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「あー、すみません。非常に申し訳ないんですけど、夕食は部屋でもらってもいいですか?」
「え?そんな、遠慮しないでいいんだよ?僕たちと一緒に食べようよ。」
収穫したミムを台車で運んで母屋へ帰った頃にはかなりいい時間、夕食の時間になっていた。朝の内にチャールズさんが作っておいたという食事を「一緒に食べよう」と誘われたのだけれど─
「ありがとうございます。お気持ちは本当に嬉しいんですけど、あの、この子、…ヒナちゃんって言う私の相棒なんですけど、人見知りというか、知らない人の前では中々、食事を取りづらい子でして…」
「ああ。そうなんだ。…テイムモンスターも色々なんだねぇ。…シノちゃんは、その子、ヒナちゃんと一緒に食べたいんだね?僕らに遠慮してるとかじゃなく?」
「はい!そうなんです。すみません、折角、誘って頂いてるのに。」
「いやいや、それは気にしないで。君たちの過ごしやすいように過ごして欲しいからね。」
もう一度チャールズさんにお礼を、マディさんにごめんなさいを言ってから、二人分の食事を頂いて部屋へと引っ込んだ。
(…わざわざヒナちゃんの分まで、一人分多く用意してくれるなんて…)
チャールズさん達がギルドに依頼していたお手伝いは一人だけ。ヒナちゃんを連れてきたのは完全なこちらの勝手にも関わらず、二人分の食事が当然のように用意されていた。足りない分は、スライムに戻って現地調達すればいいやーと軽く考えていたから、こういう風にヒナちゃんと二人で普通に食事が出来るのは、うん、凄く嬉しい。
『ヒナちゃーん!シチューだよ、シチュー、美味しそう!』
『…ニンジン、入ってる?』
『あれ?ヒナちゃん、人参苦手?』
『…』
『あ!でも、ラッキーだよ。人参らしきものは入ってない!』
その代わり、こちらの世界の人参枠が入っていても、私にはわからないんだけど。
『はい!それでは、チャールズさんに感謝しつついただきましょう。いただきます!』
『いただきます!』
お皿と─なぜか、ヒナちゃん分もあった─スプーンが、ヒナちゃんの傘の中に消えていく。それを眺めつつ、やっぱり、思ってしまう。
(…皆でご飯とかも、楽しそうなんだけどなぁ…)
これも、いつかはヒナちゃんに傘を脱いで貰いたい理由。私の三大欲求の一つでもある「人目を憚らずにヒナちゃんに食事をさせたい」欲求。ヒナちゃんには「人」と同じ食卓を、それも、出来れば皆で、楽しく。そういうのを味わって欲しいと思っている。
ヒナちゃんとは味覚の異なるスライム以外の、同じ感覚を共有できる人達とも─
(けど、焦っちゃだめ焦っちゃだめ。)
どうやら、私の思いはヒナちゃんのプレッシャーになりがちだと気づいたので、まずはヒナちゃんがもっとこう、のびのびと、我儘も言えるくらいになればいい。
(それでいくと、人参はいい傾向。)
「嫌だ」とも「食べたくない」とも言わなかったけど、人参が嫌いだという感情をチョロッとだけ見せてくれたヒナちゃん。この調子で、もっとヒナちゃんの「我儘」が見たいなぁなんて考えてたら、「ココン」というノックの音がした。
「はーい!」
応えて、扉を開ければ、
「シノちゃん、あ、あとヒナちゃんも、これ、良かったら食べる?」
「え?わ!ミムだ!え?いいんですか?」
「うん。ちょっと熟成進んでて売り物にはならない分だから。痛んでるところは取ってあるから、食べて食べて。」
「わー!凄い!凄い嬉しいです!やったー!」
「ハハッ。そこまで喜んでもらえると、僕も生産者として嬉しいなぁ。」
そう言って、チャールズさんはニコニコしたまま、お皿一杯のカット済みミムを渡して部屋を出て行った。
『ヒナちゃん!見て見て!ミムがいっぱい!凄い!食べ放題!』
『甘い匂いがする。』
『本当だね!甘味だ甘味!三食寝床つきプラスデザート!しかも、綺麗なくし形切り!』
料理もこなすチャールズさんのポテンシャルの高さ。
ヒナちゃんと二人で、「もうお腹いっぱーい」「幸せで満腹ー」ってなるまでミムをほうばった後、空いたお皿をキッチンに下げに行く。皿洗いまでこなしていたチャールズさんを手伝ってお皿を洗い、「お休みなさい、また明日」をしてから、カウチに眠るマディさんにそっと近づいた。
(うー、まだ顔色悪い気がする。)
これだけお腹が大きくなった後でも、ご飯をまともに食べれていないというマディさん。よく、わからないけれど、やっぱり、顔色が悪いのは怖いから、もう一回、こっそり、アディさんにご飯とおやつを食べさせといた。今度は結構、がっつりと。
(だ、大丈夫!私のご飯とおやつはノンカロリーだから!)
ちょっとだけ、ほんとちょっとだけ、マディさんの顔色も良くなった気がするし─
「おはようございまーす!」
「おはよう、シノちゃん、朝から元気ねー。」
「あ!マディさん、おはようございます!今日は起きれるんですか、って、私がします!私が!」
「え、でも…」
「いやいやいや、お鍋はやめて下さい、お鍋は!」
しかも寸胴サイズのお鍋を抱えようとしたマディさんからお鍋を奪いつつ、彼女の保護責任者の居場所を確かめる。
「マディさん、チャールズさんは?」
「チャールズは町にミムを卸しに行ってるわ。」
「え!?こんな朝早くから!?」
「出かけたのはもう少し前よ。…ソロソロ帰ってくるんじゃないかしら?」
マディさんの言葉に思わず時計を探して、無かったことに気づいて、窓の外を見る。まだ、日が昇ったばかり、私が寝坊したわけではないはず。裏庭で飼われているらしいクックドゥドゥルドゥー的な泣き声と一緒に起床したので間違いない。
「…言ってくれれば…」
「ああ、良いのよ。台車一台引いていくだけだし、毎年、町への卸しはチャールズが一人でやってるんだから。」
「そう、なんですか?」
気を遣ってくれているのかもしれないけれど、「本当だから、気にしないで」と笑ってくれるマディさんのお言葉に甘えて、今日はマディさんお手製だという朝食サンドイッチを受け取った。
「今日は、本当に久しぶりに体調がいいの。お昼も私が作るから、期待していてね?」
その、茶目っ気たっぷりの若奥様の笑顔が嬉しくて、部屋に戻る直前、また勝手に、マディさんにご飯とおやつを食べさせとく。
そして、それから数日はもう、マディさんと顔を合わせる度、三食おやつくらいの勢いで回復しまくっといたけど、マディさんが横に成長することは無かったので、私はノットギルティ。




