4-3
【…はい、あの、私の子ではないのですが、群れの…】
【ああ、ご近所の子が居なくなっちゃったのか。それは心配だね…】
【…】
黙したアラクネに、さて、どうしたものかと思う。アラクネは人を襲うようなモンスター、だけど、子どもがいなくなって探してるってのは―
『…シノ、お前、アラクネとしゃべってんのか?』
『あ。ごめん。』
翻訳スキルをオンにするのを忘れていた。オフのままでも、自分だけなら意思疎通ができちゃうもんだから、つい失念。急いで翻訳スキルをオンにしてから、状況説明を試みる。
【えーっと、アラクネさんとこのお子さんが迷子になっちゃって探してるんだって。ヒナちゃんくらいの子で、さっきはヒナちゃんをその子と間違えて声かけちゃったんだってさ。】
【…そうか。なら、もう俺らに用は無いってことだな?じゃあ、】
【待って待って、ユージ―、子どもが迷子になってんだよ?探すの手伝ってあげても、】
【手伝わねぇ。…討伐対象のB級モンスターと馴れ合うつもりはない。】
【でも、だけど、】
話を聞いてしまった以上、「それじゃあ」って立ち去るのもなんか―
【…俺らはただでさえ危うい立場にあんだぞ?他人の、ましてやモンスターの事情に首突っ込んでるような余裕はねぇ。…それで、人間側から変な疑いをかけられるような羽目に陥ったらどうするつもりだ?】
【…うん、まぁ、確かにそうなんだけど。…そうなんだけどさ…】
想像してみる。
いつも、手を伸ばせばそこにあった柔らかな温もり、それが突然失われる。傍に居るのが当然だった存在が傍に居ない。手を伸ばしても、触れられない。抱きしめられない。もう二度と、会うことが出来ない―
【っ!?】
【シノ!?シノ!お前っ!?】
【シノちゃん、シノちゃん、どうしたの?痛い?苦しいの?】
(痛い?苦しい?)
違う、これは、この「感情」は、そんなものじゃなくて。ただの想像、想像しただけなのに、息ができなくなる。動けなくなる。絶望に、あっという間に飲み込まれる。逃げ出して、泣きたくて、たまらなくなる。駄目だ、考えちゃ駄目。考えるな。考えたら―
【…ごめんごめん、大丈夫。大丈夫だよ?】
言って、詰めていた息を吐く。いつの間にかうずくまってしまっていたらしい体を起こし、顔を上げた。目の前、心配そうにのぞき込んでくるヒナちゃんに、そっと手を伸ばしてみる。
(…大丈夫大丈夫。ヒナちゃんはここに居る。大丈夫、失ってない。)
【…シノさん。】
【マリちゃんも、ビックリしたよね。ごめんごめん、本当、自分の豊かな想像力にちょっとやられちゃっただけだからね。気にしないで?】
【…】
【…本当に、大丈夫なんだな?】
【うん、平気平気。】
いつもは辛らつなユージ―にまでそんなに心配されたら、つけこむよ?調子に乗るよ?
【あのさ、ユージ―、やっぱり、子どもが迷子はやばいよ。ただ、モンスターの味方がやばいのもわかるから、ここは中立の立場ってことでいきませんか?】
【…】
【積極的には探さないけど、見かけたら保護するくらいは許されるんじゃない?ほら、なんたって、ユージ―はモンスターテイマーなわけだし?ね?お願いします!】
【…そいつ、アラクネの子どもが見つかったとして、大人しく俺らに保護されると思うか?抵抗されて、攻撃を受けるかもしれない。…そういう意味でいや、そもそも、そこのアラクネが俺らを襲わないって保障もねぇだろ?】
騙されてんのかもしれねぇと言うユージ―の視線が、成り行きを見守っていたアラクネに向けられる。アラクネが、どこを見てるんだかわからない眼差しで口を開いた。
【…私は、人を襲いません。】
【…て、言ってるよ?】
【んなもの信用できるか。】
【…「人」は、群れなす生き物。一匹を殺せば、必ず群れで報復しに来る。…私達は、人を襲わない。】
アラクネの、温度の無い言葉に、ユージ―が少しだけ迷いを見せ始めた。
【…以前、アラクネの討伐依頼が出されたのは、近くの街の人間がアラクネに食われたからだって聞いてるが?】
【…それも事実です。ですから、私達は報いを受けた。女王を殺され、群れは崩壊。生き残った者たちは、森の奥へと追われた。】
【…】
【…だから、私達は人を殺さない。】
言い切ったアラクネの言葉に、ユージ―が暫く考え込んで、それから長い溜息をついた。
【捜索はしねぇぞ。ただ、依頼中にそれらしいのを見かけたら声はかけるし、抵抗されなきゃ、まぁ、保護もする。】
【ユージー!】
【勘違いすんなよ?そいつのためじゃねぇ。…ただ、まぁ、お前があんな風に凹むのはもう見たくねぇしな。】
【!】
(どんなツンデレだよ!いや、ツン要素一切無いじゃん!)
