3-10
ヒナちゃんに夜更かしをさせてしまった翌日、というか翌朝から、宿を含む街全体がザワついているのは感じていた。大きい声とか、バタバタしてる人とか居たから。
でもまあ、前日の就寝時間が遅かったこともあり、我々スライム軍団はそこそこ遅い起床、宿の中がちょっと落ち着いたかな?ってくらいで宿の部屋を出た。そこかしこで「ドライアドが倒された」とか「誰が討伐したのか?」とか聞こえてたけど、華麗にスルー。ポールが居たら「ドヤァ」くらいしてやりたかったんだけど、ユージーに止められたから、態々ヤツを探し出すのは止めておいた。
遅い朝食を済ませ、ギルドについたのは日もかなり高くなった頃、ギルドに足を踏み入れた途端、周囲の視線が一斉にこちらに、ということもなく―
何なら、いつもの方がまだヒソヒソコソコソ周囲の注目を集めてるくらいだった。それが、今日は皆にガン無視されている。多分、「それどころじゃない」っていう感じの雰囲気。
そして、「それどころじゃない」のは冒険者の皆様だけではなく、ギルド職員の皆様もそのようで、「今日は通常依頼は受付中止」ってサラさんに言われてギルドを追い出された。
そうなると、することは一つ―
昨日、不慮の事故により小規模な山火事が発生した時には、一時かなりのオコだったユージーは、だけど消し炭の森を眺めてる内に冷静になったらしく、それまで両拳でギリギリしていた水色スライムに命じた。曰く、「エルダードライアドの魔石探してこい」と。
ぶっちゃけ、あんだけコンガリじゃあ、無理なんじゃないの?と思ったんだけど、それをそのまま言葉にするとマズそうだったから、やりましたよ、魔石発掘。栄養価不明のジャリジャリする炭をモグモグして、樹に穴を開けて。そうして、見事に掘り当てた緑色の魔石、エメラルドのような輝きに、何か文字?のような模様のようなものが彫られている輝石は今、ユージーのポッケにナイナイされていたりする。
「…これってさ、この模様?とかでバレたりするの?『ドライアドの魔石だー』とか。」
「多分な。…図鑑に載ってるくらいだ、知識のあるヤツが見りゃ、一発だろ。」
「おやっさん、…多分、ハンスさんにも、バレるよね?」
「まぁ…」
魔石を持ってる=ドライアドこんがり犯が我々だということが恐らくバレる。その危険を冒してまで魔石を査定所に持ち込もうとしてるのはお金のため。ユージーは、長距離移動に耐えられるだけの装備を整えたら、さっさとこの街を出ていきたいと考えているらしい。小さい街の中、そこそこ力を持ってそうな粘着男に目を付けられたら色々とやりにくいし危険。もっと、誰も私達に関心を持たない場所に移動したいという考え。
それには最低限、ユージーの装備を。それから、出来ればヒナちゃんの装備も。
「…お高く。なるだけお高く買ってもらえるといいね。」
「だな。」
もちろん大前提、おやっさんの人柄とか、短い間だけど、一緒に仕事をした間柄であるとか、そういう打算もコミコミで持ち込んだ査定所、魔石をカウンターに置いた時のハンスさんの反応に、やっぱりマズかったかなーと不安感があおられた。
「…君、これって…」
「…」
魔石を凝視したまま動きを止めたハンスさん。口をつぐんだままのユージー。他の冒険者が誰もいないから良いようなものの、明らかに不審な空気が漂っていて、
「…何だ?どうした?」
「っ!あ、や、あの、ザックさん、これ、彼の持ち込みで…」
割り込んできたおやっさんの声。真打ち登場に、おやっさんの表情を観察する。一瞬でも、そこに、怯えや敵意が表れないことを祈って。
「…こいつは…」
「…」
驚きに見開かれた目、それが、魔石とユージーの間を行き来する。
「…お前、…お前らがやったのか?」
「…他言はしないでもらいたい。」
「…E級冒険者が、どうやったらあんな…」
