3-9
「…別に、本当に一人で大丈夫なんだけどなぁ。チョロっと行って、ヤれそうならサクッとやって、無理ならチョットやって帰ってくるつもりだったのに。」
「…」
月明かりさえない闇夜、人目を避けて、通いなれた道をかつての「古巣」方向に向けてニュルニュルと歩く。背後には、無言で厳しい顔のユージー、その後ろにはマリちゃんと、ちょっと遅れぎみのヒナちゃん。慌てて足を止めた。
「ヒナちゃん、すごい眠そうなんだけど。…やっぱり、三人とも宿で待っててくれても、」
「お前を一人に出来るわけねぇだろ。」
「私も、出来ることがあったら手伝いたい。」
「シノちゃんと一緒がいい。」
三者三様の反応。「ちょっと、ドライアド一狩りしてくるわ」という私の我が儘に付き合ってくれてる三人の言葉は有り難いんだけど、ユージーの台詞には「何かヤラかしそうで怖い」っていう長い語尾がついてきた。
「…そんなに心配しなくても、ドライアドって別に夜行性ってわけじゃないんでしょ?だから、夜の内にコソッと、せめてエルダーだけでも焼いちゃおうってだけだから、本当、そんな心配しなくていいのに。」
それでも、頑として譲らない三人。特に、ユージーに帰る気がないから、マリちゃんヒナちゃんを説得出来ても、二人だけでは宿に帰すことも出来ない。ヒナちゃん夜更かしコースが決定してしまった。仕方ない。今日は特別だと自分を納得させて歩き続ける。
「…そう言えば、ユージーさぁ。ずっと気になってたんだけど…」
「何だよ?」
「ユージーのスキルに『暗視』ってあるでしょ?アレってどう使うの?私達って、普通に夜とか暗いところでも目ぇ見えてるよね?」
「…」
実際に、私達に「目」があるかどうかはわからないけれど、少なくとも視界はある。それだけでなく、夜の灯りが極端に乏しいこの世界でも、我々は暗闇に苦労したことがない。そもそも、洞窟生活だって苦もなく送っていたんだから―
「…死にスキルだ。」
「え?」
「…」
何か、ユージーの声が悲痛だったから、意味はわかんなかったけど、それ以上の追求は止めておいた。
まあ、そんな感じでニュルニュルと歩いて回り込んだ林の向こう側―夜に林を突っ切るのは危険ってことでメッチャ遠回り―、見えてきたのは、何とも言えない、不思議な光景だった。
草原だったはずの場所―今は枯れ果てた草が地面に横たわるだけ―、その開けた空間に、身を寄せ合うようにして、数十本の木が立ち並んでいる。一見、ただの広葉樹にしか見えない木々の隙間、
「…なんか、ど真ん中に、森の主、長老みたいなのがいる。幹に顔とかあって『よくぞ、ここまで来た』とか話しかけてきそうな感じのが。」
「んな、平和な種族なら何も問題ねぇんだがな。…シノ、お前、それ以上近づくなよ。少なくとも、その草が枯れてる辺りまではあいつらの根っこが伸びてるはずだからな。捕まりゃ、HPもMPも吸いとられるぞ。」
「…了解。気を付ける。」
了解はしたものの、少し困った。
「ユージー、この距離はちょっと難しいかもしれない。かなり遠い。届くとは思うけど、思ってるところには届かないと思う。当たんないかも。」
「…帰るか。」
「!?ダメだよ!勿体ない!」
そうだ。「当たらない」とか泣き言いっている場合じゃなかった。カボチャ狩りの時点で枯渇したMPを回復させるため、ユージーに我が儘言って使わせてもらったお金。ポーションで回復したHPを「MP変換」することでMPは500まで回復したけど、ポーション一本500レン、十本で5000レンの出費は非常にイタかった。
消費期限一日の低級ポーション、閉店間際の雑貨屋で叩き売られててこのお値段だから、ポーション系って、マジ割に合わない。お高すぎる。
そして、散財の末に得たこの力を、全く使用せずに寝に帰るなんて、愚の骨頂。私はやる。
「…とにかく、どれか木には当てるって意気込みでいかせて頂きます。」
「エルダーは回復もしてくるからな?」
「了解。」
カボチャで散々苦戦した戦法、対処法はもうわかってる。
(…高温で一撃。回復の暇を与えない。)
気合いを込めて作った火の玉。エルダーを取り囲むように林立する木々の一つを目掛けて飛ばした。
(よし!)
