1-7 Side Y
こちらの、「剣を食った」の一言に、完全に動きを止めてしまった目の前の少年を見下ろす―
人化したことにより、今までとは全く違う視界。以前は「通常」だったはずのそれが、今ではだいぶ昔のことのように感じてしまう。未だ無表情のまま、微動だにしない人形のような少年に向かって声をかけた。
『あーっと、ブラウ。あれ、やっぱ、食っちゃまずかったか?』
「…」
『なんか、立派そうな名前だったもんな。えーっと、その、悪気は無かったんだが…、って、おい?ブラウ、聞いてるか?』
「…」
再起動しないブラウの様子の不自然さに、もしや、と思う。
『おい!シノ!』
『なぁに?』
いつの間にか離れた場所、ヒナコの側で遊んでいた―何やってんだ?石積んでんのか?―シノを呼び戻す。
「お前、まだ暫く離れるな。お前が話を聞いてないと、『通訳』スキルが効かないみたいだからさ。」
「へぇ?そうなの?」
「ああ。」
再び、「声」が聞こえるようになったからだろう。漸く意識が戻ってきたらしいブラウが、こちらへと視線を向ける。
「あーっと。…改めて、その、悪かったよ、ブラウ。剣、食っちまったこと。」
「…いや。剣を粗雑に扱い、放置しておいたのはノアだ。我も、ノアに回収したか確認するのを怠っておったからな。…カグサタスの価値を知らなんだお前達に、責は無い。」
「あー…」
「…」
(ヤバい。)
鑑定して、ヤバそうな剣だとわかっていたとはもう言えない。隣のシノの視線は五月蝿いが、ここはもう、黙秘でいこう。俺達は知らなかった、無知だったんだ。真実は墓場まで持っていく。
「えーっと。じゃあ、その、ブラウ、剣にも関わることで、ちょっといくつか質問してもいいか?」
「…何だ?」
「あー、…実はさ、俺達、あの剣を食ったことで、かなりレベルアップしたんだよ。」
「ふむ。」
「で、さ。レベルアップってのは、そもそも何だ?何をすればレベルは上がる?」
おおよその推測、前世のゲーム知識から言えば、「敵を倒す」、「命を奪う」ことでレベルが上がるのだろうと思っていたのだが、それだけでは説明出来ないことがあるのだ。
「俺とマリカの二人は狩り、他のモンスターを倒したりしてたが、シノは狩った獲物を食ってただけなんだよ。それでも、シノとマリカのレベルアップのタイミングはほぼ同時。俺との間にもほとんど差が無かった。敵を倒すことは、レベルアップの条件ではないのか?」
それに、そもそも―
「人間は、倒したモンスターを毎回『食う』わけじゃねぇだろ?けど、シノは『食う』ことだけで、レベルが上がってる。これは、何でだ?」
「…『レベル』とは、その者の『魂の強さ』だと言われている。」
「魂?」
聞かされた言葉を繰り返して、それでも、いまいち曖昧だと思ってしまう概念。前世で聞けば、まあ、まず、怪しいと疑ってしまいそうな「魂の強さ」なんてものが、この世界で重要な意味を持つというなら、自身の意識を変える、前世の感覚を捨てる必要があるんだろうが―
「…魂の強さ、レベルの上昇。人であれ、モンスターであれ、他者を滅し、存在を消滅させることで相手の魂を得る、奪う、それが、魂を強くするのだと言われておるな。」
「じゃあ、シノは何で…」
「ふむ…。人とモンスター、モンスター間においても、種族によってその生態は様々。成長の仕方も大きく異なるゆえ、シノのレベル上昇についても一概には言えん。が、お前達スライムはそもそもが魔法生物、」
ブラウの言葉に、『モンスター図鑑』に載っていた情報を思い出す。スライムの本体である「核」は、魔力の塊。それを覆う庇護膜である粘性部分はおまけみたいなもので、実質、ほぼ魔力だけで成り立つ生物である、と―
「…ユージ、お前達が倒しておったという、モンスターとは何だ?」
「あ、え?レッドスネークとか、バブルフロッグとか、だな。」
「ふむ。弱小種ゆえ、魂の強さもほとんど持ち合わせぬ小物か。いくら狩ったとて、大した経験にはならんかっただろう。」
「…」
いや、マリカのスキルがなきゃ、毎回かなりヤバかったんだが、という事実は、虚しくなるので口にするのは止めておいた。
「むしろ、モンスターが多少なりとも有する魔力、死骸に残る残滓を吸収することでレベルが上がったと考える方が妥当であろう。」
「なるほど、な。」
だから、ひたすら虫を食っていた時期、自身のレベルアップが皆より多少、早かったのかもしれない。狩りを始めてからは、ほぼ同量の蛙や蛇を分担して吸収していたため成長に差異がなく、剣を食ったタイミングで同時にレベルアップした、と。
(…ん?あれ?じゃあ…)
人化により、毛穴まで完全再現出来ているのかもしれない。思い到った事実に嫌な汗が流れ始めた気がする。
「…あー、ブラウ、じゃあ、あの、カグサタスって剣、やっぱ、相当の…」
「過ぎたことだ。」
「…」
遠い眼差しのブラウ。纏う空気に、これ以上、突っ込んではならないということだけはヒシヒシと感じて口をつぐんだ。
やがて、どうにか立ち直ったらしいブラウが「街に帰る」というのを、洞窟の入口、シノと二人見送った。遠ざかる背中に、心中、手を合わせる。隣に並んだシノの頭の上にも、合掌の形をしたアートが乗っかっていた。




