2-2 Side Y
元々、追い詰められてってのは、好きじゃない。下調べは確実にしておきたいし、ラスボス前にレベルはマックスまで上げておきたい。レベル2のスライムなんて馬車に放り込んでおくし、レベリングしたけりゃ、周りをしっかり固めてから。間違っても、レベル1のスライムと二人パーティーなんか組ませない。
ましてや、
『…マリカ、ヤバそうだと思ったら、俺置いて逃げろよ。』
『…当たり前、そうする。』
こちらを「かばう」可能性ゼロの相手となんて―
最近では「家」だと思うようになった洞窟を出て暫く、後をついてくるマリカと黙々と進む。この辺までは前回来たなと見覚えのあった草むらが途切れる。ここから先は乱立する木々、雑木林と言っていいのか、スライムの視界的には、それなりの森が広がっている。その分、下生えの草は背が低く、身体が完全に露出してしまう。
『…まあ、保護色か?』
『なに?』
気づけば黄から茶に変化していた自分の体色。地表を這う虫だけでなく、地中に潜む虫を土ごと食らっていたのがまずかったか?だけど、まあ、派手な黄色よりは生きやすくなった。元々、緑のマリカは、言わずもがな。
『…森に、入るの?』
『ああ。ヒナコが食えるものって言ったら、木の実とか、そのあたりだろう?』
手足の無い厄介な身体。使える能力も、「鑑定」なんて言う、スライムではもて余すしかないような微妙なスキル。現状、食い物の選別にしか役に立っていない。初歩でも、火魔法の一つでも使えた方がよっぽどマシだった。
それでもまだ「鑑定」はチートだと信じているから発狂せずにいられるが。それに、「第三の目」なんて、クソ使いづらい能力も―
『レベル上がって、「探知」が使えるようになったんだよ。これで「果物」指定すりゃあ、目的地が絞れるから、長時間ウロウロする必要はなくなる。』
『…うん。』
『ただな…』
流石は、最弱底辺モンスターとして定評のあるスライムと言うべきか。
『俺のステータス、送り直すから確認してくれ。…レベルアップで増加したHPが10、MPにいたっては5しかないんだよ。』
『ショボい…』
『おう。スライムだからな。てか、お前も同じだからな?』
『…』
『MPの自然回復に十五分。三十分以上うろつくつもりはないから、「探知」を一秒刻みでやっても、十一回、やれるかどうか。』
それで食い物が見つかるかどうかは、賭け。
『ああ、あと、「探知」も発動条件が「開眼」だからな。俺が眼ぇ、開いてんのは我慢しろ。』
『…わかった。』
マリカは俺の「眼」に、シノほどギャアギャア言わない。俺も、自分では見えないから良いものの、画像で見た時には本気でひいたから、そこは本当に助かる。
『…慣れれば「敵」も探知出来るのかもしれねぇけど、今んとこ、「生き物」は無理っぽいんだよな。お前らや虫は「探知」出来なかったから。』
『…敵、出てきたらどうするの?』
『洞窟の虫が元の世界と同じくらいだとしたら、俺達が中型犬?くらいか?』
『ユージはもう大型犬くらいあるよ。』
『そうか?まあ、犬くらいだとして、犬を捕食するような肉食獣サイズの生き物が出てきたら、速攻逃げる。あと、蛇とか蛙とか、毒持ってそうなのは鑑定しない限りは近づかない。』
『うん…。』
『後は、見たことないようなモンスターはもう、どうしようもねぇだろうな。出たとこ勝負だけど、基本は逃げ、だな。』
『わかった。』
『よし、んじゃ、始めるか。』
言って、スキルを発動する。使うのは一瞬―
(『開眼』、『探知』)
ほとんど変わらない視界、森の右奥から、僅かに感じられた気配。
『…ちょっと、遠いな。』
『…どれくらい?』
『わかんねぇ。そもそも「探知」の範囲が狭すぎる。はっきりわかんのは、見回して視認できるくらいの範囲だけなんだよ。それでも、あっちの方かってくらいの気配は感じられる。』
だから、感じられたのが気配だけ、距離はわからない状況でも、行ってみるしかない。
『…遠すぎたら、途中でも引き返すからな。』
頷いたマリカを連れて動き出す。スライムの数少ない長所の一つは、移動に音がしないこと。地面を這いながら、十秒歩いて一秒探知を、四回繰り返した。それでも未だ、遠い。MPを節約するために歩く秒数を三十秒に切り替えてから、二度目の探知―
『あった!』
『え?』
『あそこだ!木の上!』
スライムの低い視界、目視だけじゃ見逃してたなって高さに、枝や葉に隠れて、確かに発光して見えた「果物」。
『…見えない。』
『ああ、けどある。俺が登って下に落とすから、マリカはそれを集めといてくれ。』
マリカに後を頼んで、木を這い上がり始めた。洞窟の土壁を登ることが出来たから、多分いけるとわかっていたが、木肌も問題なく登れている。これもスライムの長所、こういう時はスライムで助かったと思う。
時間をかけて辿り着いた木の上部、目の前の黄色の果物に、念のため「鑑定」をかけて、毒が無いことを確認した。そのまま、実のついた枝に這い寄って、枝を消化して切り落とす。
そこで、なるべく洞窟の外に出る回数を減らすため、持てるだけ持って帰ろうと、欲をかいたのが悪かったのか―
『ユージ!!』
『っ!?』
マリカの声に、ハッとした。間髪入れずに、身体に走った衝撃。
(何だ?何が…?)
間抜けに呆けた一瞬、視界にそれが飛び込んできた。
(カラス!?)
目の赤い、黒い鳥。その口元に、見慣れた茶色がぶら下がっている。
(こいつ!?俺の身体抉ってやがるのか!?)
『っ!クソッ!』
二度目の衝撃を、なす術なくくらって、ゾッとした。
(近い!)
核、ギリギリを抉っていった鋭い嘴。見た目じゃあ、核がどこかなんてわからない俺の身体、それでも狙いすましたように攻撃してくる。
(クソが!!)
一瞬だけ、このまま落下して逃げることも考えたが―
『っ!マリカ!逃げろ!』
『!』
三度目を、狙う鳥と対峙する。
『さっさと行け!』
『…や、やだぁ!』
何、言ってやがる―
腹が立つ。危なくなったら逃げる、そういうルールだろうが。守ってやる余裕なんて、端からない。だから、さっさと逃げろって、
『っ!』
三度目の衝撃、腹に刺さった嘴と、身体をつかむ足の爪。痛みはない。だか、刺さったままの嘴が、腹の中をまさぐって、
(こいつ!核を探してやがる!?)
グリグリと動く嘴が、一瞬、触れた痛み。探り当てられてしまった核に、直接響いた衝撃に身悶える。
(ヤバイ!)
本能で理解した恐怖に動けなくなった、その時―
『ユージ!!』
マリカの俺を呼ぶ声、聞こえたわけでもないだろうに、鳥の動きが止まった。それから、
『…何?』
動きが止まったまま、赤い瞳がこちらを窺うように見つめている。一瞬、首を傾げるような仕草を見せた鳥が、突如、羽ばたいた。そのまま、何事もなく飛び去っていってしまう鳥の姿を、ただ、唖然と見送った。