるレオハルト。なかなかタオルを受け取ってもらえないので、彼の肩にタオルをかけた。



「朝は剣術の稽古をしているのね。私も朝は走り込みをしていたわ。」


「なっ、あ、あんた、俺が裸だってのによく普通に話かけられるな?!」



 …ゾイの裸を見慣れているせいか、そんなこと全く気にしなかった。




「それより今日は何時から仕事に行くの?」


「ああ、今日はあんたの両親に会いに行く。もちろんあんたも一緒に。」


「え?」


「昨日あんたの"満子"で送った手紙の返事がもう届いたんだ。一度帰って来いって話だ。」



 朝食を食べた後、私たちはメレデリック家に馬車で向かった。



 両親には何を言われるだろうとドギマギしながら馬車内を過ごした。レオハルトも始終真剣な顔で口数が少なく、まるでうちに結婚の挨拶にくるかのように緊張しているようだった。




「シシル!!」



 屋敷につけば、お母様がすぐに抱きついて来て、お父様も安心したように涙を浮かべていた。



「ごめんなさい。すぐに連絡できなくて…。」


「いいのよ、あなたが無事なら。」



 両親はどちらも子供思いの、優しい人たちだった。


 悪役令嬢の両親と言えば、あくどい商売をしているイメージだったが、跡継ぎのアンドリューと王族に入る(はずだった)私のために、真面目に貿易商を営んでいた。



 そういえばシシルの傲慢で我が儘な性格が、家族までもを歪ませていったとファンブックのシシルのプロフィール欄に書かれていた。


 私がゾイとラブラブな毎日を送り、ずっと幸せな気持ちでいられたから、周りにも優しく接することができた。それが家族にも影響していたのかもしれない。



「姉さんっ!!!」


「アンドリュー!!」


 弟のアンドリューが屋敷の中から駆けて来て、私に抱きついた。


「姉さん心配したんだよ?!!」


「ごめんね、アンドリュー。」


 アンドリューは私と同じくらいの背丈で、いつも私を気にかけてくれる可愛い弟だ。もちろん血は繋がっている。



 実はこのアンドリュー・メレデリックは攻略対象で、年下好きには欠かせない、可愛い小悪魔キャラだ。ミレーヌの前では可愛く嫉妬する姿を見せる一方で、他の攻略対象には生意気な口を聞いて対抗するのだ。



 私はアンドリューのフワフワの黒髪を撫でた。


 それからレオハルトは丁寧に、昨日の爆破の事実と私の"騎士団への仮入団"を両親とアンドリューに説明してくれた。


 爆破は故意に起こしたものではなく偶然に起こったもの、そしてゾイに一方的に婚約破棄を言い渡され、私だけに非があるのではないということも、きちんと説明してくれた。



「…そういえば、私の曽祖父が、"火"と"雷"2つの魔力を持っていたと聞いたことがあります。爆破ができたという事実は分かりませんが。」



 お父様が教えてくれた。



 とりあえずしばらくは、私の魔力には危険が伴うため、騎士団で保護してもらうということで話がついた。


 私も、もし家族や屋敷の皆に爆破の能力で爆破してしまっては怖いからと、早々に騎士団に保護してもらいたいと頼み込んだ。


 いきなり騎士として入団するなんて言ったら、きっと2人は反対するだろう。



 それでもアンドリューは反対のようで、何度もレオハルトに喰ってかかっていた。



「姉を保護するなんて言っておきながら、姉の能力を利用する気ではないのですか?!」



 と。


 その通りなので、どうレオハルトは言い返すのか見物だと思っていると、



「いえ、決して危険な目には合わせません。万が一2つの魔力があると周知されれば、狙われる可能性も高いですから。」



 意外な答えで、ある意味感心した。よくそんな口からでまかせがスラスラ出てくるなと。



 荷物をまとめ、両親と屋敷の執事や侍女、使用人たちとの涙ぐましい挨拶を済ませた。




「姉さん、僕毎日手紙書くから!」


「ありがとうアンドリュー。元気でね。」


 

