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『うっわー!スゴい!これはちょっと感動するね!』
異世界ファースト店舗。たどり着いた武器屋に一歩踏み入れば、そこらじゅうに見たことないような武器やら防具やら。取り敢えず、ファンタジー感満載の店内に感動しまくってたら、
「うちは、モンスター連れお断りだ。」
って、頑固親父な見た目の頑固親父に、店の外にポイッて放り出された。地面にダイビングキスして、一瞬、ポカーンってなったけど、
『っ!?はぁーっ!?何あれ!?何あれ!?何あの態度!?こっちは客だよ?お客様だよ?イコール神様だよ?え?何?何なの?あの粗雑な態度!?』
『…まあ、仕方ねぇな。向こうの通りに露店がいくつかあったから、そっちで見繕うか。』
『ちょっ!?ユージー!?そんな、あっさり??』
断固抗議しようよって言ったら、
『これが、こっちの世界の「常識」、モンスターの「普通の」扱いかもしんねぇだろ?』
ってクールな返事。気にした風もなくスタスタ歩いてくユージーだけど、私の憤懣は未だやる方ないんですけどもっ!?
でも、ヒナちゃんに「シノちゃん、大丈夫?」って心配されちゃったら、もう、ね。大人ですから?「大丈夫だよー」って答えて、無理矢理笑う。怒りも、三歩歩いて根性で忘れることにした。
スタスタ、ニョロニョロ歩いてお目当ての露店街についた頃には怒りも薄れて、折角なのだからと、異世界情緒を楽しむ余裕も戻ってきていた。目的の店を見つけたところで、ユージーが立ち止まり、
『シノ、「通訳」切ったままにしといてくれ。』
『え?でも、それじゃ、お買い物出来なくない?』
『ああ。けど、これから先、さっきの店みたいにお前を連れてけない場合もあるだろうから、やっぱ、言葉も覚えてく。』
『覚えるって…』
言語習得なんて、そんな一朝一夕で出来るもんでなし、相当のコツコツ努力が必要だと思うんだけど。
(やるのか。やっちゃうのか。)
七面倒くさいことを、「必要ならばやる」というユージーのその性格、性質は素直に尊敬する。するけど、ガチめの、本気度高い称賛は口に出来ない性質の私はもちろん黙っておく。
『…まぁ、いきなりってのは流石に無理だから、最初は側で聞いててくれ。一応ヒアリングはするが、一個ずつ横で通訳してって欲しい。こっちの返事も、何て言えばいいのかを都度伝えてくれ。』
『…オーケー。リピートアフタァミィ。』
よし、って気合い入れ直したユージーに付き従って、武器屋?雑貨屋?の露店の前に立つ。鋭い目付きで商品見回してるユージーに、店主らしきヒョロめのお兄さんが声をかけてきた。
「いらっしゃい。なに探してんの?」
「あー、えっと…」
レッミーシーしてるユージーの言葉をニコニコしながら待ってくれるお兄さん。好感が持てる。客商売の鑑だとか何とか考えるその裏で、ユージーにウィスパリングをしていく。
「…『ハチマキ』、額当て、…頭に巻くもの、下さい。」
「額当てかぁ。うちじゃ扱ってないなぁ。」
片言ユージーの言葉を拾って、ウーンって悩み出したお兄さんが、店先に並んでたカラフル布地の一角を指差して、
「こういう布を巻くってんじゃ駄目か?こっちの山はただの綿だが、これなんかはポイズンスパイダーの糸使ってる。魔法防御力もそこそこあるから、おすすめなんだけど。」
「…いくらですか?」
「綿の方が500レンで、ポイズンスパイダーの方が7000レン。」
「7000…」
我々のお宿が、素泊まり一泊8000レンだったから、7000レンの布ってのは、そこそこお高い気がする。ユージーの眼を隠すだけなら、綿でいいのかなぁって考えてたら、ユージーも同意だったらしく、
「…綿の方、下さい。」
「あー、いや、でも、こっちも凄い良い品なんだよ?これで7000ってのは、相当お得、今しか出せないっていうか、」
「…」
「よし!じゃあ、6000!6000ならどう?これ以上は流石に無理だけど、お客さん、ご新規さんだからさ!今日はご挨拶代わり、思いっきりまけとくから!どうどう?」
「…」
「あー!もう、お客さん、本当、欲しがるねー!よし!わかった!こっちもお客さんあっての商売だ!赤字覚悟!精一杯、勉強させてもらうよ!」
「…」
通訳、間に合わず―
黙ったままのユージーに、何とか高級布を売りつけたいらしいお兄さんが、必死に「勉強」してくれてるけど、表情一つ変えずに―内心、必死で―ヒアリングしてるユージーの反応は芳しくない。
