3-15
―隣の井戸に抜けて、上に登れるか確かめて来てくれ
ネズミを殲滅し、MPもHPもゼロではないけれど、SAN値だけはゴリゴリに削られたスライムを容赦なくこき使う偽装テイマーの言葉。疲れた身体に鞭打って、ロープ片手に狭い横穴を無理矢理に抜ける。狭いってことはつまり、目の前に「コンニチハ!」してくるネズミの死骸を、指先で、エイッエイッって押しやって進むと言うこと。ここから抜け出したら、汚物を消毒しようと固く心に誓った。
そうして何とか抜け出た横穴の先、石で組まれた井戸の底、直視しちゃいけない類いの肉片やら骨やらが散乱し、またムワッとくるあの空気。
―共食い
ユージーの言っていた言葉を思い出してゾワッときた。共食いって聞いて、何で「安心」出来ると思うのか、ユージーの感性はホント、ちょっと良くわからない。
ブチブチ言いながら這いよった石壁は、ずり落ちもせず登ることが出来た。そのことに心の底から安堵して、そのまま登りきった石壁。井戸から這い出して、念のため、周囲をうかがった。リドも誰も、人の気配の無いことを確認してから、ロープの端を木に結びつけていく。結べないから、輪っかにして両端通しただけなんだけど、その両端を穴の中に放り込んで中を見下ろした。
『ユージー、これ、長さ足りてる?』
『ああ、届いた。…先にマリカ行かせるから、上でサポートしてくれ。』
『りょうかーい。』
応えたと同時、何も言わずに緑スライムをヒョイと抱え上げたユージー、抱え上げられたマリちゃんが硬直してるのが上からでもわかる。
(あーあ…)
持ち上げて、登る距離を減らしてやろうっていうユージーの気遣いなんだろうけど、あーあ…。
硬直が解けたマリちゃんが、ロープを足場に登り出した。細い足場に苦戦してるマリちゃんを、腕を思いっきり伸ばして捕まえた。体重かけて、全力で引っ張り上げる。
『…お疲れ―。大丈夫、マリちゃん?』
『…』
ぎこちなく、プルンと頷いたマリちゃんが可愛い。
『…オッケー、ユージー、登ってきていいよー。』
『おぅ。』
もう一度覗いた穴の中、ヒナちゃんを背中に張り付けたユージー。ユージーの首に手を回してるヒナちゃんの手はギリセーフ。チョロっと見えてるけど、私、見てないから、ギリセーフ。
その状態で割とあっさり上まで登ってきたユージーを労って、さて、これからどうするか、ということに―
『はいはい!流石に今回のコレは案件ものだと思います!通報!警察!』
『…は、居ねえから、現実的に。』
『…』
『町でそういう役割果たすって言ったら、騎士とか警吏とかか?自警団?…それっぽいのは見てねぇしな。町のトップって言や、町長とかなんだろうが、伝手も情報も無しに迂闊に接触したくはねぇし…』
『…それでも、無いよ。今度ばかりは泣き寝入りは無い。』
明確な殺意を向けられたのだ。ヒナちゃんを危険にさらした。「嫌がらせ」のレベルでは済まない。
「分かっている」というユージーの判断で、対処としてはギルドへの報告、それから、査定所でおやっさんに相談してみようということになった。この街で一番信用できる相手、リドの上司でもある人に。
その意見には賛成。皆の同意を得られたユージーが、「急いで街へ帰るぞ」と言うのを引き止めて、
『「手ぇ洗ったー?」』
『…シノ、お前、これ何の冗談だ…?』
バラエティ番組もびっくりの水がユージーの頭上から降り注いだ。突然の滝行に、あ然からの憮然、オコに達したユージーに問い詰められたけど、
『冗談じゃないよ。あんな場所に居たんだから。アルコールも無いし、本当なら熱湯消毒したいくらいなんだけど、取り敢えず水洗いくらいはしとかなくちゃ。』
『…』
『ヒナちゃんとマリちゃんも、ごめんね?身体、洗わせてね?』
二人は直接ネズミと接触していないから、大丈夫だとは思うけど、一応ね?