 馬車に乗り込み、実家を後にした。



 馬車内ではレオハルトが大きく溜め息をつき、酷く安心した顔をしている。



「シシル、あのアンドリューという弟は何だ?なぜあそこまでシスコンなんだ?」


「…え?シスコン??」



 アンドリューが?あれってシスコンなの?まあ小さい頃からずっとべったりだったけれど。



 そういえばゲーム内のアンドリューは、家族に見下されて育ってきたという設定だった。


 風の魔法を操るアンドリューは、姉のシシル同様、そよ風程度しか吹かせることができない。婚約者がいるシシルはいいとしても、跡継ぎであるアンドリューがそれではメレデリック家が恥をかくからだ。



 そのため居場所のないアンドリューに、学園で出会ったミレーヌが優しく接するのだ。最初は回復魔法を操るミレーヌに引け目を感じ、冷たくあしらっていたアンドリューも、次第に彼女に心を開いていき、魔力も徐々に上がっていく。



 でも私は前世で一人っ子だったから、アンドリューが可愛くて可愛くて溺愛してきた。それを見てか、両親も魔法の訓練をさせながらもアンドリューを愛してきた。


 因みに彼の魔力は、15歳の入学を機に開花し、今では突風を操れるまでになった。



 魔力と心は繋がっているのだ。



「…そういえば、アンドリューはメロウにいた仲間に少し似ているかも。」


「は?」


「いつも私が暇そうにしていると向こうから声をかけてくれたの。見た目は眼鏡の草食系男子なのに、よくおしゃべりしてくれてね。」



 くしゃっとした笑顔は特に似ている。いつもマキマキって構ってきてくれたっけ。



「…それって、サクのこと?」


「え?サクを知ってるの?!」


「あいつ、草食に見えて中身ストーカーだぞ?昔他のチームの女に惚れてストーカーして、そいつのせいで抗争になったって噂聞いたことある。」


「…」


「まさかと思うが、サクがアンドリューに転生って、そんなできた話はないよな??」



 …ない、はずだ。。多分。



 今のところ、私とゾイとレオハルトが一緒の転生先。だとすれば、道連れで一緒に死んだ全員が転生先一緒でした、なんて話は考えられなくもないけれど…



「もしそうだとしたら、まずいな…。俺いつかアンドリューに殺されるかも。ずっと睨まれてたし。」



 いやいや、もしアンドリューがサクだとしたら怖すぎでしょう!だって私、アンドリューと一緒に寝てお風呂にも入って…



 私は考えるのをやめた。




「そういえば、レオハルトはいつ転生していることに気付いたの?」


「····確か10歳の時だったか。パーティーで初めてあんたを見て···」


「え?私??」


「い、いや···、とにかく子供の頃だ。うん。」



 向かいに座るレオハルトが、顔を赤くし慌てて視線を反らす。


 冷静沈着で寡黙なレオ様はもういない。




 それからレオハルトの屋敷では、体力作りのトレーニングと掃除をして過ごし、レオハルトには剣術の稽古をつけてもらった。


 今まで花嫁修業が多かったから楽しくてしょうがない。ゾイのことを愛していたとはいえ、彼のために必死だった自分から解放されたことが清々しい。



 早く爆破の練習がしたいと彼に伝えると、2日後、第3騎士団への挨拶も兼ねて、一度爆破魔法の試し打ちをしようということになった。




 そして今私は、王都と学園の間にある第3騎士団の駐屯地に来ている。


 駐屯地は広大で、周りは灰色の城壁で囲われている。駐屯地の中の詰所は小さなお城の形をしていて、三角形の赤い旗が3カ所に掲げられている。



「は、初めまして、シシル・メレデリックと申しますっ。」



 目の前には屈強な男性が整列しているので緊張していたが、見渡せば女性も何人かいるのが見えて少し安心した。



 皆白い隊服に赤い外套を羽織っていて、私も同じ格好をさせてもらった。階級は胸元の勲章で表されていて、団長は金の勲章、中隊長が銀、小隊長が銅で、その他の騎士には何もない。



「マキ!!」



 銀の勲章を胸につけている、ベージュの短髪の男性が私の手を取った。



 …え?なぜあなたが私の前世の名前を知ってるの??



