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森から現れたアラクネは一匹だけ、集団で襲われる覚悟をしていたのだけれど―
【…こんにちは。】
【…こ、こんにちは?】
非日常なバイオレンスを予想して構えてたってのに、そこそこエグい見た目のモンスターから至って常識的な挨拶をされて戸惑う。
【…驚かせてしまったようですね。申し訳ありません。】
【…あなた、昨日のアラクネさん、だよね?ご近所の子を探してる?】
【…ええ。】
まだ、完全に緊張は解けないものの、今すぐ襲われそうな雰囲気では無いことに気が抜ける。
【…何で今日はあんなにゾロゾロ連れて来てるの?…何かの見学?】
【…あの者達は、私の群れの仲間。…昨日もお伝えしたように、あなた方に危害を加えるつもりはありません。ただ…】
アラクネさんの、相変わらず焦点のわからない視線が私の背後、ユージー達の居る場所に向けられて、
【…昨日の、私達を「味方」だと認めるというスキル、あれを、群れの者達にも使って頂きたくて…】
【…ちょっと、待ってくれる?】
アラクネさんの言葉に、通訳スキルをオフにして、
『ユージー、聞こえてたよね?何か、そういうことらしいんだけど。』
『…取り敢えず、そちらに行く。』
『…大丈夫?』
『襲う気ならとっくに襲われてんだろ。お前なんか、今、完全に無防備晒して背中向けてるしな。』
『!』
ユージーの指摘に、ピシッて気を張り直した。アラクネさんに視線を戻して、
【…マ、えと、うちの緑スライムにスキルを使わせる意図って何?そんなことして、あなた、あなた達に何かメリットあるの?】
【…昨日、あなた方と別れた後に、森でかつての同胞に会いました。…話をしてわかりましたが、彼女達はやはり今も群れを崩壊させた人間達を憎んでいる…】
【…】
【…あなた方に危害を加える可能性も十分にあります。その警告と、この場に居る者達は、あなた方を襲うことはないという誓約のために、スキルを使って頂きたいのです。】
言葉の途中から、アラクネさんの顔は隣に並んだユージーに向けられていて、
【…で?その結果、何が得られる?お前が望んでんのは何だ?】
【…群れの仲間の身の安全、保障を。】
【別に…、俺は人間や冒険者ギルドの代表でも何でもねぇ。保障って言われてもな…】
ユージーのほぼほぼノーの返事に、アラクネさんが頷いた。
【…構いません。私達が求めるのは、あなた個人との約束。…森の中央まで出入りし、私達との接触の機会が多いあなたとの衝突を避けたいのです。】
【つまり、この場でスキルを使わせて、群れの仲間とその他のアラクネを区別出来るようにしとく。群れの仲間には手を出させないが、その他のアラクネに関しちゃ、殺そうが捕らえようがこちらの勝手ってことか?】
【…はい。】
【いいのかよ?かつてとは言え、元は同じ群れの仲間だったんだろ?】
【…致し方、ありません。…私達の群れはこの場に居る者が全て。…人間に手を出したばかりに、かなりの数を喪いました。これ以上…】
(…追い詰められてんなぁ…)
蜘蛛の感情まではわからないし、アラクネさんの無表情では読み取れるもんなんて無いけど、でも、感じてしまった痛み。
つまり、言い方は悪いが群れのために昔の仲間を切り捨てるってことで、群れから離れたアラクネがこちらを襲って来たとしても、無関係を貫きたい。とばっちりは避けたいってことなんだろう。
(…「人間」に対する思いの違い、もしくは、立場の違いなのか。)
人間方に味方しているとは言え、我々だって本来なら人に狩られる側、それもアラクネなんかよりずっと弱い弱小種モンスターなんだけど―
【…そっちの要求はわかった。まぁ、望む対価が俺ら限定で良いってんなら、そっちの要求をのむ。】
【…いいの?ユージー?】
【…ああ。敵味方ハッキリさせるために必要ってんなら、仕方ねぇし、…あと、まあ、誠意だろうからな。】
【?】
【…あいつらを外見で識別できない俺らがはぐれのアラクネに遭遇した時、やられる前に動けるようにって配慮もあんだろうからさ。】
【なるほど…】
そうか。別に黙ってて、敵味方の区別なく私達がアラクネにやられて死んでも、アラクネさん側にはちょっとの痛手でしかない。人間側の情報が入らないっていう。
未知のスキル―しかも、何か、アラクネさんの言葉的に「誓約」とか「契約」系のスキルだって思ってるっぽい―をかけられる方が、よっぽどリスキー。なのに、
【…ありがとうございます。よろしくお願いします。】
頭まで下げて、仲間達を一人ずつマリちゃんの前に呼び出すアラクネさん。
アラクネさんがリーダーだからか、誰一人、文句も抵抗も無しに、粛々とマリちゃんにスキルをかけられていく。「抵抗」すればかからない、「興味」が無くてもかからないはずのスキルを。
(…一体、何て伝えたんだろう…?)
