3-5 Side Y
暴走したシノに「眼」を酷使させられた翌日、恐々開けた眼に前日の痛みがないことに安堵する。
その恐怖があったためか、訪れたギルドで、あれだけあったEランクの依頼が残り一つだけだと知った時も、あまり焦りも怒りも感じられなかった。
「スナッピングパンプキンの駆除」依頼。
成功報酬がジャイアントビーと同じ一万レンの割には駆除自体が面倒そうではあるが、詳細な場所指定があるおかげで索敵は必要ない。MP節約のためとは言え、「眼を開いた一瞬で探知・索敵をし、反応のあった箇所や方向を記憶する」という作業は、「連続で行うには限度がある」ということを昨日、痛感した。だから、正直、助かる部分もあるのだが―
「あんたねぇ、昨日の今日で、なに出遅れてるのよ。馬鹿なの?やる気あるの?」
「…」
提出した依頼書を受けとるなり嫌そうな顔をしたサラ。発破をかけられている、のではなく、恐らく本当に「使えない」と思われているのだろう。
「はぁ、もう、さっさと行きなさいよ。こんなショボい仕事、誰がやったって同じなんだから。」
言われるまま、返された受注確認済みの依頼書を持ってギルドを出た。途中、人数分の昼飯を購入し、向かったのは街の外れ、森へ向かう道を逸れると広々とした田園地帯が広がっている。この光景のどこかに発生したというスナッピングパンプキン、それを駆除してくれとの依頼に、先ずは依頼者の元、指定された場所を目指しながら畦道を歩く。暫く歩いたところで、隣からシノの声がした。
「…ねぇ、ユージー、今日は皆で普通にランチなの?」
「まぁな。昨日はカブ草と、ジャイアントビーの魔石が結構高く売れたからな。…昼飯くらい、いいんじゃねぇか?」
針の方は大した買取にはならなかったものの、ジャイアントビーの魔石は一個千レンで売れた。十個で一万レン。これに討伐報酬とカブ草の買取を入れると五万レン、シノが査定所で稼いだ給料まで合わせれば六万弱だから、一日の収入としてはなかなかの額。「普通に」昼食をとるくらいの余裕はあるだろう。
「…昨日はヒナちゃん、スゴく頑張ってくれたもんね?おかげで、皆でランチ食べれるよー、やったね!ありがとう。」
「うん!」
今日は流石にリヤカーは無し。シノと並んで歩くヒナコが嬉しそうに返事をした。その姿を見て思い出すのは、昨日のヒナコの落ち込み具合。
恐らくはシノの主張通り、昨日カブ草を駄目にしたのは、ポール周辺の同業者だろうとは思う。そう予想は出来たが、やはりなるべく人との衝突は避けたいという思いが優先し、カブ草の数束くらい大した損害ではないと判断してしまった。判断しただけでなく、実際にそう口にした。それを作ったヒナコの前で―
(…俺も、大概、無神経だったな。)
子どもと接する機会のなかった身には、どこにあるのか予測出来ない類いの地雷。気づかぬ内に踏み抜いてしまいそうなそれを、出来る限り避けて通りたいとは思っているのだ。既にかなりの無理を強いているヒナコを、これ以上、傷つけたくはない。
自分の言動を自戒をこめて省みながら歩く内に、遠目に家が見えてきた。近づけば、ログハウス風の建物の前に、家畜の餌やりをしている男の姿、
「…すみません。ギルドから、スナッピングパンプキンの駆除依頼を受けて来たんですが…」
「…ああ。」
一瞬、依頼者を間違えたかと思うほどの鈍い反応。こちらの用件はわかっているようだが、どこか躊躇っているように感じられるのは、困惑?歓迎されていない―?
束の間、そう感じたものの、男は言葉を続けた。
「…あっちの、森近くの畑に大量に発生しちまってよ。…で、まあ、数も数だし、怪我もしたくねぇから、あんたらに何とかしてもらいたいと思ってな…」
「わかりました。…場所は?」
「この道、真っ直ぐだ。…行きゃあ、わかる。」
言うなり、男はさっさと背を向けて家の中へと入っていった。こちらとは関わりたくないと言わんばかりのその態度に、不審を抱くなという方が難しいが、
「…なんか、ヤな感じだね?」
「まあな。…歓迎されてはいねぇよな。」
それでも依頼は依頼。受けてしまった以上、仕事はこなす。ギルドを通しているのだから、まさか報酬を踏み倒されるようなこともないだろう。
「…行くか。」
「ん。」
男の示した道を真っ直ぐ、いくつかの畑を通りすぎながら進んでいく。男の家が見えなくなるほどの距離、本当に森の直ぐ手前まで来たところで、目的の「畑」とやらが見つかった。
「…あれ、だな。」
「うわー、アレかぁ…。」
確かに、畑ではある。『モンスター図鑑』で、「スナッピングパンプキン」の姿も確認済みだ。だが、
「うーん。確かにアレはパンプキン。スクウォッシュではなくパンプキン。と言うよりもう、畑で既にジャコランタン。」
適当な感想を呟くシノの言葉を受け入れてしまうくらいには異様な光景。図鑑では一体の大写ししか描かれていなかったオレンジのカボチャが畑一面、目と口にポッカリと空洞を開けて転がっている様には若干の寒気を覚える。その口に鋭い牙のようなものが見え隠れしているから尚更に。
何となく、黙って眺めてしまえば、マリカが近寄って来て、
「…どうやって駆除するの?物理攻撃が効きにくいんでしょ?一個ずつ張り付いて窒息させるには数が多すぎるし、…ていうか、あれって窒息させられる?」
「噛みついてはくるらしいが、基本、植物っぽいもんなぁ。」
口呼吸をしているようには見えない。
「じゃあ、やっぱりシノさんの魔法?」
「だな。」
翻訳済みのページを送る度、少なくとも一度は図鑑に目を通しているらしいマリカは、モンスターに関する情報をきちんと押さえている。たどり着いた結論も自分と同じ。それだけで、初めての仕事に臨む心理的負担はだいぶ軽くなる。少なくとも―
「芸が細かい!ジャコランタンの顔が全部違う!個性!個性を感じるね!」
モンスター相手にそんな呑気な感想しか出てこない主戦力と二人きりでなくて良かったと、心からそう思う。