「マキでしょ??学園の警備をしていた時にマキに似ているなと思っていましたが、まさかあなたがうちの騎士団に入団するなんて!」



 …そういえばこの人、どこかで見たことある気がする。この特徴的な黄色の瞳、まさか…



「も、もしかして、学園のポルト先生?!!」


 思い出した。攻略対象である学園の教師、ジェイラス・ポルトだ。その綺麗な顔立ちでいつも女生徒をはべらせているプレイボーイキャラだ。



 いや、なんだこの短髪。ポルト先生はもっと長いベージュの髪で、いつも後ろで一つに束ねているはずなのに。


 それになぜ騎士団に?しかも銀の勲章って、中隊長なの??



「両親には幼い頃より教師の道を歩むように言われてきましたが、レオハルトがリオだと分かり、俺も騎士になったんです!」


「…え?ポルト先生、レオハルトがリオだってこと知ってるの?!」


「マキ、いえ、シシル。前世の俺のことを覚えていませんか?」


「…え?!だ、だれ?」


「ほら、暴れるあなたをクロロホルムで眠らせた俺ですよ俺!」



 クロロ、ホルム…


 ああ、なんとなく蘇ってきた気がする…



「夜道を歩いているところを数人で捕まえようとしたら、あなたが全速力で走って逃げて、町内一周したところで挟みうちにして、俺があなたを捕まえたら今度は顎を殴られて、仕方なく使う予定ではなかったクロロホルムを使うことになったんですよ!」



 それ明るい表情でいう事じゃないよ先生。



 でもその表情と敬語口調で思い出した。ポルト先生はステラの参謀、アキトだ!



「あ、あなた、よくも私をあんなもので眠らせて!!」


「それにしてもシシル、なぜ俺を先生と呼ぶのです?俺は教師の道を歩むのはとっくの昔に辞めているのですよ?」


「…だってあなた、ゲームの中では学園の先生でしょ?」



 私のその言葉で、周りが急に静まり返った。そしてレオハルトが不思議そうに聞き返す。




「…おい、ゲームの中とは何だ?」


「だから、レオハルトもポルト先生も『優美な戯れ』の攻略キャラじゃないの。」


「待て待て待て、何だその、『ゆうびなたわむれ』ってのは…。」



 …あれ、もしかしてこの人たち、ここが乙女ゲームの世界って知らない??



