表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/149

1-2



黄色のスライムが、微動だにしない。


これは、メチャクチャ見られてる、ってことかな?


『えっと、記憶…?』


『そうだ。何か、覚えてないか?お前、さっき、自分のこと「人間だと思った」って言ったよな?それは、何でだ?』


『え?』


何で?何でだろう?え?あれ?駄目だ。何にも、浮かばない。えっと、名前、名前が出てこない。歳、歳もダメだ。記憶?人間、だと思ったのは、えーっと、何だろう?生活?ご飯は、テーブルで、食べる。テレビも、見る。私、私は人間だから、でも――


『まあ、直ぐには思い出せないかもな。俺らも思い出すのに少し、時間かかったから。』


『「俺ら」?』


『ああ。俺も緑も、ここに来る前の記憶がある。…「人間だった」頃のな。』


『!』


記憶、あるんだ。二人は、「人間だった」記憶が。


『先に、俺らの話をする。水色も、話を聞いて何か思い出したら教えてくれ。』


『うん…』


『あーっと、そうだな。まず、俺のことから話すと、名前はハンダユウジ、年は三十三、会社員…だった。』


ユウジの目線、目は無いけどなんとなくの輪郭が、緑スライムを見る。緑スライムは岩の下で動かない。


『…そんで、緑のやつは、イデマリカ、高三だとさ。』


代わりにマリカの説明をしてくれたユウジが、ちょっと言いよどんで、


『あー、で、そっちのピンクの子は、実はまだ、コミュニケーション取れてない。』


『あれ?そうだったの?』


一緒にいるし、ユウジについて歩いてたから、てっきり、既にコミュニティが成り立っているのかと。


『言葉は理解してるみたいなんだが。…多分、俺が、恐がられてる。』


二人でジーッと、ピンクちゃんを見た。また背が低くなって大福みたいになってる。可愛い。


『えーっと?ピンクちゃん?』


取り敢えず、体色で呼んでみる。


『ピンクちゃんは、女の子?』


『…』


無言だった。無言だったけど、小さく頷いてくれた?かな?


『えっと、じゃあ、何歳かな?お名前は?』


『…マツヤマヒナコ、年長さん。』


『おー!年長さんかー!!』


教えてくれた名前と、何よりも年齢。思ってた以上にチビッ子だった。スライムとしてのサイズはみんな変わらないから、見た目で全然判断できない。声も、なんか、わかりにくいし。


『…年長って…幼稚園児かよ…』


ヒナちゃんの返事に、ユウジの声が動揺してるのがわかった。


『くそ。最悪だな。』


『…最悪って?何が?』


嫌な言葉だと思って問い質した私の発言は、サラッと流されて、


『…水色、お前、なんか思い出したか?自分のこととか、ここに来る前のこととか。』


『全っ然!』


『お前…思い出す努力しろよ。』


『わかった。』


ユウジがため息っぽいのをついてるけど、こっちだって、思い出せるなら思い出したい。だけど、自分のことってどうやったら思い出せるのか。ヒントが、ヒントが欲しい。


『あーまー、水色、お前は思い出しながらでいいから、聞いてくれ。他に俺達が覚えてたのは、ここに来る直前、「バスに乗ってた」ってことだ。』


『…バス?』


『そうだ。路線バス。太山(おおやま)駅から、端田団地行きの。』


いかん。全く、ピンとこない。バス自体はわかる。内装のイメージもあるから、多分、乗ったこともある。なのに、具体的な地名は出てこない。


『俺は会社に行くところ、マリカは学校行くところ、だったらしい。…その子、ヒナコは幼稚園?にでも行くとこだったのかもな。』


『ヒナちゃん、そうだった?幼稚園行くとこだった?』


ヒナちゃんが、プルプル横に震えた。


『…バスには乗ってたの?』


ヒナちゃんが、ウンウン縦に揺れた。


うーん。園に行くところではなかったけど、バスには乗ってた、と。


『まあとにかく、そこまでは、俺もはっきり覚えてんだよ。いつもみたいに駅からバス乗って、席見つけて座って、スマホ触りながらちょっとウトウトしたかなって。で、気がついたらここにいた。』


『…』


それは、とても唐突な気がするんだけど。そこから、ここに来るまでの間が何もない。


『マリカも。そんな感じ、なんだよな?』


『…一番後ろの席。駅から友達と座って、次、高校前だから降りなきゃって思ったのまで覚えてる。』


『…高校前か。坂登ったとこの?』


『そう…』


『ああ、まあ、確かにその辺走ってた、気はするな…』


なるほど。少なくとも二人は、多分、同じバスに乗っていて、気がついたらここに居たと。後は、ヒナちゃんが何か覚えているか、だけど―


『…正直、俺達に何が起こったのかは全くわからん。だけど、まあ、この状況からして、俺達は一度死んでしまったんじゃないかって思ってる。…で、この場所にスライムとして生まれ変わった…』


『…』


そう、なるのかなぁ?なんて、のんきに思えるのは、私自身には実感がないから。何しろ、惜しむべき過去、記憶がない。


ユウジがヒナちゃんをじっと見てる。ヒナちゃんの、反応をうかがうみたいに。それから、気持ち、視線を逸らして―


(ああ、そうか…)


ヒナちゃんも、ここにいるってことは、うん、そうか、そういうことか。ヒナちゃんも、死んだことになるのか、こんな小さい子が。


そうか、それは、確かに、うん、


(『最悪』、だ。)


自分が死んだとか何とかよりも、ずっと。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