突然の身内の優しさが面はゆい。人生で一番「面はゆい」が相応しい場面に遭遇して、内心一人でアワアワしてたら、
【…でしたら、人里での情報を教えていただけると助かります。】
アラクネさんが空気をよんで助けてくれた。
【情報…?】
【…はい。…あの子が人の手に落ちた、或いは殺されたという情報がもしあれば…】
【…】
【…あったとして、どうする?俺らはそいつを助けたりしねぇし、その情報を元にお前らが街を襲うような真似も許さねぇ。】
【…はい、もちろん。…街を襲うようなことはしません。あの子一人のために、群れを危険にさらすわけにはいきませんから。】
【じゃあ…】
【…人の手に渡ったと分かれば、あの子の捜索を打ち切ります。…これ以上の危険は冒せません。…母親も、諦めがつくでしょう。】
【…】
諦め、つくのだろうか。人の手に渡る、殺されるとわかって、我が子を―
また、這い上ってきた絶望感。だけど、切り捨てる。これ以上は踏み込めない。私には、人を敵に回してまでモンスターを助ける覚悟は無いから。
口から出そうになる思考を必死に飲み込んでいたら、マリちゃんが口を開いて、
【そのアラクネの子に、私達には敵意が無いって伝えられるもの、何かないですか?手紙、っていうか、メモとかでも。】
【…私達は文字を持ちません。…ですが、】
アラクネさんが背後を振り向いた。彼女の背後、森の暗がりから、スッと現れたもう一つの影に、また驚いた。
(…アラクネさんがもう一人。)
最初の一匹と同じ顔立ち、同じ表情のアラクネ。困惑する間に、二匹目のアラクネから差し出されたもの。
【…あの子の、母親の糸です。これなら、あの子にもわかる。】
【…わかった。預かるね。】
受け取ったのは糸というよりも布。不思議な光沢を放つ、白い布の切れ端。
【…もし、あの子を見つけたら、この場所へ連れてきて頂けますか?私達も、この辺りまでなら足を運ぶことが出来ます。…迎えに来ることも。】
【ん。わかった。見つけられたら連れて来るよ。】
【…ありがとうございます。それから、もう一つだけ。…私達の群れは人を、あなた方を襲わないとお約束できますが、森の中には群れが瓦解した際に私達と袂を分かった同胞がおります。…彼女達はあなた方と敵対する可能性がある。どうぞ、お気をつけ下さい。】
そう言って、丁寧に頭を下げたアラクネさんに、思わず突っ込んだ。
【ちょーっと待って!えと、その同胞とやらは、もちろんアラクネなんだよね?あなた達の仲間。あなたや、お隣の彼女と同じ?】
【…ええ、そうですが?】
不思議そうに首を傾げるアラクネさんには非常に失礼なことを言うようで申し訳ないが、
【無理!はっきり言って、見分けがつかない!あなたもお隣のアラクネさんも、ぶっちゃけ同じ顔に見えるんだよね!】
【…まあ…】
お上品に驚くアラクネさん。スライム軍団からは制止の声も否定の言葉も上がらない。多分、みんなも同じなんだろうと思う。モンスターの個別認識とか、身内のスライムでも無理なのに。
迷子を探すお手伝いをするのはいいけれど、人違いをして敵性アラクネに食べられるのは勘弁してもらいたい。困ってたら、マリちゃんが再び口を開いて、アラクネさんに提案する。
【…あの、私に、スキルを使わせてもらえませんか?】
【…スキル、ですか?】
【何ていうか、スキルを使えば、あなたが「親しくなったアラクネ」か、私には判断出来るようになるんです。】
【…】
【その、別にあなたを害したりするつもりはないし、そもそも、あなたに有効かもわからないんだけど…】
【…分かりました。それで、あなた方の協力が得られるのなら。】
(…「フォロワー承認」か。別に断られても、子どもは探すけど。)
それでも、互いの安全のため、 マリちゃんとの繋がりが出来るのは好ましい。黙って見守る中、どうやら、マリちゃんのスキルは上手く働いたらしい。頷いて見せるマリちゃんにホッとする。
【…えっと、終わりました。出来ました。】
【…そう、ですか。】
マリちゃんに承認されたからと言って、特にアラクネさん側に何かがあるわけではない。確認しようもないスキルの効果を問い質すこともせず頷くと、アラクネ達はそのまま背を向け、森の奥へと消えていった。