 私は一から説明する羽目になった。


 乙女ゲームという言葉を出せば、それはもう皆、開いた口が塞がらないようで。



「…マジか…。ここって、乙女ゲーの世界だったのか…。」


「てっきり肉弾戦を繰り広げる異世界ファンタジーの中だとばかり…。」



 レオハルトも先生もガックリと肩を落としている。



 まあ知らないのであれば驚くのも無理はない。騎士になっておきながら、まさか乙女ゲームの世界だなんて、夢にも思わなかっただろう。



 レオハルトの話によれば、この騎士団にはあの時一緒に崖から落ちたステラのメンバーが揃っているらしい。そのうちの1人は少し前に近衛騎士に引き抜かれたのだとか。


 因みに前世で参謀だったアキトは、リオに忠誠を誓うほど慕っていた。そのため先生はこの世界で子供の時に、王都でレオハルトを見かけた際前世の記憶を取り戻したのだとか。



「今でももちろん俺はレオに忠誠を誓い、この先、後世でも永遠についていくと誓っております!」


「気持ち悪いな。」



 嫌そうな顔をするレオハルト。でも私は2人の関係が羨ましいと思った。


 だって私はゾイに、永遠の愛を誓うどころか、愛の言葉さえ貰えたことがなかったのだから。


 せめて"好き"の一つは欲しかった。


 あんなに長いこと恋人だったのに。本当に私の身体だけが目当てだったのだろうかと何度も考えてしまう。



 それからレオハルトとポルト先生、数名の騎士と共に、敷地内の訓練場で私の魔法を見てもらうことになった。爆弾を放ってもいいような、地面が固い土で作られた訓練場だ。



「じゃあ、いくわよ。」


「ああ。」



 学園で爆破した時の様に中指を荒野に向けた。中指には火が灯る。



 そして、あの時の言葉を放った。



「バーストエクスプロージョン!!!」



 一瞬、火に小さな電気のようなものが走った。が、


 私の数メートル先に火花が落ちただけだった。



 周りは期待していただけにシーーーーン。



 私は名誉挽回のため、何度か同じように呪文を唱える。しかし火花は弱々しくなる一方で、ついに意地になった私は、「クソぉッ!」と叫びながら勢いよく手を上から振り翳す。



バースト(意地の)エクスプロージョン(爆破)ッッ!!!!」



 ちゅドーーンっ



 小さな爆発が数メートル先で起こった。周りがどよめく中、レオハルトはご不満なようで、



「威力が弱いな。」


「卒業パーティーの時のような爆破を起こすにはどうしたらいいのかしら…。」


「あの時の感情を呼び起こしてみたらどうだ?」


「…それって、"怒り"ってこと?」



 私は心の中で何度も、あの男ムカつくあの男ムカつくと唱えたけれど、一向にあの時のような爆破は生まれない。今は怒りよりも傷心だからかもしれない。



 額に汗を掻きながら何度も打っていると、少し息が切れてきた。


 魔法を発動させるには精神力も消費するため疲労が激しい。ポルト先生が両肩に手を置き、「大丈夫だから、落ち着いて下さい」と少し休憩させてくれた。




 皮革の水筒をポルト先生に渡され、水を一気に飲む干す。腰に手を当てるのを忘れずに。



「いやあ、あなたは異世界に来ても実に男らしい!!」



 先生が称賛を送ってくれたが全然嬉しくない。




「感情をコントロールするのってなかなか難しいわね。」


「そうだな、まあ練習あるのみだろう。」



 木陰にレオハルトと並んで座る。他の皆は、先生の指揮の元、走り込みを始めた。



 学園の授業では、魔法は主に"喜び"、もしくは”怒り”の2種類から引き起こされるもので、人によってその感情は違うと習った。私はてっきり"喜び"だと思っていたけれど、実際は"怒り"で爆破を呼び起こした。



「しょぼい火はいつから出せるようになったんだ?」


「私が歩き始めた頃にはすでに灯せていたらしいわ。(赤ん坊の頃から中指を立てていた)


最初は、赤ちゃんなのにもう魔法が使えるって家族ははやし立てていたけれど、結局赤ちゃんから成長しない魔力だったわね。」


「ゾイに出会って前世を思い出した時に魔力が成長しなかったってことは、シシルは元々"怒り"の魔力だったんだろう。」



 レオハルトが考えながら教えてくれた。


 そういえば今までゾイのための花嫁修業に必死で魔力のしょぼさについてはあまり考えたことがなかった。



 前世は敵だったのに、今は敵の施しを受けている私。


 魔力を見込まれているだけだと分かっているのに、それがなんだか嬉しい。私はお世話係の"姫"ではないと騎士団の皆に分かってもらうためにも、早く爆破の魔力をコントロールできるようにならないと。