『「手ぇ洗ったー?」』
二人の上に降り注いだ大量の水に必死に耐えるマリちゃん、キャッキャしてるヒナちゃん。
『おし。…じゃあ、後は私だけだね。みんなちょっと離れててね?「熱いから気を、」』
『っ!?待て待て待て!?お前、なにナチュラルに自分を焼こうとしてんだよ!?』
『…ユージー、昔から言うでしょ?「汚物は消毒」、三十年以上語り継がれてるのは、それが金言、真実だからだよ?大丈夫、手足の先をチョロっと焼くだけ、』
『生体を焼くな。ヒナコ達に、んなグロいもん見せんな。』
『…』
『お前、血痕一つ付いてねぇだろ?水洗いで十分なんだよ。』
『…』
不本意ではあるが、ユージーの説得に折れる形で焼却処理は諦めた。代わりに流水で全身洗浄、あばばばばばばってなった。
それから急いで森を抜け、帰りついた街。ギルドへの報告、の前に、査定所の方へ足を運ぶ。リドの様子を確かめ、おやっさんに協力を得るため。サラさんにお願いするよりずっと確実な気がする。
物陰から査定所の中を覗いてみれば、ハンスさんとリドの姿は見えるけど、おやっさんの姿がない。
『どうする?ユージー?』
『…取り敢えず、あいつを鑑定してみるか…』
『…それって大丈夫なの?』
人に向けてスキルを使う危険性を一番危惧していたのはユージーなのに。
『こっちの命を狙ってきてる相手だからな。…強さだけでも確認しといた方がいいんじゃねぇかって、今は思ってる。』
『…』
ユージーの言葉に頭が冷えた。本当は、頭の片隅で復讐、自力救済も考えてた。司法が当てにならない世界なら実力行使って。だけど、
(悔しいけど、その実力さえ届かない可能性があるんだよね…)
カボチャやネズミに勝ったからって、調子に乗ってたな。うん、反省―
『…さっきの、グリーディラットの駆除中にレベルが10になった。なった直後にレベル20の奴らまで鑑定できるようになったから、俺の鑑定はレベルプラス10の相手まで見れるってことらしい。』
『じゃあ、ユージーに鑑定できなかったら、リドはレベル21以上…』
『だな。流石にそんだけレベル差があって、あいつを捕まえる手段も無いってんなら、街を出ることも考える。』
『…』
金銭的な余裕もなく、移動手段も持たない。防具さえまともに揃っていない状態で、未知の生物が蔓延る世界を長距離移動する。無謀にしか聞こえないけど、そうしなくちゃいけない事態が迫ってる。頭だけじゃなくて、肝まで冷えてきた。
ユージーが、リドの方をじっと見つめて、
『…やっぱ、鑑定出来ねぇな。』
呟いた声に、軽く絶望仕掛けた時、背後から聞こえた声、
「…お前、こんなとこで何やってんだ?」
『っ!?』
『っ!おやっさーん!!』
目茶苦茶頼もしい声。クルッと振り向いた目の前にあったブットい足に、取り敢えずすがり付いた。
「?何だ?どうした?何があった?」
スライムの突撃に、しゃがんで応えてくれる親父。こんな出来た親父、そうそう居ないと思うんだけど。感謝をこめてグリグリしとく。
「…あー、えっと、あんたに話があって…。その、話を聞いてもらえるか…?」
「…」
言い淀んだユージーの雰囲気を感じ取ってか、険しい表情になったおやっさんが、頷いて立ち上がる。
「…込み入った話なんだな?」
「ああ…」
「…わかった。…ついてこい。」
言って、歩き出したおやっさんの後を追う。開けた道。問題が解決しそうな雰囲気に、足取りも軽くなる。




