3-11
『…うーん、なんだろう?珍味ってやつだね。…でも、美味しそうだよ?』
『ヒナ、サーモンがいい!』
『あー、サーモンねー。お刺身盛合せには乗ってなかったんだよねぇ。』
笑って、もう一度、もう一度だけ、自信が無くて、つまりそれは、自分でも間違ってるって分かってる最低行為を繰り返そうとして、だけど、
ヒナちゃんが─
『あのね?でもね、サーモン無くてもいいの。ヒナ、シノちゃんとご飯食べるのが好きだから!』
『…』
ヒナちゃんの弾む声、楽しくて、たまらないって感じの。
『シノちゃんと食べるご飯、なんでも美味しいから好き!』
『…シノちゃんも、ヒナちゃんとご飯、好きだよー。』
『うん!ヒナがヒナでも、シノちゃんと一緒に食べれるんだよね!』
『…』
『モモ、美味しかったね!お刺身も、美味しい!』
『…だねぇー。』
ヒナちゃんがヒナちゃんでも─
(…ああ、うん、そうだ。本当、そうだよね…)
目の前、楽しそうに小さく揺れるピンクのヒナちゃんを眺める。スライムの傘を着たレベル1のモンスター。一緒のご飯を食べてもレベルが上がらない、どころか、身長さえも変わらない、ずっとずっと、半年以上、成長しないままの姿の─
(…もしも、ヒナちゃんがこのままずっと…)
想像したら、いてもたっても居られなくなるような焦燥。この子のために、自分がすべきこと、してあげられること。何が正解で、何が間違いなのか。私の育て方じゃ、ヒナちゃんは成長しない?ずっとこのまま?
この子が成長するため、この世界で生きていくためには─
(…そう、思ったのに。だから、…絶対、必要だって思って…)
『…シノちゃん?…どうしたの?』
『っ!ごめん!ごめんね、ヒナちゃん!』
(あー、もう、私、最低。本当、最低。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。)
『シノちゃん…?泣いてるの?』
『ううん!大丈夫大丈夫!ちょっと、これ、ワサビみたいなのが辛すぎたんだよ!辛くて涙出たー!』
『!?シノちゃん大丈夫!?』
『大丈夫ー、びっくりしただけー!』
独り善がりで自分勝手な希望をヒナちゃんに押し付けて。
ユージーやマリちゃんに迷惑かけた上に、ヒナちゃん危険に晒してこんなとこまで連れて来ちゃって。
それで、結局─
(徹しきれない、貫けないで、全部、中途半端なまま…)
あまりの不甲斐なさに心底自分が嫌になる。情けなくボロボロ流れる涙に、ヒナちゃんがますます心配そうにしている。それに、「大丈夫大丈夫」と笑って、涙をぬぐった。
(私はスライム。こんなのは、見せかけの、本当の涙、「悲しい」じゃないから…)
『っ!よーし!シノちゃん、他のお魚も食べてみようかなー!』
『ヒナも!ヒナ、さっきのと同じの食べる!』
『あー、さっきの、タイ?みたいなのね?美味しかったもんねー!』
『うん。』
笑って、食べて、結局、デザートまで追加注文して。
お腹いっぱい、幸せーってなったところで、カイダルさんが部屋に戻ってきた。幸せに溶ける美少女とスライムを目にした彼は、ホッとしたように笑っている。
「…どうやら、お口に合ったようで、良かったです。」
「はい、美味しかったです!すみません、色々良くして頂いて、ありがとうございました。」
「いえいえ。」
「あー、それでですね、実はもう一つお願いが…」
優しいお兄ちゃんなカイダルさんに、つけこんでみる。
「…実は、これだけ食べきれなくて、あの、手はつけてないんで、良かったら、その、食べてもらえると非常に助かるんですが…」
差し出したのは小鉢の皿。すっかり冷めきった料理を人に勧めることに抵抗はあるけれど、このまま残す、というのも後味が悪すぎて、お願いしてみる。
「…いいんですか?好物なので、頂けるならありがたく頂きますが。」
「ありがとうございます!」
どこまで本音で、どこまで気遣いなのか、判別の難しい笑顔にお礼を言って頭を下げた。料理を口に運ぶカイダルさん、無感情に、彼が食事を終えるのを見守る。
「…そう言えば、シノさんは今日の宿、泊まる場所はお決まりですか?」
「あ、そう言えば、まだ。」
「…これも、良ければ、なのですが、知り合いの宿を紹介しましょうか?」
「え?いや、でも流石にそこまでしてもらうのは…」
「いえ、それこそ、これは私のお節介なので気にしないで頂きたいのですが、その、この街でスライム連れで泊まれるところとなると…」
「…」
ヒナちゃんを気にして言葉を濁したカイダルさん、その言葉の先を察して、彼の好意を素直に受け入れることにする。
「すみません、では、お願いしてもいいですか?」
「ええ。本当に、気にしないでくださいね?それこそ、これのお礼だとでも思ってくだされば。」
そう言って、手にした小鉢を差し示すカイダルさんに、笑顔は返せなかった。
結局、そのまま、カイダルさんには「顔見知りの宿」にまで案内してもらい、更に多少の無理を通してもらって、ヒナちゃんを部屋に入れる許可までもらった。なんと、この街でのモンスターは馬なんかと同じ扱い。宿の部屋に入れるものではなく、小屋にまとめて預かるのだと、その時初めて聞いてゾッとした。
カイダルさんには何度もお礼を言い、「気にしないで」と去っていく彼の背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
借りた部屋の中、ヒナちゃんと二人、ベッドに寝転んでホッと一息つく。一息ついて、浮かぶのはユージーとマリちゃんの顔。
(…あー、あと、ノアとブラウも。怒ってるかなぁ。)
勝手に出てきたこと。それで言うなら、ユージ―辺りは確実に怒ってるんだろうけど。
『…ヒナちゃん。』
『?』
『…お刺身も食べたしさぁ、そろそろ帰ろうか?』
みんなのところに─