ギルドでもあれだけ騒がれていたのだ。ドライアドがどうなったのか、おやっさんが知らないわけがない。口振りから、おやっさん自身が確めた可能性もある。だけど、おやっさんが示したのは純粋な驚きと疑問だけ、未知の相手に対する恐怖や敵愾心が無かったことに心底ホッとした。
「…わかった。まあ、いいだろう。冒険者が自身の飯のタネ、そう簡単にひけらかすわけにはいかんだろうからな。」
「そう思ってもらえると助かる。…今回はたまたま、…本当に運が良かっただけってのもあるんだ。」
「…ふん、まあ、そういうことにしておいてやる。」
言って、おやっさんがエルダードライアドの魔石を手に取った。それを、タメツスガメツしてから、
「…三十だな。三十万で買い取ってやる。」
「!?」
「な!?ザックさん?いいんですか?そんな…」
おやっさんの太っ腹に我々もビビったけど、ハンスさんも驚いてる。だって、確かに綺麗な石ではあるけれど、サイズ的には以前リドがやらかしてご相伴にあずかった魔石の半分くらいしかない。なのに、それと同じ値段がつくなんて、
「…討伐報酬込みだ。誰も正式に受けちゃあいないが、相場で十万は下らない仕事だ。それを、街に被害が出ない内に片付けちまったんだからな。これくらいはさせろ…」
「…」
結局、「こんな小さな街、資源を失えば消滅する可能性もあった」って言うおやっさんのその言葉に甘えて、三十万レンという大金で魔石を買い取ってもらった。見たことない膨らみを見せる皮袋にドキドキしつつ、おやっさんに何度も頭を下げる。いつもなら、多分ユージーに止められちゃうんだけど、今日ばかりはユージーも許してくれて、心ゆくまで感謝の念をお伝えすることが出来た。
ただ、査定所の買取りは例外無く現金でのお渡し。だから、
『…三十万。三十万。三十万…』
『…シノさん、恐いよ…』
大金担いで武器屋に向かうユージーの背後、いつどこから襲われるかもしれない緊張感にキョロキョロしながらユージーの背中を守ってたら、マリちゃんにドン引かれた。色々漏れてたらしい。
『…ごめんマリちゃん。けど、クレカもコード決済も無い世界とか、マジ恐い。大金持ち歩きとか、現金払いとか、全然ニコニコ出来ない。』
『…』
ユージーの下調べによる魔法耐性防具が二十万とかするらしいから仕方ないけど、生きた心地がしない。
『ユージー!早く行こう!早く!』
ユージーの足元をグイグイ押して、店へと急いだ。
たどり着いた武器屋では、前回に引き続きスライムな我々はお店の前で待機。ただ今回は、良さげな防具があれば意識共有をユージーが送ってくれることになっているから大丈夫。ヒナちゃんの防具、今か今かと待ってるのに、
『あのさ、これとこれどっちがいい?』
って、自分用の革鎧?と青銅の鎧?とやらの画像を二枚送ってきたユージー。
『…どっちでもいい。』
本当、マジ、どっちでも―
『魔法耐性的には同じ性能なんだよ。けど、青銅の方がさ、物理耐性もそこそこあるみたいで…』
『…』
『ただなぁ、物理防御ならシノのスキルがあるから、要らないっちゃ要らないもんなぁ…』
ハッキリ言ってどちらも地味。可愛くもないし、かっこ良さもわからん。ただ、
『隣を歩くのに鎧ガッシャンガッシャンは嫌だ。』
『…そこまで五月蝿くはねぇだろ?…プレートアーマーってほどじゃねぇし、ほぼ胴鎧、』
『しかも青銅だし。これがせめて黄金ならまだ考えたけど、青銅じゃなぁ。』
『…』
『大体、ユージー、そんな重そうなもの着こなせるの?ユージーが小さな宇宙燃やせなきゃ、そんなのただの足かせだよ?ちゃんと感じたことあるの?小宇宙。』
『…』
結局、ユージーは黙って革鎧?の方を買った。買った残りの十万レンでヒナちゃんの防具も探してくれたんだけど、小さな街の武器屋じゃ、そもそも子ども用っていう商品が無い。どうしてもというなら、オーダーメイドになってしまい、そうなるともう、十万レンとかじゃ材料費くらいにしかならないとのこと、泣く泣く購入を諦めた。




