2-1 俺(スライム)より強い奴らに会いに行ったら、さっそく死にかけた
突然の洞窟生活が始まって二週間が過ぎた頃、本当にもうどうしようもない問題に、私は追い詰められていた。
『…ヒナちゃん、やっぱり無理みたい。』
『そうか…』
答えるユージーの声も暗い。
当初、「捕食」のスキルを持つくらいだから、ヒナちゃんが虫や草を嫌がる姿をそれほど真剣には考えていなかった。私も虫は嫌だったけれど、何とか慣れることが出来たから、ヒナちゃんもその内食べられるようになるだろうって。
『…ヒナちゃん、虫とか食べる時、普通に傘の下から入れて、口で食べてるみたい。』
『…』
私達のように、身体の中に取り込んで溶かすのではなく、本当に、「人間」が口から食事を摂るように―
『…ユージーが取ってきてくれた草は、なんとか。でも、虫は戻しちゃうみたいで。』
それはそうだろうと思う。まだ幼稚園に通うような子どもに、仕方無いとは言え、「ただの虫」を食べさせるなんて。加熱処理も味付けも無い、ただの虫を―
『…何か、もういっそ、私の身体あげちゃおうかなーって思ってるんだけど、どうかな?全部は無理でもさ、この核?みたいなの無事なら、少しくらい削っても大丈夫でしょう?』
『待て。大丈夫なわけあるか。シノ、お前、ちょっと落ち着け。冷静になれ。』
『落ち着いてるよー。』
だから、スライムの本体?らしき核は残して、核から遠いこの辺を削ればって考えてる。ラムネゼリーみたいで美味しそうだし。
ただ、どうやって削るか。刃物も無い、自力で削り取ることも出来ない、ヒナちゃんに直接かぶりついてもらうか?と、プヨプヨ、身体を揺らして吟味していたら、
『…俺、レベルが2に上がった。』
『え?おめでとう。』
唐突だな、とは思ったけど、ユージーが頑張っているのは知っていたから、素直に祝えた。暇さえあれば、虫を食べ続けていたユージー。おかげで、身体も肉厚になってる気がする。プルプルだったのがブルンて感じになったし、色も何か茶色っぽく、透明度も減って―
『…チョコレートプリン…?』
(そうだ、これならヒナちゃんも…!)
『食わせねぇよっ!?お前、本当、一回落ち着け。』
『でも、コーヒーゼリーより、子ども受けいいと思うよ…?』
『「でも」じゃねぇ!あのな?ヒナコが俺やお前の身体、本気で食うと思うのか?』
『…食物連鎖だから…』
だって、多分、ヒナちゃんは捕食者側。食べられるのは―
『…無理だろう?そういう、種族とかそういうのは置いといてさ、ヒナコ自身が食わないって話だよ。…ヒナコ、お前のこと大好きだろうが。』
『っ!』
『食えねえよ、ヒナコは。…それに、俺が絶対に食わさねぇ。』
『じゃあ、どうすれば…』
もうほんと、どうすればいいのか分からずに泣きそうになっていたら、ユージーに告げられた。
『…洞窟の外に、出る。』
『…大丈夫なの?』
『わかんねえけど、レベルも上がったし、俺の体積も増えたからな。最悪、襲われても逃げきれる、はずだ…』
『はずって…』
『まあ、何とかなるだろ?』
ユージーが、慎重派のユージーが、そんなあやふやな「何とかなる」を口にするのは、ヒナちゃんのため。止めたいけど、止められない。
迷っていたら、マリちゃんが近寄ってきて、
『…私も行く。』
『マリちゃんが?』
『お前、本気か?』
『…うん。』
『そりゃ、まあ、二人の方が助かるけどよ…』
ユージーのその言葉を聞いて、だったらって思った。
『だったら、私が行くよ!』
『ううん。私が行く。シノさんはヒナちゃんのそばにいてあげて。私じゃ、ヒナちゃん、どう相手してあげたらいいかわからないし…』
『でも…』
不安だ。恐い。マリちゃんだって、まだ子ども。高校生なのだ。そんな子に―
『無茶はしねえよ。マリカが一緒なら余計にな。…絶対、帰ってくるから、シノはヒナコと一緒に大人しく待ってろ。』
『うん。ユージが無茶しないように、私が見張っとく。』
心配かけまいとする二人の言葉、鵜呑みにしちゃいけないやつだって思ったけど、でも、結局私は止められない。
『…わかった、待ってる。』
(ありがとう、ありがとう)
心の中、いっぱい感謝して、緑と茶色のスライムが、並んで洞窟から出ていくのを見送った。
うちの子達は、みんな優しい。みんな、イイコだ。