本来なら敵対するはずの私達のことを、彼女は、群れの仲間に何て―?
考える間にも、人数的にあっという間に終わってしまった作業。全てが終わって、「では、私達はこれで」っていうアラクネさんを、ユージーが引き留めた。
【…すまんが、こっちからも一つ頼みがある。】
【…何でしょう?】
【あー、そうだな。こいつのスキルがちゃんと働いてるかの確認というか、何と言うか…】
【…わかりました。私は具体的に何をすれば?】
スッゴく友好的。ユージーの言葉にノータイムでのイエスを繰り出すアラクネさんに、ちょっと不安になってくる。美人さんが、悪いおっさんに騙されてるような―
『…ユージー、アラクネさんに何するつもり?』
『まあ、ちょっとした実験、確認だ。…アラクネに、マリカの「投稿動画」見てもらうんだよ。』
『え!?出来るの!?っていうか、見られてもいいの??』
『…まあ、画像の方はヤバいから、動画の方だけ、だな。その辺の切り替え、閲覧制限はマリカの方でかけられるから、後は、フォロワー承認した他種族が、マリカにアクセス出来るのかどうか。』
(なるほど…)
フォロワーさんが、意識共有無しで、マリちゃんにアクセス出来るか確かめようとしてるのか。もし出来てしまえば、便利な反面、危険も増える。
『…ユージーが、人に対してフォロワー承認しない方がいいって言ってたのは、そのせい?』
『まあな。』
(何だよ、だったらさっきそう言ってくれればいいのに。)
だけど、確証無いと口が重くなる、それがユージークオリティなわけで、今も都合のいい実験相手が現れて内心では喜んでいるのかもしれない。
そう思うと、さっきからずっと、微動だにせずに、こちらを待ってくれている被験者さんにちょっと申し訳なくなってきて、
【えーっと、ごめんない、お待たせして…】
【…いえ。】
小さく首を振るアラクネさんに頷いたユージーが、改めて指示を出す。
【あんたに頼みたいことってのは、こっちの、緑スライムとあんたの間に繋がりが出来ているかの確認だ。やり方は、あー、こう、こいつの中ってか、心、意思を読むようにする、こいつの頭ん中を見てみたいって思う感じで…】
意識共有出来る我々以外からすればどんな感じだよって言いたくなるユージーの言葉にも、アラクネさんはすんなり頷いてマリちゃんに顔を向ける。
【…】
【…】
黙って見つめ合う二人。やはり、時間がかかるのか、暫しの沈黙が続く。それを横から見守る内にふと―
『…ん?え?あれ?ユージー、動画って言った?え?動画ってまさか…』
『…驚くかどうかは微妙なとこだが、何かしらの反応はあんだろ?素の反応が見られれば、嘘つかれることもねぇだろうしな。』
『…』
ヤバい。おっさん(身内)が、妙齢の女性に精神的ブラクラ(スライムの巨大眼)踏ませようとしてる。しかも、自分の犯行を正当化してるし。止めるべきかどうか、悩んだ一瞬―
【あ。】
アラクネさんが漏らした小さな呟き、
【…アラクネさん?】
【…】
【え、えっと、アラクネさん?アラクネさん?】
【…】
【メディーック!?】
完全にフリーズしたアラクネさん。犯行を止めれなかった私の不作為だか、幇助だかが確定してしまった。
それからどうにかこうにか―うちに衛生兵は居なかったので、とりあえず私が状態異常治癒やら回復やらをかけてみて―、アラクネさんをこちらの世界へと呼び戻した。それから、彼女が見たものを確かめて、呆然と応えた彼女に謝り倒して、最終的には何とか事なきを得た、と思う。
アラクネさん達と別れた後、彼女への謝罪の意もこめて、「あれは完全なる敵対行為だった」ということだけは、しっかりとユージーに叩き込んでおいたけど、ホント申し訳なかった。




