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カイダルという男の経営するホアンセット商会─
聞けば誰もが知るその店に、男の要求通りに単身乗り込めば、案内されたのは店の地下。灯りの乏しい薄暗がりの部屋の中に、男は居た。
「…ようこそ、お待ちして、」
「ヒナちゃんはどこ?」
周囲を見回す。仕事部屋のようなそこに居たのは男一人。こちらの背後には、ここまで案内してきた店の従業員、というにはガタイの良すぎる男五人が、退路を塞ぐようにして立っている。
「さっさと、ヒナちゃんを返して。」
「…そう、焦らずとも。ご安心下さい。彼女は別の部屋ですが、大人しく眠っています。」
「あなた、何がしたいの?何が目的?」
「そう、ですね。私はただ、ビジネスをしているだけ、なのですが。」
「ビジネス…?」
「ええ。…あなたが大人しく捕まって下さるというのなら、彼女は直ぐにでもお返しします。私が欲しいのは、あなた、なので。」
男の口元に張り付いたような薄い笑み。無性に腹が立つ。男にも、ヒナちゃんを危険に晒している自分自身にも。
「…捕まえて、私をどうするつもりなの?」
「ビジネス、ですよ。どんな世界にも好事家というのは居るものでしてね。…居るんですよ、モンスターをそういう目的で飼う奴らが。」
「下種野郎…」
吐き捨てた言葉に、男が肩をすくめて見せる。
「あの、ヒナコという娘も、なかなかの容姿ですからね。いい商品になると思ったのですが…」
「っ!?」
おぞましい言葉、吐き気がする、全身が震える─
「ヒナちゃんに、何したのっ…!?」
「あなたが心配なさるようなことはしていませんよ?擬態、というのでしょうか?スライムに似せたあの軟体部分を脱がせようとしたのですが、」
「っ!?最っ低のクズ!!ヒナちゃんにっ!ヒナちゃんにっ!!」
怒りと恐怖で訳がわからなくなる。あれほど、あれほど、嫌がっていたのに、怖がっていたのに。その擬態を、こいつは無理やり、ああ、違う、私がヒナちゃんを一人にしたから─
「シノさん、そんなにお怒りにならないで下さい。」
「ふざけんなっ!!」
「落ち着いて下さい。一度、脱がせはしたのですがね?脱がせた途端に弱ってしまいまして。あれでは商品になりません。残念ですが、元に戻して部屋に入れてあります。」
部屋の中、自分の荒い息が聞こえる。駄目だ。感情が上手くコントロール出来てない。頭の中が真っ赤に染まる。手が震える。憎くて、絶対に許せなくて─
「後は、あなたの決断次第。…と言いましても、ここに来られた以上、逃がすわけもありませんが。」
(ああ、もういい、無理だ。…さっさと、全員、)
お休みなさい─
部屋の中、意識を失った男達が、倒れ込む音が響いた。けれど、響いた音は五人分、目の前、笑みを崩さない男だけは平然と構えたまま。
「なるほど…。やはり、子どもといえど冒険者。ただの子どもが一人で旅など出来るはずもないですからね。」
「…」
「しかも、あなたは元人間、ただのスライムではない。ですが、どうします?私には、あなたの力は効かないようですよ?」
ギリギリと奥歯が鳴る。泰然と笑う男をここでどうにかしなければ、ヒナちゃんが。
覚悟を決めようとした、その一瞬、男の口角が揶揄するように歪んだ。
「…そう言えば、店であなたに奢って頂いた食事。」
その目が、愉悦を乗せて、煌めく─
「あなた、アレをあの娘に食べさせようとしていたんですよね?」
「っ!?」
「気になっていたんですよ、ずっと。どうして、最後まで食べさせなかったんです?…彼女に気づかれて、拒否でもされましたか?」
「…」
「それとも、元は人間とは言え、やはり、無理でしたか?…同族を食べさせるというのは。」