 その時、レオハルトの肩に、騎士団専用の赤い使い魔が留まった。何か詰所からの伝言なのか、使い魔のリュックからメモ用紙を抜き取るレオハルト。



「まずい!学園の敷地内にレベル4の魔獣が1頭入り込んだらしい!!」


「え?!」



 レオハルトが血相を変え、走り込みをしていた騎士たちを集合させる。


 この世界の魔獣は、レベル1~5と分類されており、上にいくほど狂暴になる。



「レベル4なんて今まで現れたことないはずなのに!!」



 学園の裏手にある魔獣の森にはその名の通り、魔獣が生息しており、そのほとんどがレベル1~2だといわれている。


 しかも私が在学中、敷地内にレベル1の魔獣が現れたのは1度だけ。


 学園と森の境は分厚い塀で区切られているが、生徒の魔獣討伐訓練のために門が作られている。


 誰かが地面を掘ったのか、地面と門の間には隙間ができていて、魔獣はその隙間から侵入したらしい。



 実はその頃私はゾイからダイエットしろと言われていて、見つかってはならないと森の近くで隠れてクッキーを食べていたのだ。


 そのクッキーの匂いのせいか、迫りくる魔獣から全速力で逃げた。すぐに騎士団と教師が助けてくれたのだけれど。



 あの時の魔獣は、一つ目の白熊のような魔獣でまだ子供だった。殺すのは可哀想だからと、騎士団が麻酔銃で眠らせたのを思い出す。


 そう、私がその魔獣を、眠っている間に森まで背負って運んだんだっけ。



 今はそんなことを思い出している場合ではない。あの時の魔獣とは比にならないレベルなのだ。



「シシルは詰所で待機!残りの総員は学園へ向かう!」


「嫌だ!私も行く!」



 今学園は授業中のはず。きっとアンドリューや後輩たちが怯えているに違いない!



「駄目だ!いきなり現場なんて危険すぎる!」


「でも私の大事な学園が!」


「爆破したやつが何言ってる!!」



 私が今にもついて行きそうだと判断したのか、レオハルトがポルト先生に私を監視するよう命じた。



「あなたは今日はまだ挨拶だけのはずだったでしょう?大人しく俺と詰所で待機していましょう。」



 ポルト先生に連行されるように手首を掴まれた。レオハルトはそれぞれに指示を出し、騎乗してあっという間に見えなくなった。




 詰所に連れてこられた私は先生に紅茶を出されたが、とても飲む気にはなれなかった。

私はレベル3以上の魔獣を見たことがない。レベルの高い魔獣は基本的に人を嫌うため、辺境地に生息しているのだ。



「レベル4となると飛ぶことのできる竜や鳥獣の可能性もあります。回避の訓練をつまないと連れ去られてしまうかもしれません。」


「それじゃあ学園の皆だって連れ去られる可能性があるじゃない!」


「建物の中にいれば安全なはずですよ。」



 しかし10分後、詰所にまた新たな使い魔がやってきた。それは第1騎士団の使い魔で、足首に"1"と書かれたタグがつけられている。新たな伝達事項が書かれていた。



 "相手は火竜であることが判明。水の魔力保持者は総員現場に迎え"



「第1騎士団団長からの伝令です!私は水属性ですので至急向かわなければ!」


「私も連れてって!!」


「それは無理です!レオの命令ですから!どうかここで大人しくしていて下さい!」



 先生が詰所から出て行き、隣の馬小屋から白い馬を出す。馬に手綱とハミ、鞍をつけ颯爽と跨ると、駐屯地の門へ駆けて行ってしまった。



 ふん、私を見くびらないでほしいわ。前世で何度あなたたちのアジトから脱走したと思っているの?



