case1. なんだかなあ
『私はなんて幸せ者なのかしら。
転生したゲームの世界でも、前世で愛した人と愛し合えるのだから――――。』
つい数分前までそう思っていたのに、何がどうして今はこんなことになっているのか――――――――
「シシル、悪い。お前とは一緒になれない。」
「····は??」
「婚約、破棄しよ。」
は???
何その軽いノリ。今日は雨だから海水浴延期しよ的な感じ。
しかもそんなやる気なさげな声のトーンで「破棄しよ」って、え?断罪的なアレじゃないの?何なのこれ??ドッキリ??
ミクラントス王国随一の学園『王立グレース学園』を、私たちは今日をもって卒業する。
その卒業パーティーの会場で今目の前に立ちはだかるのは、私の婚約者である第3王子のゾイ·エルヴァン。センター分けの白銀の髪をサラサラとなびかせ、紺と白のタキシードを纏う青い瞳の男。
と、その隣にいるのは、金髪のフワリとした髪に白のリボンをつけ、碧の瞳をした平民のミレーヌ·ランシー。いかにも可愛らしい女の子代表の彼女は、今日は紺と白のドレスを身に纏っている。
そして私、貿易商を営む侯爵家の令嬢、シシル・メレデリックは、あまりにも軽率で曖昧な突然のゾイの申し出に絶賛困惑中だ。
「な、なに、何の冗談?一体どういうことなの、ゾイ···。」
ゾイは少し面倒くさそうに、ポリポリと頭を掻きながら片足の爪先を浮かせ、私をチラリと見やる。王子が公の場で頭ポリポリすな。
「ちょっと、なんつーか····うん、俺はこう、もっとさ、」
ハッキリせんかい!あなた仮にも前世は総長で、今は王族の人間なのよ?!「アメンボ赤いなあいうえお」の発声練習からとっととやり直してきなさいよ!
私が顔をひきつらせる中、彼の隣にいたミレーヌがゾイの手をギュッと握りしめる。ゾイもミレーヌの手を握り返し、彼女に優しい顔を向けた。
え????
何その顔。
「ねえゾイ、あなたは今私とお話してますわよね?マンツーマンですわよね??ならこちらを見てはっきりとおっしゃって下さらないかしら?」
私は侯爵令嬢としての言葉遣いで、優し~くソフトにゾイに問い詰める。···なぜ、何でミレーヌにそんな顔を向けているの。何で私の目の前で手なんか繋いでいるの。何で何で?!なんて次々と頭に浮かぶ疑問を書き消しながら。
「じゃあ言うけど、お前、強すぎだわ。俺はもう少し守ってやりたくなる女がいいっていうか、むしろミレーヌがいい。」
「······」
「ってわけだから、悪い。破棄しよ破棄。」
だから、婚約破棄ってのはそんな軽いノリでするもんじゃないって――――。
私とゾイは長い間愛し合ってきた恋人同士だ。前世からずっとずっと。
私は普通の高校生でありながら、メロウという不良チームの"姫"として扱われていた。
不良チームの姫というのは総長の恋人のポジション。
きっかけは雨の中倒れていたメロウの総長であるヤマトを介抱したという、至ってありがちなものだった。
でも介抱してあげた私に向かって、ヤマトは、「身体で恩返ししてやる」と訳の分からないことを言ってきて、私は彼を殴り飛ばした。助けた人間に向かって、"ありがとうございます"の一言も言えないのかと。
そこから彼は私につきまとう様になって、
「俺を殴り飛ばす度胸のある女は他にはいない。マキ、お前は唯一無二の存在だ。」
思えばそれが彼の告白の言葉だったのだと思う。傲慢でプライドは高くても愛情は人一倍深くて、そこから私は彼に愛され続けてきた。
でもメロウの姫としてチームに出入りするようになったある日、私は因縁の敵チーム、"ステラ"に人質として捕まってしまった。
そして、デートスポットとなっている展望台で両チームの抗争が起きたのだ。
そんなカップルのムードもへったくれもない展望台での抗争中、雨が降ってきて、展望台の崖から足を滑らせたヤマトが、そのまま敵チームの総長の腕を引き、道連れにした。
そこから今度はそいつがうちの参謀を、そして敵チームの参謀を…そして最終的には私まで服を引っ張られ道連れにされて――――――
気付けば私はヨーロピアンスタイルの洋館に住む令嬢になっていた。