3-11
仕事も無くて、ヒナちゃんの新しいお洋服も買えなくて落ち込んだ翌日、ギルド出勤前のユージーがスゴいソワソワしながら聞いてくる。
『…これ、着方、これでいいんだよな?合ってるよな?』
『…』
『あー、その辺、メンドがらずに店でちゃんと聞いとくべきだったなぁ。失敗した。』
『…』
『…変か?何か、どっかおかしくねぇか?』
鏡一つ無い部屋、初めて着る「鎧」というニューアイテムの着こなしに悩む三十代独身男性。普段着がTシャツジーパンの男―知らないけど、多分そう―が、いきなりハードル高いアイテムに手を出すからこういうことになる。しかも、困ってるだけなら未だしも、困ってる中に、なんかちょっとウキウキ気分が見え隠れしてるのが―
ユージーの問いに応えずにいたら、代わりにマリちゃんがファッションチェックしてくれて、
『…別に、悪くないんじゃない?』
『そうか?』
優しいフォローの言葉に、ユージーも満更じゃ無い感じが何か。
鎧、着てみたかったのならもっと堂々としてればいいし、嬉しいんだったらもっと嬉しがればいいのに。「仕方無くだぞ?実用品だから」、みたいな態度にちょっとイラッとして、ついでにヒナちゃんのお洋服買えなかった八つ当たりも込めて、呟いてみる。
『…裸ヨロイ。』
『っ!?』
『シノさん!?』
ユージーがビクッてして、何故かマリちゃんから抗議の声が飛んできた。でも、だって、人化で洋服着てるように見えてるだけで、スライムは実質裸。裸にヨロイだから、裸ヨロイ。
『…男のロマン的な?』
『っ!?違ぇーよ!!』
『シノさんっ!!』
別にそんなに怒らなくても。冗談なのに。私なんて、常に真っ裸だよ?って言ってみたけど、「冗談でも二度とそんなこと言うな!」って、説教された、マリちゃんに。解せぬ。
デート前の乙女並みに支度に時間がかかったユージーのせいで、本日もギルドに到着したのはお昼頃。皆でゾロゾロニュルニュル入っていけば、本来なら、依頼を受けた冒険者の皆様は既に外回りに出てるはずの時間なのに、この日は違った。直接顔を見るのはお久しぶりのポールがギルドの一角、仲間達と昼間っから酒盛りを開催中。スッゴく下品なことを言って、スッゴく癇に触るギャハハ笑いしてるから、見ないように、目を合わさないようにって距離をとって、依頼書確認したんだけど、
『…無いね。』
『…だな。』
『あそこで騒いで自己主張してる小悪党のせいだと思う?』
『多分な。』
『うー…』
仕方ない、今日はカブ草とウサギ狩りでお茶を濁すかと、皆でギルドを出ようとしたところで、近づいてきた人影、
「あん?何だぁ?噂のE級冒険者様がこんなところで暇してるなんざぁ、この街も平和になったもんだなぁ!」
「…」
「ああ!それとも?異例の早さで昇級しちまうようなスライムテイマー様にゃあ、どの依頼もつまらない、受ける価値も無いってことか?」
「…」
安定のウザキャラ、ポールの異世界ジョーク?―取り敢えず、私には面白味の欠片も見いだせなかった言葉―に、彼の背後の集団がどっと沸いた。こういう内輪にしか通じない盛り上がりで部外者いじろうとするのって、本当、ウザい―
『…ユージ、放っといて行こうよ。』
『ああ。』
マリちゃんのごもっともな意見に皆で頷いて、ユージーがポールの横を通りすぎようとしたけれど、
「…おい、待てよ。何だぁ?まぁた、だんまりか?」
「…」
「てめぇよ?この俺を無視し続けるってのは、」
言いかけた言葉を、ポールが途中で飲み込んだ。その瞳が驚愕に見開かれ、信じられないと言わんばかりの表情で、ユージーを、…ユージーの胸元を見つめて、
「っ!?てめぇ!どういうこった!?こりゃあ、俺の!俺が狙ってた『ロックベアの革鎧』じゃねぇか!?」
「…離せ。」
激昂すると同時、ユージーの胸元を掴んだポールの手を、掴まれたユージーが煩わしそうに払った。
「っ!クソがっ!ふざけやがって!どうやった!?あ!?どうやって、そいつを手に入れた!?」
「…別に…」
普通に店で買っただけ。それだけのものを、そんな盗んだみたいな態度でこられるのは非常に腹立たしい。しかも、ヒナちゃんの前で。家族が泥棒扱いとかトラウマものじゃないか。
本当、何だコイツ?って思ったから、ユージーに聞いてみた。
『ユージーユージー、もうこの人、焼いちゃおう?駄目なら、軽く炙る?』
『やめろ。面倒ごとを起こすな。』
ユージーが手を払った時点でポールは既にぶちギレ、怒髪天ついてそうなんだけど、それでも、ポールがそれ以上のこと、実際に手を出したりの「面倒ごと」を起こす気配はない。こちらから手を出すわけにもいかず、結局そのまま、出来るだけポールから距離をとりながらギルドから抜け出すことになった。最後まで、スッゴい粘着質な視線でこっちを見ていたポールに、鳥肌は立ちっぱなしだったけど。
「…ねぇ、ユージー、アレ、あんな風に放置して良かったの?」
「良くはねぇけど、こんな完全アウェイな場所と立場じゃ、どうしようもないからな。」
林方向の街道へ向かいながら、ユージーに尋ねれば、何とも不安な答えが返ってきた。
「アイツ、また何かやってくるよ。嫌がらせとか。絶対。」
「ギルド内がポール寄りな以上、まあ、被害は被るだろうが、対処するしかないだろ。…自分達で何とかするしかない。」
それもこれも、生活、お金のため。さっさとお金を貯めて街を出ようにも、先ずはその「お金を貯める」ための「依頼」が必要なわけで。
「…世知辛い。」
「俺らに出来んのは、アイツらに何をやられても良いように準備しとくこと。出来ること増やして、油断はしない、それくらいだろ?」
「…当方に許されるのは迎撃の用意のみ…」
「迎撃もしねぇよ。準備っつーのは、邪魔が入ろうが、妨害されようが、依頼をこなすための準備、どっちかってーと、防御固める方向だな。」
「…」
受け身感ハンパない、現実的な話しかしないユージーを、悔しくないのかなー?って、思って見てたら、
「…そのためにも、先ずはアレだな?この鎧の検証とか、お前のスキル確認とか、な!」
「…」
え?滅茶苦茶ウキウキしてるんですけど…
「人目の無いとこで、魔法耐性ってのを確めてみようぜ。火魔法や水魔法が軽減されんのかとか、後は、回復、補助系のスキルが効かなくなると困るから、その辺もな。」
「…」
「ああ!それから、アレもだ。シノ、お前、火魔法とか発動する時、スキル名叫んでんだろ?アレをさ、もっと短縮とか、究極、無詠唱で発動出来るようになんねぇかと思ってんだけど。…てか、したいだろ?出来るよな?」
「…」
ヤバい。ユージーに何を求められてるのか良くわかんないけど、こいつぁヤバい。ユージーの目が―
「だから、先ずはそうだな、俺に向かって火魔法、撃ってみてくれ。」
「…」
目をキラキラさせてるユージーの、理解出来ないレベルのドM発言、光の速度でドン引いた。