 私も先生同様、1頭の馬を出そうと馬小屋に入ると、ダルタニアンに似た斑点模様の馬が1頭だけ残っていた。この馬はメスだ。大人のメス馬は非常に扱いが難しいと乗馬の授業で習った。



「あなた、とても美しい毛並みをしているわね。艶感に色気を感じるわ。」


「ヒヒ、ヒンヒンヒヒヒーン!(はんっ、私を手懐けようたってそうはいかないわよこの女!)」


「お世辞なんかじゃないわ。私、あなたに似た斑点模様の馬を知っているけれど、その馬よりもあなたに断然女を感じるの。」


「ヒヒ、ヒヒンヒヒッ?!ヒヒッヒヒヒ、ヒーンヒヒヒーン?!(え、斑点模様の馬?!それってもしかして、学園の馬小屋にいる子?!)」


「ええそうよ。あなたその子を知っているの?」


「ヒヒンヒヒヒヒン!ヒヒン!ヒンヒヒヒーーン!!(あの子は私の大事な娘なのよ!お願い!あの子に会わせて!!)」



 奇跡なる事実が発覚。私たちは意気投合した。必ず娘に会わせると約束し、彼女に装備を装着させてもらう。



 駐屯地の門番が止める間もなく、私とダルタニアンママは疾風の如く駆けていった。




 学園の正門には騎士団が野次馬を警戒しているため裏門に回る。すると白い馬のお尻とポルト先生の後ろ姿が見えた。



「先生!!」


「…ってシシル?!!」



 先生は私を咎めるよりも、酷く驚いた顔をしている。



「俺も今到着したところなんです…。よくこんなに早く着けましたね。。」



 当たり前だ。乗馬の授業では学年トップの速さだったのだから。



「ポルト中隊長!!どうか力をお貸しください!!」



 騎士に呼ばれ、慌てて先生が学園内へと入っていく。私も、いかにも先生のお供ですというように後ろをついて行った。



 すると西校舎の前で暴れているとんでもない魔獣を見つけた。黄土色の鱗に尖った翼、頭には4本の角に赤い瞳を持つ火竜だ!


 竜には3種類いて、火竜は口から火を吐き、青い瞳の水竜は口から水を吐く。そして緑の瞳の風竜は翼の力で風を巻き起こすと授業で習った。



 

 周りにいる大勢の騎士たちが、4方向から火竜の身体に巻き付けた鎖を必死に引き捕獲しようとしている。


 思っていたよりもずっと大きく、あんなのが校舎に向かって頭突きすればひとたまりもないだろう。



 口にはまだ枷がつけられていない。口からいつ火を吐かれるかわからないため、水の魔法で周りにバリアを張っている。



「まずいですね!あの大きさの火竜に火を吐かれたら、いくら水のバリアを張っても破られてしまいます!」



 先生が水の魔法を発動させると、周りの騎士たちよりも数倍大きな水の膜が現われた。ゾイよりもずっと強力な水の魔力だ。



 火竜の後ろに見える校舎の中には生徒たちが窓から不安そうに覗いている。



「え?!避難してないの?!!」



 思わず声を上げると、近くにいた騎士が、「避難させる余裕がないんだ!」と叫んだ。



 木の上からは騎士たちが麻酔銃で麻酔針を撃っているが、火竜の堅い鱗や角に弾き飛ばされてしまっている。



 火竜はずっと四つん這いで騎士たちを威嚇しており、なかなかお腹を見せてはくれない。お腹なら麻酔針が刺さるのに。



 何か一瞬でも怯ませられるものがあればいいのだけれど。



 私が考えている間にも火竜は頭を左右に大きく振り、鎖を解いてしまう。鎖を引いていた騎士たちが勢いで吹き飛ばされたが、レオハルトが魔法で土の壁を作り、騎士たちの背中を守った。



