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結局、悲壮な顔が戻らなくなってしまったチャールズさんとマディさん。妊婦さんにそれは良くないですよ、そういう時は肉、取り敢えず肉です、と熊鍋を提案し、提案してからハタと気づいた。というか、困った。
「…そうだった、お前はロックベア、時価三十万の魔石を持つ熊…」
家の前に放置していた巨体の前で腕を組み、見下ろす。
「…だけど、三十万を前に私は無力、あまりにも無力。」
過去、何度か対峙した三十万は、全てパラドスの査定所で出会ったもの。
(ノアが狩りまくって、保存魔法かけて納品してったロックベア…)
その内の一つは、リドのせいで私達が美味しく頂いたけれど、その他はおやっさんが綺麗に処理していくのを横で眺めていただけ。私は、「素人が下手に手を出すな」っていう忠告を、ほーん?へー?と聞き流していただけのスライム。
(っ!こんなことならもっとちゃんと、真面目に見とくんだった!)
おやっさんの作業は、門前どころか、かぶりつきで見てたけど、習わぬ教は読めないタイプのスライムにいきなりの実践は無理。
「うっ、うっ、三十万…」
結果、半泣きになりながら、魔石はスタッフとして美味しく頂きました。おかげでレベルが15になったことだけが救い。
それから、その夜、私達は、初めて四人で同じテーブルを囲むことになった。テーブルどころか、同じ鍋の飯を食うってやつで、スライムが椅子に座る姿をニコニコ笑って歓迎してくれたチャールズさん達。正直、私には良く分からない味の感想を言い合って、ヒナちゃんがミムを美味しい美味しいって、三個も食べて。
なんだか、凄く凄く、満たされた食卓だった─
「…それじゃあ、私達はこれからギルドに向かうので。」
「うん。じゃあ、ここまでだね。…気をつけて行くんだよ、二人とも。」
「はい。…マディさんも、元気な赤ちゃん、産んで下さいね。」
「ええ、ありがとう!」
「…」
普段は山に居ないはずのロックベアが出没したことで、マディさんも急遽、予定を前倒しして、私達と一緒に山を下りることになった。元々、出産日が近くなれば、町に下りて出産に備えるつもりだったらしいけれど、町に居てくれる方が私も安心。体調のこともあるし、是非、バーの側、サイドバーで居て欲しい。
「それじゃ、ね!」
「はい。」
「また遊びに来てね?」
「はい!」
二人にブンブン手を振って、ギルドに向かって歩き出す。これから、チャールズさんの依頼完了を報告して、屋台かどこかでランチを買って、それから、のんびりしちゃった分、速度強化しまくって、それで、それでもひと月、ひと月で帰れる、だろうか─?
「…ヒナちゃん!まいて行きます!我々、ちょっと時間が押している気がしてきたので、まいて行きます!」
「まくの?」
「そう!グルグルよグルグル!」
「わかった!」
「わかっちゃったか!?」
取り敢えず、まくのは町の外に出てから。ギルドに向かって、スライム連れの美少女なりの精一杯で急いだ。たどり着いたギルド、前回、冒険者登録の際にお世話になったお姉さんを見つけ、依頼完了報告をしようと近づいたところで、あちらもこちらに気づいたらしく─
「あ!あなた!良かった!探してたのよ!」
「っ!?」
家出スライムとしては身に覚えのあり過ぎるワード、「探してた」。一瞬、本当、一瞬だけ、お姉さんの迷惑も顧みず逃げ出そうかと思ったけれど、
「あなたよね?六日前、盗賊二名の捕縛報告してくれたのって?」
「…盗賊。」
なんか、そう言えば、そんなことがあったような、気がする。もう、顔も覚えていないおっさんズに、ここまでの道を教えてもらったような?
「あの二人、賞金首だったのよ。あなたに報奨金が出てるわ。」
「!」
報奨金。それは、貧乏旅行中のスライムにはとても有難いワード。その響きに負けて、フラフラ―っとカウンターに引き寄せられた。
「えーっと、ちょっと待ってね。あー、あった、これね、報奨金。へぇ、凄い!二人合わせて三十万レンですって。」
「三十っ!?」
捨てる三十万あれば、拾う三十万あり!
思わぬ収入にテンションが上がった。これで旅費の心配無しに、目的地まで行くことができる。
「あざーっす!!」
「ふふ、良かったわねぇ。」
ニコニコなお姉さんが、チャールズさんの依頼分の報酬と合わせて、三十五万レンの清算をしてくれた。それを押し頂いて、ギルドを出、急ぎ足で市場へと向かう。
(ランチ、ランチ。シルシル鳥の丸焼き、は流石に無理でも、欠片でも入ってるようなサンドイッチとか。…後は、ロープも買い直さないと。)
懐の大金にソワソワしながら旅支度を済ませ、いよいよ町の外。次の町への街道に立って、速度強化をかける。
「よーし!じゃあ、ヒナちゃん、出発します!」
「はい!」
ヒナちゃんの元気いっぱいの声に合わせて歩き出す。
目指すは─




