2-7 Side Y
失敗した―
不快な野郎の言葉も接触も、耐えるつもりだった、最後まで。それが、
―お前の女か?いい女だよなぁ
(っ!)
気色わりぃと思うと同時、猛烈に腹が立った。マリカを、性的な目で見る男が許せずにはね除けた手の向こう、男の顔に浮かんでいたのは驚愕、それから憎悪。格下に位置づけた相手からの明確な拒絶に、下らないプライドが傷ついたと言わんばかりの。
(…面倒くせぇな…)
客観的に見れば、自分がやったことなんて大したものではない。拒絶と言ったって、相手を殴り付けたわけでもなければ、言い返しすらしていない。ただ、男の提案を断って、まあ、若干強めに手を払っただけ。それでも、
(…キレさせた、な…)
あの手の男は、そもそも相手の「ノー」を受け付けない。特に格下の男が相手なら、提案は命令と同義。最初っから、相手が従う前提でいるから手に負えない。
ギルドではなるべく目立たず、波風立てずという当初の目標はあえなく惨敗。今後は、どれだけあの男との接触を回避出来るか―
『ユージー!ユージー!どこ行くの!?これ、どこ向かってんの!?』
『あ…?』
どうやら、シノが必死に声をかけていたらしい。気づけば、先ほど歩いてきた大通りを逆方向に歩いていたようで、見覚えのある建物がいくつか目に入った。
『ユージー、お仕事は?依頼はどうするの?ヒナちゃんのお昼ご飯は!?』
『…依頼の方は、まあ、大丈夫だ。』
『なぜに大丈夫??依頼受けずに出てきちゃったんだよ?』
『常時依頼、…依頼書無しで、肉やら薬草やら持ってきゃ買い取ってくれるって類いの依頼がいくつかあったから、それを受ける。』
『肉とか薬草って、そんな適当な…。依頼内容ってちゃんとわかるの?』
『覚えてはねぇ、けど…』
確認のためマリカを振り向けば、小さな頷きが返ってきた。
『画像、上げといてくれたんだろ?』
『うん。』
『画像??』
いつもなら、ここで頭に「?」造ってるだろうシノが、代わりに大きく上半身を倒して疑問を示す。
『…常時依頼を取り敢えず三つ、翻訳してマリカに送った。マリカが画像投稿してっから、確認してみろ。』
『なにそのノールックパス!?』
『…』
ノールックパスではない。まあ、確かに、連携プレーではあるが―
通訳スキルがオンになっていたから声に出すわけにもいかず、マリカには何も言わずに依頼書の画像を送った。だが当然、勝算はあったわけで、
『…ユージって、モンスター図鑑の翻訳してるでしょう?翻訳終わったら送ってくるから、それをいつも上げ直してるんだけど…』
シノに説明し始めたマリカがこちらをチラリと見上げて、
『最初は、ちゃんと「送る」って予告して送ってきてたんだけど、最近はいきなり画像だけ送りつけてくるの。…だから、慣れちゃった。』
『…』
多少、棘を感じる言い方ではあったが、概ねマリカの言う通り。だから、今回もいけると判断して、何も言わずに画像を送った。ダメ元だった行動に、シノが感心したような声を上げて、
『なんか、二人の間のKIZUNA感じたわ。』
どうでもいい感想を言ってきた。
『…ああ、まあ、で、依頼の方はそれで何とかなるとして、その依頼こなす前に本屋と雑貨屋に寄りたい。ヒナコの昼は途中の屋台でもいいか?』
『美味しくて栄養バランス良さそうなのがあれば屋台でもいいよ。…本屋とまた雑貨屋?なに買いに行くの?』
『地図と、依頼こなすための道具類が要る。道具の方は、キャンプや登山の時のイメージだな…。…ひょっとしたら、そういったもんはギルドで配布とかしてんのかもしんねぇけど…』
『今からギルド戻って確かめるのは嫌だもんね。それくらいなら、金で解決する!ってことだね?』
『…せめてどんなもんが必要になるのか、「初心者セット」みたいなもんは教えてもらえるかとも思ってたんだが。…もう少し、ギルドがどういう役割持つ場所なのか分かってりゃなぁ…』
前情報はゼロではない。人化の練習の手伝いに来ていたブラウとシノで遊びに来ていたノアの二人には、少ない時間の合間を縫っていくつかの質問をした。「人間世界に憧れるスライム」を装ってのギリギリの質問の中には、ギルドに関するものもいくつかあったのだが、
『ノアもブラウもギルドのこと、あんまり知らなかったもんね。』
『…だな。』
冒険者登録には何が必要で、どこまでこちらの情報を渡す必要があるのかという質問には、「ギルドの人間が家まで来てギルドタグくれて終わり」という、嘘だろと思うような回答。依頼はどうやって受けるのかという質問にも、「いつもギルドから指名依頼で来るからわからない」という一切参考にならない答えが返ってきた。
(まあ、それでも、いくらかは役に立っているか…)
胸元、首から下げたギルドタグを手にとって、改めて眺める。そこには、自身の名と、こちらの世界で言うところの「F」の刻印―
冒険者になる者は様々。それこそピンキリで、身元保証の無い犯罪者すれすれの者から、ノアのように貴族階級に属する者までいる。階級はFからSまであり、―最初からA級だったというノアみたいな例外を除けば―D級で一人前、B級ともなれば上級冒険者として様々な恩恵が受けられる。と同時に、それに見合うだけの義務も発生する、ということらしい。
「その義務ってのが面倒なんだよね」と愚痴っていたノアには悪いが、そこまでいくともう別世界の話。共感は出来なかったが、おかげで自分達の立ち位置、目標は設定できた。
(…取り敢えず、D級。冒険者で、飯食ってけるくらいにはならないと。そのためには、)
『ユージー!ユージー!あれ!あそこ!屋台!肉まん?肉まん屋さん!』
『…』
こちらの思考を平気でぶち破ってくるシノの意識に視線を向ければ、数件並んだ屋台の中に確かにそれらしき店がある。
『肉まん!肉まん!…ピロシキ?ピロ、…おやき??』
屋台が近づくに連れ、店先の商品に自信が持てなくなったらしいシノが迷走を始めたが、
『…餃子。でっかい餃子。餃子なら完全食。』
自分に都合のいい結論に達したらしく、ヒナコのために、その「でっかい餃子」とやらを三つも購入させられた。食べきれるのか?と思ったが、「余ったらユージーが食べればいい」と言い切られ、
(なるほど。)
なんか、四人の中での自分の立ち位置を再確認した。