「レオハルト!!」


「なっ?!シシル?!!」


「何か火竜の弱点とか怯ませられるものはないの?!!」


「おい!!何でここにいるんだ!!!」


「ダルタニアンママをダルタニアンに会わせるためよ!!」



 レオハルトは「はあ?!」とあほらしい声をあげた。説明が面倒になった私は、レオハルトの言葉を無視して話を続ける。



「水の攻撃はできないの?!」


「下手に攻撃して火を吐かれたらどうする?!」


「屋上から餌でつって空へ返すのは?!」


「屋上ってどこの屋上だ?!建物が壊されるだろう!!」



 私の頭ではリスクしか伴わない策しか思いつかない。



 すると騎士たちが尻尾に鎖を撒こうとした時だった。それに気付いた火竜が、怒って尻尾を振り回し、後ろに身体を半回転させる。



 火竜が顔を向ける方向には、ダルタニアンのいる馬小屋があって、私は慌てて馬小屋の前まで全速力で走った!



 ママ馬をダルタニアンと会わせると約束したのよ!!馬小屋は守らないと!!



 馬小屋を背に腕を開き、火竜の前に立ちはだかる。



 その時、火竜が一瞬天井を仰ぎ、私の方に向かって口を開いた。



「シシル!!!!!」



 レオハルトの怒声が響いて、火竜の牙よりも口の中に集まる白い光に目が奪われる。



 あ、まずい。火を吐かれる――――



 立ちすくみ、すぐに動くことができなかった。


 

 でも、レオハルトが「前を見ろシシル!!!!」と言うから、私はそのまま前を見据えて目を見張る。



 火竜の前には、なぜか土でできたゾイの人形が立っていて、舌を出しあっかんべーをして私に中指を立てている。私はその馬鹿にしたようなゾイの姿にカチンッときてしまい、自然と中指を向けた。



 そして、あの時の感情が一気に放たれる。



「|バーストエクスプロージョン《怒りの爆破》!!!!!」



 稲妻が灯に落ち、導線を走る様に火花が火竜に向かって豪速で向かっていく。火竜が火を放つ直前で、火花が爆破した。



 ドッガアアア"ア"ア"ァァァァン



 ゾイの土人形は飛び散り、火竜は額で爆破された勢いで雄叫びを上げながら立ち上がると、大きな音を立てて後ろに倒れた。



 辺り一帯に砂埃が舞い、晴れるよりも早く騎士たちが麻酔銃を火竜のお腹に撃った。




「できた…、やった、私、爆破出せた!」



 自分にも魔獣を攻撃できるような魔法が出せて、喜びが込み上げてくる。



「シシル!!!」



 心配そうな顔で駆け寄るレオハルトに、私は両手を上げ「やったよー!」と笑顔で叫んだ。でも私の笑顔に、怒った様な顔を向けるレオハルト。



 あ、まずい、勝手な行動をして怒られる。殴られるかもしれないと固く目を瞑った。




 でもレオハルトは、私を抱きしめて、



「…悪かった。すぐに助けられなくて…。」


「…え?あなたは何も悪くないわ。悪いのは勝手な行動をした私で」

 

「でも俺が土人形を出したのは賭けだった。もしあの時、シシルが爆破の魔法を出せていなかったら…」



 さらに強く抱きしめられた。



「…レオハルト、いえ団長。あなたは私の能力を見込んでくれたんでしょう?それなら賭けでも私の魔法を引き出そうとしてくれたことに感謝するわ。自分が何かの役に立てるってことが、こんなに嬉しいことだと気付かせてくれたんだから。」


「レオでいい。」


「レオ…」



 ところであなた、何でこんな皆が見ている前で私を抱きしめてるの?団長が何やってるの?


 私は推しに抱きしめられて嬉しいけれども。


 前世のあなたはそんなキャラじゃなかったでしょ?黒いオーラで周りを遠ざける、近寄りがたい総長で有名だったじゃない。何この至近距離。実は仲間想いの熱い男だったの?



 周りが私たちを見てざわつく中、ポルト先生が、「あんなに精巧で挑発的なゾイ·エルヴァンの土人形を作れるのはレオくらいですね!」と明るく言った。



 レオは"地"の魔法を使い、ゾイの土人形を作ったのだ。




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