4-7
ヒナちゃんを傷つけた大罪人との、一応の和解。一番の脅威だと思っていた存在が庇護者へと変化し、命懸けだと思っていた日常が、徐々に遠退いていく今日この頃。
ユージーとマリちゃんは相変わらず狩りを続けていたけど、二人の留守には庇護者という名の変態が居てくれたし、私は虫も蛙も食べるけど、庇護者の差し入れのおかげで、ヒナちゃんは毎日ちゃんと「ご飯」が食べれてる。
その差し入れのおかげで、ヒナちゃん以外の私達三人も少しはレベルが上がって、「このまま、レベル上限までいっちゃうかも?」なんてのんきな話をして。
だから、うん、慢心していたし、忘れていた。
自分達がどれほど弱く、他者の悪意の前に、簡単に散らされてしまう存在なのかということを―
「あん?何だよ、ただのスライムしかいねぇじゃねぇか。」
「ピンクスライムが珍しいっちゃ、珍しいっすけどね?」
突然の侵入者、あの二人の時と同じ。全く察知出来なかった状況に、ユージーが動いた。
「うぉっ!?何だ、こいつ!気色わりぃ!?」
「茶色のスライム?単眼?何かのキメラっすかね?」
「知らねぇよ!クッソ!鳥肌たったぜ!」
現れた、汚い格好の男が二人。男達がユージーの眼に気をとられている隙に、ヒナちゃんを包み込む。
『…シノ、こいつらも「鑑定」出来ねぇ。引き付けるから、ヒナコとマリカ連れて外に逃げろ。』
『…』
出来る?出来るだろうか?ユージーを置いて?
『…時間、稼ぐから。そろそろアイツが来る時間だろ?運が良けりゃ、会える。会えたら、何とかここまで引っ張ってこい。』
『…』
何か、無いだろうか。庇護者に危機を知らせる手段。
「ガルシアの変人野郎が大切に囲ってるっつうから、どんだけすげぇモンスターなのかと思いきや、ただのスライム!」
「一応、核でも持ち帰ります?わかんねーっすけど、高く売れるかもしんないっすよ?」
「あー。…もう、いい。要らねぇ。」
「え?帰るんすか?」
唐突に、背を向けて歩きだした背の高い男。それに続いてもう一人の男も―こちらを振り返りもせずに―立ち去っていく。その後ろ姿を、ただ唖然と見送って、
『…なに?帰った?助かったの?』
『…わかんねぇ。ヒナコ、あいつらなんて言ってた?』
『…「もう、いい、いらねぇ」って…』
『…どういう意味だ?』
ユージーにもさっぱりらしい状況に、包み込んでいたヒナちゃんをユルユルと解放していく。
『…わかんないけど、今のうちにあの人探しに行く?』
『待て。あいつらが本気で帰ったのか確認してくるから、ちょっとここで待ってろ。』
『…気をつけてね。』
男達の後を追って入口の方、カーブを曲がっていくユージーをじっと見送って暫く、まだ恐怖に震えてる核を意識して沈黙する中、
『っ!?避けろ!』
突如響いた、鋭い声。ユージーの必死な警告と同時、飛んできたのは巨大な炎の塊。
『っ!マリちゃん!隠れて!』
以前、ぶつけられたのとは、比べ物にならない大きさ。再び抱き込んだヒナちゃんを守るため、ギュッと全身に力を込めた。
目の前の壁、着弾した火が、燃えるものの無いはずの洞窟の内部を舐め尽くす。勢いを増し、轟々と燃え盛る炎に包まれて、逃げ場が無い。絶望的な状況に、近づいてきた弱々しい声。
『シノ…、マリカ、ヒナコは…?』
『…ユージー…、マリちゃんが…』
マリちゃんの反応が、返事がない。でも、微かに繋がる意識。大丈夫、まだ、生きてる。回復を、マリちゃんとユージーに。大丈夫。まだ、大丈夫。
『っ!』
溶けた身体が、ズルリと崩れ落ちる。
『…シノちゃん…』
『ヒナちゃん…』
身体の下から聞こえる小さな声。ごめんね、ごめんね。熱いよね?包み込みきれず、はみ出したヒナちゃんの傘が溶けてく。回復を―
『マリカ!?』
『っ!』
ユージーの声に、マリちゃんに視線を向ける。マリちゃんの、核が露出してる。回復が、全然追い付いてない。僅かに回復したユージーが覆い被さって、マリちゃんを守るけど、ユージーの身体も。回復を―
(っ!駄目だっ…)
魔力が尽きた。もう、皆に、皆を―
『シノ、ちゃん…』
『大丈夫、大丈夫だよ、ヒナちゃん。シノちゃんが、居るから、ね…?』
熱い熱い熱い。
必死に身体を伸ばす、ヒナちゃん、ヒナちゃんを、守らなきゃ。今度こそ、私が、絶対に―
薄れていく意識の中、微かに聞こえた気がした。
ムカついて、イライラさせられて、だけど今、この場面で、最高に安心出来る人の声。
(呼んでる…)
頼まれて、散々焦らしてやって、昨日初めて、呼ぶことを許してあげた、私の名前を、何度も、繰り返し呼び続ける―