お兄さんの多すぎる口上は取り敢えずおいといて、ユージーに「まけてくれるってよー」と、その時点で4000レンまで自動で下がっていたお値段を告げた。ユージーの判断は、更なる値切り交渉で、
「…2000レン。」
「2000!?お客さん!それは流石に無理無理!こっちだって、食ってかなきゃいけないからね!それじゃあ、赤字どころの騒ぎじゃないよ!」
「…小刀、ナイフも買います。布は2000レンで買います。」
「うーん。けど、でも、流石になぁ。…3000でどう?」
「2000。」
「あー!もう!よし!わかった!2500!これ以上は、まからないよ!」
「2500。いい。」
相手の告げる値段だけを聞き取って、見事、交渉を果たしたユージー。お兄さんにすすめられた大型ナイフを、こちらは定価で買って満足そうにしている。
ご機嫌気味のユージーとは正反対、受け取った代金からお釣りを返してくれるお兄さんは、ちょっと萎びてて、
「はぁ、もう。ポイズンスパイダーの糸使っててこの値段とか、いつもなら、絶対あり得ないんだけど。…まあ、最近はどこも値崩れ、売れただけでも御の字って思わなきゃなぁ…」
「…『値崩れ』?」
「そうそう。他の店も回ってみりゃわかると思うけどさ、ここ最近は、アラクネの糸がポイズンスパイダーの糸並みの値段で出回っちゃってるから、下位素材の製品はどうしてもね…」
「…」
正直者なのか、おしゃべりなだけか。そんな、市場動向知るよしもない我々にぶっちゃけてくれていいんだろうか。
(あ、でも、最初は7000で売りつけようとしてたな。)
単に口が軽いタイプの人なんだなと結論づけたところで、ユージーからのテレパシー。それに応えて、ユージーが言葉にする。
「…なぜ、値崩れしたのですか?」
「ん?ああ、そういや、あんた初めて見る顔だもんな。この辺の最近の状況なんて知らないか。」
「…知りません。」
「それがさぁ、アラクネの糸に限らず、なんだけどさ、この街じゃ今、A級、S級ランクの魔物の素材がゴロゴロしてんのよ。」
「なぜ?」
「おう!聞いて驚けよ!なんと、この街にゃ、つい最近まで、かの有名なS級冒険者、ノア・ガルシア様が滞在してらっしゃったんだ!」
(…ほほう?)
鼻高々で、マイマスターの名を掲げたお兄さん。やや興奮気味に語られた内容によると、神出鬼没、一つ処に三日と留まらないとされる伝説の冒険者ノア・ガルシアが、この街にはなんと数ヶ月単位で滞在あそばされ、周囲に生息する「人類の脅威」とされるS級、A級モンスターから、ギルドでも難易度やや高めとされるB級モンスター、果てには、通常冒険者の生計手段であるC級モンスター討伐にまで手を出そうとしたところで、どうやら時間切れ、この街を出ていった、らしいんだけど、
「なあ!凄い話だろう!?」
「…ああ、まあ…」
勢いの止まらないお兄さん。確かに聞いた限り凄そうな話ではある。
(…けど、なんで?)
なんでノアはそんなに荒ぶってらっしゃったのか。別に仕事好きそうとか、お金に困ってそうでもなかったのに、なぜ?って思ってたら、
「しかもさ!そのモンスター狩りまくった理由ってのが、また格好よくってさ!」
こっちが聞かなくても、ノリノリで何でも話してくれるお兄さん。目をキラキラさせて、
「これは、本人が言ってたのをギルドで聞いたってやつがいるらしいんだけど、ノア・ガルシアには『護りたい子』がいるんだとさ!」
(っ!?)
「その子を護るために、危険だと思われるモンスターをこの辺りから一掃するために狩りまくってたらしいんだよ!いやー!やっぱ、伝説クラスの冒険者になると、スケールが違うよな!」
「…そう、だな…」
通訳した内容に「呆れた」みたいな反応を返すユージーに、「ふふん」として見せる。マイマスターの偉大さ、そして、如何に自分が―テイムモンスターとして―愛されているか、聞かされたエピソードに調子のりまくり、これ見よがしに胸(部分)張りまくってたら、
「そんでどうやら!そのノア・ガルシアの想い人ってのは、この街の『ギルド受付嬢』らしいんだよな!これが!」
(…)
「いやー!すごい話だよな!まさか、こんな小っさい街で、そんなことが起きるなんてなー!」
(…)
なんか、凄く楽しそうなお兄さんの笑顔。娯楽の少なさそうな場所だもんねー。飢えてるよねー、そういう、噂?コイバナ?みたいな?しかも、超有名人のコイバナ。
で?何だっけ?ノアに、好きな女性がいる?「護りたい子」ってのは、ノアがテイムした可愛らしい水色スライムのことではなく、その想い人のことだと?
(…)
ほほう―?




