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「シノ、我に頼みとは何だ?」
「あ、ブラウだ。来てくれたんだ、ありがとう。」
洞窟の中、暇を持て余してゴロゴロしてたら、前触れもなくいきなり目の前に現れた美少年。発声器官の無いスライムはお喋りが出来ないけれど、ノアのテイムを通して「魂の一部が繋がっている」らしいノアやブラウとは問題なく会話が出来る。端から見れば相手の独り言状態だけど、来てくれたことにお礼を言って、背後を振り返った。
どうやらブラウの存在に気づいたらしいユージーが、ニジニジとこちらへと近づいて来る。
「えーっと、用っていうのはね、」
隣に並んだユージーをうかがえば、
『取り敢えず、ブラウにどうやって「人の姿」をとっているのかを聞いてくれ。その方法がスライムにとって有効かも。』
『りょうかーい。』
黙って見下ろす無表情少年に視線を戻して、ユージーの言葉をそのまま伝えれば、ブラウの怪訝な表情。眉間にシワを寄せたまま、私とユージーを交互に眺めて、
「…それを知ってどうするつもりだ?」
「ん?私達も人の姿になるよ。それで、お引っ越ししようかと思ってる。ここにずっと居るのは危険だよねって話になったんだ。」
「…」
こちらの言葉に、沈思黙考始めてしまったブラウ。隣からはユージーの声。
『シノ、ブラウは何て?』
『えっとね、「何でそんなの知りたい?」って聞かれて、「人の姿になってここを出る」って答えたら、…ご覧の通りです。』
『悩んでんのか…?スライムじゃ、人になるのは難しいのかもな…』
ブラウの様子に自分まで黙り込んでしまったユージー。代わりに今度は、ブラウが口を開いた。
「シノ。」
「はい。」
「結論から言えば、我の人の姿、これは、竜族に伝わる人化の術を用いたものだ。」
「じゃあ、私達スライムには無理?」
「いや。竜族に伝わるとはいえ、他種族に扱えないわけではない。それ相応の魔力と、『人』に成り得るだけの知能を持てば、理論上は可能だ。」
「知能?」
「ああ。…人たる自身の身を想像し、人たる振る舞いが可能なほどの知能があれば、な。…通常、スライムにそこまでの知能はないゆえ、不可能だと言えるが。これだけの意思疎通が可能なお前達ならば、或いは…」
「ほほう?」
つまり、イケるってこと?ブラウの続きの言葉を待っているが、なかなか続きが出てこない。代わりに横から、
『…シノ、通訳。』
『あー、えっと。竜族の人化の術ってのがあって、他のモンスターも使えるらしいんだけど、魔力と知能が必要なんだって。』
『魔力と知能。魔力は…、正直、心許ないな。どれくらい必要なんだ?知能ってのは?人間レベルか?それとも、なんかもっと人外の知能でも求められてんのか?』
『えーっと、魔力はわかんない。知能は、「人間になった自分が想像できて、人間らしく振る舞えればオーケー」みたいな感じだった。』
『…よく、わかんねぇな。結局、俺達には無理なのか、そうじゃないのか…』
『私達ならイケるかもとは言ってたけど、って、あーもー!難しいな!』
(っていうか、通訳、面倒くさい!)
私に話のエッセンスを抽出して、話者の意図を上手に伝え、尚且つ、続くであろう質問を先んじて相手に提示するような高等技術、有るわけないじゃん?スライムだよ?
自分の無力を生まれ(スライム)のせいにして、内心ブチブチ言い訳してたら、いつの間にか、綺麗な碧の瞳に見つめられてた。
「シノ…。今回、お前達が冒険者に狙われたのは、ノアの存在に依るところが大きい。」
「へ?」
「テイマーとして名の知れたノアが、この場への立ち入りを禁じるようギルドに命じた。それが、『ノアがテイム狙いのモンスターを囲っている』という噂を呼び、鵜呑みにした者共が恣意的な行為に出た結果、お前達は死にかけたというわけだ。」
「…そう言えば、あの人達はどうなったの?襲ってきた人達。ノアが『仇は討った』って言ってたけど、何か罰とか受けた?」
「…お前達にとっては命に関わる災難だったが、ギルドの立ち入り禁止指示に逆らったからといって、その者達に罰則があるわけではない。被害も、たかがスライム数体の話ではあるしな。」
「そっか…。」
ムカつく話だけど、人間基準でいったらそういうことになるんだろう。腹立つなーって思ってたら、
「お前達に人化の術を授けよう。…ノアがかけた迷惑の詫び代わりにな。」
「詫びって…」
別にノアがきっかけかもしれないけれど、ノアが悪意を持ってしたことではないし、ノアに助けられたのも事実。だから、それは「詫び」られるようなことでもないんだけど。
それでも、一応、ユージーにも伝えて返事を聞こう、と振り向いたところで、ユージーが、ピシッて固まって、ブラウを凝視していた。
『ユージー?』
「シノ、おま、今の会話って…」
「え?」
何の話?って思ったら、
「シノ、今の『声』は隣のスライムか?」
って、ブラウも横からそんなこと言い出すから、ナンダナンダって混乱してたら、
「…俺にも、ブラウの言葉がわかんだよ…」
「え?」
「何か、突然、『ノアの詫び代わりだ』って話の辺りから、ブラウの言ってることがわかるようになって…」
「えー!?」
ビックリしてたら、ユージーが、グリンってブラウを振り返った。
「タイム!ちょっと、タイムだ!時間くれ!」
そう言って、私をグイグイ押して、壁際まで移動していく。
『スキル!お前、なんかスキル増えてねぇか!?』
『え?』
『俺のスキルは増えてねぇんだよ。なのに、急にアイツの言葉がわかるようになるとか、何かのスキルとしか考えられねぇだろ?』
超小声。潜めた声で焦ったみたいにそう言われたから、問答無用で鑑定される前にステータス画面を開いて、ユージーに送信した。
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スキル:おかん通訳
赤ちゃんの「マンマ」の意味を鋭い洞察力で察し、父ちゃんの「母さん、アレ」を長年の経験で理解する能力。異種族、異言語間の意思伝達を可能にする。
※おかんでも、たまに間違うやつ
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『…』
『いや、確かに、さっき、いちいち通訳するの面倒だなぁーとは思ったけど…』
『…使えるスキルではある、な。ただ、俺らだけの会話ってのが出来なくなるのはまずいか。話が筒抜けになんのは…。シノ、これ、オンオフ効くか?』
『オンオフ?どうやって?』
『わかんねぇが、「今は使いたくない」とか、「伝えたくない」とか考えて、』
『あ!出来たかも!?ステータス画面の字、黒くなったよ!』
『よし、助かったな。シノ、お前、それいつもは切るようにしておけよ?必要な時だけオンにするようにして、』
『忘れる。』
『は?』
『絶対、ひゃくぱー、消し忘れる自身がある。』
『…』
『ユージーが言って。オンにした後、絶対にオフにするように言って。毎回言って。』
『…』




