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あっさりと、抜き去りやがった。金髪が、私のディフェンスを―
『ユージー!抜かれたー!!ヒナちゃん守ってー!』
『…聞こえてる。』
大声でユージーに叫んでから、男を追いかける。身体の下、造った脚でモニョモニョモニョモニョ。
「あはははは!速い!スッゴい速い!何それ?本当、君、どうなってんの?」
『あ、くそ!』
男の前に出て、足を引っ掻ける作戦も、ヒョイッて簡単に避けられた。
「あー、いたいた、他の子達も。なんだか久しぶりだね?」
『ユージー!』
『…わかってる。』
ユージーが、ヒナちゃんを守るように前に。マリちゃんがその隣に。それを見た男が、スッゴい腹立つ顔して、
「ふーん?相変わらず、この子達に守らせてるんだ?」
『ヒナちゃーん!お兄さんの話聞いちゃダメだからねー!』
ヒナちゃんには、万が一金髪野郎が現れても絶対にしゃべっちゃダメだって言ってある。だから、イイコのヒナちゃんは返事をせずに黙ってるんだけど、傘の中でちゃんと耳塞いでくれてるかが心配。
男の前、ヒナちゃんとの間に回り込んで、ウニョンウニョンを練り上げていく。ただでさえ身体が減ってるから、あんまり複雑なのは作れない上に、威圧できるほど大きいのは無理。それでも何とか、頭の上、「人の手」を形作った。
迫力無いその手に、ただ、一念をこめて、
(帰れー!)
親指で洞窟の出口を指差し、広げた掌で、シッシッと追い払う。
「うわー、分かりやすい。帰れってこと?」
(ゴーホーム!)
「うーん。嫌われちゃったなー。」
言葉の調子と裏腹に、ニコニコ、キラキラの笑顔のまま、男がヒナちゃんを振り向いた。
「…ねえ、お前、」
『ヒナちゃんに話しかけないでよ!』
「この子、僕に頂戴?この子に、僕のものになるよう指示してよ。そしたら、まあ、お前の身の安全は保証してやる。」
「…ダメ。シノちゃんは、ヒナのお母さん…」
『ヒナちゃん!?』
背後から聞こえた、ヒナちゃんの小さな声にゾッとした。
知らない言葉で、ヒナちゃんがしゃべってる。私には意味のわからない言葉で、ヒナちゃんに悪意を持つ男と―
「…へぇ?お前が、この子を育ててるんだと思ってたけど、この子がお前を育てたの?』
『ヒナちゃん!ヒナちゃん!ダメ!もうしゃべっちゃダメ!聞いちゃダメ!』
「刷り込みかな?托卵?…まあ、『スライム擬き』の生態は、良くわかんないこと多いからなぁ…」
『帰って!帰って!帰って!』
ウニョンウニョンで金髪の足を思いっきり押しやれば、男が身を屈めて手を伸ばそうとしてくる。
「…この子にさ、僕が敵じゃないって説明しなよ。そうすれば、お前にも手は出さないから。」
『…シノちゃん、お兄さんが…』
『ヒナちゃーん!お兄さんのお話聞いちゃダメだって!』
『…うん、でも、仲直り?しようって。「てきじゃない」って…』
『はぁっ!?私のヒナちゃん泣かせやがっ、…ヒナちゃんに意地悪するような人とは仲良くしなくていいです!』
男の伸ばしてくる手を避けながら、ついうっかり吐きそうになった毒を飲み込む。
『…ヒナにもね、「てをださない」って…』
『っ!?いや、だとしても!』
男のその言葉が本当だとしても、心情的に―
『…シノ、ちょっと落ち着け。』
一瞬、迷ったら、いつかの反対みたい、ユージーに制止された。
『良く考えろ。俺らでこいつをどうこうするってのは無理だ。それは、こいつを殺さないって決めた時点で、わかってたことだろう?』
『っ!』
『それが今、向こうから歩み寄ろうとしてきてる。何でかは知らんが、必要もないのに下手に出てきてんのは間違いない。…これが俺達の力とかじゃなく、ただのラッキーだってのもわかるだろ?」
わかる。わかるよ?でも、
『妥協しろ。お前が腹立つのも当然だけど、優先すべきなのは、ヒナコの…、俺達の命なんだからな?』
『うー…』
本当に、
(理不尽、だよね…)
スライムって、弱いって、ままならない―
『…わかった。うん、ごめん。…ユージーの、言う通りだと思う。…ごめん』
頭に血が上ってた。目の前の男の脅威をわかってたのに油断して、ご飯くれるからって、攻撃されないからってナメきってた。みんなのことも、危険に晒すとこだった。
私達は弱者。この男は、圧倒的な強者だ―
(でも、それでも…)
ウニョンウニョンで押すのは止めたけど、男を睨むのは止められない。
「ん?僕が敵じゃないってわかってくれたのかな?じゃあ、触らせてくれる?」
『だが!その前にだ!』
「あれ?まだダメ?」
男の手は避けて、頭の上に再びウニョンウニョン。練り上げた右手の形で、男を指差し、
(お前は!)
次にヒナちゃんを指して、
(ヒナちゃんに!)
最後に人形を練り上げる。
(謝れ!!)
人形をペコペコペコペコ。
「…え?謝れ、ってこと…?」
何ならもう、土下座もさせる!
「え?…僕が?こいつに?」
(謝れー!!)
ペコペコペコペコペコペコペコペコ。
「っ、はぁー、わかった。わかったよ。謝ったら、触らせてくれるんだよね?」
(謝れー!!)
「はいはい。」
男がヒナちゃん向いて、
「…悪かったよ、ごめん。…はい、これでいい?」
『ヒナちゃん!ヒナちゃん!謝ってる?お兄さん、謝ってる?』
『…うん…』
『よし!』
じゃあ、まあ、態度は最悪だけど、一応、謝ったらしいから、私は許そう。謝られたからって、ヒナちゃんが男を許す必要はないが、私はヒナちゃんの保護者として、ここは折れるしかない。それなりに持ってはいる意地をぺしゃんこに押し潰されて、通したい筋なんて端から無視されたとしても、堪えるしかない。長いものには巻かれる。
(だって、)
守りたいものがあるからね。そのためなら、精神的に叩きのめされるくらい我慢する。ううん、違うな。例え、この身を犠牲にすることになったとしても―
「わー!やっぱり!この手触りは本当、なんて言うか、癖になるね!」
『…』
例え、この身を犠牲することになったとしても…
『…ヒナちゃん、それ美味しい?』
人の身体を好き勝手して悦に入る変態は視界に入れないようにして、男の差し入れを受け取ったヒナちゃんに声をかける。
男が持ってきた謎の物体は割れやすい蜂蜜?らしく、ユージーとマリちゃんは直飲み、男の説明を受けたヒナちゃんは何とか受け取ることが出来たんだけど、
『…うん。ベタベタするけど、甘いから美味しい…』
『ん、良かった。』
四苦八苦して食べるヒナちゃんの姿にホノボノする。可愛い。
その至福の一時も、
「あー!やっぱり、持って帰りたい!枕にしたい!」
『…』
人の身体をナデナデ、ムニムニする鬱陶しい変態のせいで、完全に台無し。




