表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜色の闇  作者: 香住
6/35

06:リターンズ

 私はそのままゆっくりと彼に背を向けて歩き出した。

 ありがたかった。もしも彼が私に話を合わせたのだとしても、それでもありがたかった。少なくとも言下に否定しなかったという点において。


「――あの!」

 視線を感じていた背中に、今度は声が届く。焦るような高さの混じった声。反応しそうになるのを留めて、ゆっくりとした足取りのままで私は彼から遠ざかりつつあった。

 気持ちはささくれ立っている。彼にまだ、缶ビールを取り落とした理由を聞いていない。それが私の望む答えなのかどうかはもう、永遠にわからなくなってしまう。


「俺――俺、あんたの気持ち、多分わかる」

 急に、現実に引き戻される気がした。たとえて言うなら幽体離脱した瞬間に足を引っ張られるようなイメージ。そして現実、私の足は歩みを止めた。


「桜……綺麗だけど、息苦しい。なんつーか、あの……うまく言えないけど、圧迫されるようなそんな感じで―」

 すらすらと彼が答えたのだとしたら、かえって私は信用しなかっただろう。どもりながら説明するその口調に、彼が私同様説明のつかない気持ちを抱いているのだ、というのがわかった。

 どうしてだろう。どうして彼にはわかるのだろう。

 ゆっくり私は振り向く。何故、を瞳に抱いたままなのには私は気付かない。振り返って視線が合うと、彼は一瞬身体を固くする。それから――なんとも言えない光がその目に宿る。


「あんた……昼もこれを見上げてた……」

 妙な眼の色で私を見て、彼はそう言った。私は射抜かれたように彼を見ていた。何故?がますます私の心を支配する。

 彼の瞳はやっと居場所を取り戻したように私の視線を正面から受けた。そして今度は落ち着いた声音でゆっくりと言う。

「桜の花が、好きじゃないのか?」

 当然の問いだった。でも、誰も私に聞いてくれたことはない。私はふっと瞳から力を抜いて、そしてどう答えようか迷わせて、すっと眼を伏せる。

「わからない。好きだけど、苦しいわ」

 そんな言葉で、彼が納得してくれるのかどうか私にはわからないけれど、でも、それが精一杯だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