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黄色のスライムが、微動だにしない。
これは、メチャクチャ見られてる、ってことかな?
『えっと、記憶…?』
『そうだ。何か、覚えてないか?お前、さっき、自分のこと「人間だと思った」って言ったよな?それは、何でだ?』
『え?』
何で?何でだろう?え?あれ?駄目だ。何にも、浮かばない。えっと、名前、名前が出てこない。歳、歳もダメだ。記憶?人間、だと思ったのは、えーっと、何だろう?生活?ご飯は、テーブルで、食べる。テレビも、見る。私、私は人間だから、でも――
『まあ、直ぐには思い出せないかもな。俺らも思い出すのに少し、時間かかったから。』
『「俺ら」?』
『ああ。俺も緑も、ここに来る前の記憶がある。…「人間だった」頃のな。』
『!』
記憶、あるんだ。二人は、「人間だった」記憶が。
『先に、俺らの話をする。水色も、話を聞いて何か思い出したら教えてくれ。』
『うん…』
『あーっと、そうだな。まず、俺のことから話すと、名前はハンダユウジ、年は三十三、会社員…だった。』
ユウジの目線、目は無いけどなんとなくの輪郭が、緑スライムを見る。緑スライムは岩の下で動かない。
『…そんで、緑のやつは、イデマリカ、高三だとさ。』
代わりにマリカの説明をしてくれたユウジが、ちょっと言いよどんで、
『あー、で、そっちのピンクの子は、実はまだ、コミュニケーション取れてない。』
『あれ?そうだったの?』
一緒にいるし、ユウジについて歩いてたから、てっきり、既にコミュニティが成り立っているのかと。
『言葉は理解してるみたいなんだが。…多分、俺が、恐がられてる。』
二人でジーッと、ピンクちゃんを見た。また背が低くなって大福みたいになってる。可愛い。
『えーっと?ピンクちゃん?』
取り敢えず、体色で呼んでみる。
『ピンクちゃんは、女の子?』
『…』
無言だった。無言だったけど、小さく頷いてくれた?かな?
『えっと、じゃあ、何歳かな?お名前は?』
『…マツヤマヒナコ、年長さん。』
『おー!年長さんかー!!』
教えてくれた名前と、何よりも年齢。思ってた以上にチビッ子だった。スライムとしてのサイズはみんな変わらないから、見た目で全然判断できない。声も、なんか、わかりにくいし。
『…年長って…幼稚園児かよ…』
ヒナちゃんの返事に、ユウジの声が動揺してるのがわかった。
『くそ。最悪だな。』
『…最悪って?何が?』
嫌な言葉だと思って問い質した私の発言は、サラッと流されて、
『…水色、お前、なんか思い出したか?自分のこととか、ここに来る前のこととか。』
『全っ然!』
『お前…思い出す努力しろよ。』
『わかった。』
ユウジがため息っぽいのをついてるけど、こっちだって、思い出せるなら思い出したい。だけど、自分のことってどうやったら思い出せるのか。ヒントが、ヒントが欲しい。
『あーまー、水色、お前は思い出しながらでいいから、聞いてくれ。他に俺達が覚えてたのは、ここに来る直前、「バスに乗ってた」ってことだ。』
『…バス?』
『そうだ。路線バス。太山駅から、端田団地行きの。』
いかん。全く、ピンとこない。バス自体はわかる。内装のイメージもあるから、多分、乗ったこともある。なのに、具体的な地名は出てこない。
『俺は会社に行くところ、マリカは学校行くところ、だったらしい。…その子、ヒナコは幼稚園?にでも行くとこだったのかもな。』
『ヒナちゃん、そうだった?幼稚園行くとこだった?』
ヒナちゃんが、プルプル横に震えた。
『…バスには乗ってたの?』
ヒナちゃんが、ウンウン縦に揺れた。
うーん。園に行くところではなかったけど、バスには乗ってた、と。
『まあとにかく、そこまでは、俺もはっきり覚えてんだよ。いつもみたいに駅からバス乗って、席見つけて座って、スマホ触りながらちょっとウトウトしたかなって。で、気がついたらここにいた。』
『…』
それは、とても唐突な気がするんだけど。そこから、ここに来るまでの間が何もない。
『マリカも。そんな感じ、なんだよな?』
『…一番後ろの席。駅から友達と座って、次、高校前だから降りなきゃって思ったのまで覚えてる。』
『…高校前か。坂登ったとこの?』
『そう…』
『ああ、まあ、確かにその辺走ってた、気はするな…』
なるほど。少なくとも二人は、多分、同じバスに乗っていて、気がついたらここに居たと。後は、ヒナちゃんが何か覚えているか、だけど―
『…正直、俺達に何が起こったのかは全くわからん。だけど、まあ、この状況からして、俺達は一度死んでしまったんじゃないかって思ってる。…で、この場所にスライムとして生まれ変わった…』
『…』
そう、なるのかなぁ?なんて、のんきに思えるのは、私自身には実感がないから。何しろ、惜しむべき過去、記憶がない。
ユウジがヒナちゃんをじっと見てる。ヒナちゃんの、反応をうかがうみたいに。それから、気持ち、視線を逸らして―
(ああ、そうか…)
ヒナちゃんも、ここにいるってことは、うん、そうか、そういうことか。ヒナちゃんも、死んだことになるのか、こんな小さい子が。
そうか、それは、確かに、うん、
(『最悪』、だ。)
自分が死んだとか何とかよりも、ずっと。