山なりにならず、真っ直ぐに飛んだ火の玉が、外周にある木の正面にぶち当たる、直前で、
「!?はぁー!?」
打ち返された。
「え?なに今の?枝?枝で打ち返されたの?アイツらはアオダモか何かなの?」
「…正確には、魔力で跳ね返したんだろうが…」
打ち返された火の玉は空中で霧散してしまったけれど、なかなかの弾丸、明らかなピッチャーライナーだった。
(…狙われた?反撃されたってことだよね?)
「…こわっ。」
結局、あれだけ居たカボチャにも全く噛まれずに済んだから、植物系をちょっとなめてた。見た目に騙されちゃだめ。機動力皆無のくせにあのアグレッシブさは要注意。これは、「打ち返す暇無いくらいの連撃」するしかないかなぁなんで考えてたら、背後から、マリちゃんの小さい声。
「…ごめん、シノさん。この距離じゃ、私のスキル全然届かない。無理言ってついてきたのに、全然役に立ってない。」
「何言ってるの、マリちゃん。付き合わせてるのはこっちなんだから、マリちゃんは高見の見物しててよ。速攻で終わらせるよ!」
「私のMPあげられれば良いのに」とか言い出したマリちゃんを慌てて止めて、有言実行、火の玉連撃を開始。ただ、一点集中が理想なのに、早さを優先するせいで狙いが定まらない。あちこち飛ぶせいで、火の玉は苦もなく各個撃破―打ち返されるか、消されるか―されちゃってる。無念。
多分、三十個くらいは投げた辺りで、
「…シノ、やっぱ俺らじゃ無理だ。諦めて、後は街の連中に任せるしかねぇだろ。」
「うー、わかってる。わかってるんだけどさぁー。」
昨日今日始めたばかりの「魔法で攻撃」、そんなに上手くいくわけないって、頭のどっか隅っこに常時在中してる理性ではわかってるんだけど。
(…身内の不始末は、って思っちゃうんだよぉー…)
ノアに悪意があったとは思わないけれど、迷惑かけてるのは事実。更に言えば、それは私達、―自惚れでなければ、私―のため。だから、それでハンスさんやおやっさん、街の人達が困ることになるとしたら、何かもう、身の置き所が―
(…大体、アイツらが大人しく焼かれずにバカスカ人の球打ち返すのがいけないと思う。こっちは毎回全力投球なのに…)
そうか。だったら、打ち返せない球を投げればいい。速度は既に全力。これ以上、速くならないんなら、
(…アレとかいいよね。ライブとかコンサートで飛んできたら、スゴい盛り上がる。)
イメージするのは巨大バルーン、だけど、あんなにフワフワじゃぁ、だめ。そんな温い挙動は許さない。大きさとスピード、駄目押しで連撃―
「うわぁっ!?」
「っ!シノ!?」
火の玉ニューバージョンを作ったら、目の前が真っ白になった。おまけにメッチャ熱い。慌てて投げた火の玉は、見事な大玉。そう認識出来たのは、止めることも出来ずに五発ほどの巨大火の玉が宙を飛んでいった後。
「…あ。命中。」
「…」
良かった。周囲に燃えそうなものが無いとはいえ、あのサイズを明後日の方向にフライアウェイしてたらシャレになんなかった。打ち返されることもなく、炎が木立を包んだことに良かった良かったと安堵。…したのも束の間、何だか、火の勢いがちょっと、山火事?レベルに―
「ど、どうしよう!?ユージー!見て、東方が赤く燃えて、」
「アッチは東じゃねぇ!北だ!燃やしてんのはお前だろうが!?いいから消せ!」
「消せって!だって、どうやって!?」
「水で流せ!昨日の濁流!アレで良いから、さっさとやれ!」
「っ!?『手ぇ洗ったー!?』」
言われるがまま、スキル名を絶叫した。流れ出した濁流が木々を襲う。念のため、手洗いは三回くらい確かめたら、火はあっという間に鎮火、残されたのは、立ったまま木炭になった木々と、倒木の木炭。取り敢えず、夜目にもわかる黒々しさが、魔女の森とかそういう雰囲気を醸し出して、昼間のカボチャとか並べたら完璧な感じになった。うん、ハッピーハロウィン。




