4-10 Side Y
朦朧としながらも覚醒し始めた意識。状況判断に記憶を探れば、浮かんでくる光景、洞窟の入口、怒りを露にした男が振り返り、
―ったく!ふざけんなよ!無駄足踏ませやがって!
何事かを叫んだ後、突如として放ったデカイ火の玉。止める間も無く、シノ達に警告を飛ばすことしか出来なかった。熱の塊が自身の身体を掠めていき、その一撫でで身体の半分以上が抉られた。核が無事だったのは、本当に運が良かっただけ。当たりどころが悪ければ、確実に即死だった。露出しかけた核を庇いながら、炎を追って洞窟の中へと這い戻り、目にしたのは―
その時の自分が、何を考えていたのかはわからない。死にかけのスライムに何が出来ると思っていたのか。
戻ったその場には、核が止まりかけたマリカの姿。
本当に何を考えていたのか―
わからない。わからないけれど、崩れかけの身体でマリカを覆って。ああ、死ぬんだと理解した。転生した割に、また大した人生じゃなかったなとか、スライムならこんなものかと思いながら。
そこで、意識が途切れた―
だからまあ、なんだ、つまり、それくらい壮絶な、「死」っていうのを意識して、終わったな、と思ったのだ。なのに、
(なんだ、これ…?)
「なんてことするの!ていうか、何を使ったの!?何の魔法!?何のスキル!?」
「…」
何で、シノが金髪野郎に怒鳴られてんだ―?
周りを見渡せば、マリカがヒナコに寄り添って、同じように困惑して二人を見ている。マリカ達が無事だったことに心底安堵して、そちらへと近づいた。
二人の無事を改めて確認してから、何があったのかを尋ねてみたが、首を振る答えが返ってくるばかり。どうやら二人にも何があったのかはわからないらしい。
「これ!?『この子のためなら死ねる』ってスキル!?…何これ、初めて見たな。ていうか、全体的に初めて見るスキルしかないんだけど。称号?スライムなのに、称号まで持ってるの?」
なんだ?シノを凝視してブツブツ言い始めた金髪男。近づくことはせずに、シノに背後から話しかける。
『…おい、シノ。これ、どういう状況だ?』
『テイムされました。ステータス覗かれてます。エクストラスキル使ったのバレて怒られてます。』
『は?』
直立不動?チラリとも振り返らずに、目の前の男を向いたまま早口で答えたシノ。
(…ビビってんのか?)
ビビってんだろうな。テイム済みということは、男との意志疎通が可能になったということ。男の怒気に満ちた言葉の意味がわかるからこそ、これだけ脅えているのだろう。言葉のわからない自分でさえ、これ以上は近づきたくないくらいなのだから。
「…ふーん?面白い子だなーとは思ってたけど。…何か、ゾクゾクしてきたなー。」
「!?」
笑顔の男の言葉に、シノが目に見えて震えだした。
『…シノ、通訳。』
『変態に目をつけられました!』
『…それは元からだろ。』
『なんか!もっと、粘着質に!』
(どんなだよ。)
心の中、思わず突っ込んでしまったが、
「…いい、シノ?今後、君の勝手は許さないよ?自爆なんて真似、二度とさせない。君はもう、僕のものなんだから。」
『!?』
粘着というか怒りというか、おっそろしい程の圧力。それだけで圧死しそうな男の空気。圧倒的な力の差が、主従を明確に分ける。
なのに―
男の足元、空気が抜けたみたいにシノが萎れていった瞬間、男の威圧が霧散した。
「…ちゃんと、わかった?」
「…わかりました。」
「じゃあ、」
「けど、私は、自由と権利を享受して生きてきた身だから、例え命の恩人相手とは言え、ノーの言えない人生は辛い、辛いなぁ。テイムされた身だから、ワガママ言えないってわかってるけど。わかってても。辛いなぁ…」
プルプルと、わかりやすく震えだしたシノに、男がデッカイため息をついた。
「はぁ、もう。…わかった、わかったから。」
男の言葉に、シノの震えが止まる。
「絶対に従えとは言わないよ。だけど出来るだけ、僕の命令、お願いは聞いて。」
「!」
一瞬で復活したシノ、男の言葉にウンウンと調子よく頷いていたが、
「ただし、さっきの自爆スキル、あれだけは、何があっても使っちゃ駄目。絶対に許さないから。」
「…」
急に頷くのを止めたシノに、男が、薄っすらと笑う―
「…そうだね?もし、君が約束を破ったら…」
「?」
「君の身体を○○にして、僕の○○を、」
「!?」
シノの手が、目視出来ないスピードで伸びた。男の口を押さえ込んだシノの、悲鳴に近い声、
『ユージー!?退避ー!退避ー!』
『あ?』
『変態!変態注意!ヒナちゃんに聞かせないで!連れてってー!』
何故か吹き出して大笑いし始めた金髪男と、男の息の音を止めにかかってるんじゃ?というレベルで男の口を塞ごうとするシノ。
本当に何なんだ。この、緊張感の欠片も残っていない状況―?




