05:リアリズム
見上げた桜は、やはりどこか威圧感があって、また涙が溢れそうになった。――いけない、ひとがいるのに。
「息苦しい……?」
掠れるような声が耳にやっとで届いた。単なる私の言葉の反芻なのだろうか? そう思いつつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「――そう。息苦しいの。まるで急き立てられてるみたいに」
言いながら、私はゆっくり彼の方を見る。さっきと同じ姿勢で、何故か途方にくれたように立っている。
そうよね、いきなりこんなこと言っても普通は付いてこられない。もう慣れた、という結衣でさえも、最初は戸惑っていた。
彼を見つめながら、私はその向こうに夥しい数の『普通の人』を見ていた。自分は彼らとは異質なのだろうか、と時々――いや、よく思う。結衣やなづきもまだ『向こう側』だ。そう、きっと彼も同じ。
そう考えると私は少し安堵する。まさか分かり合えるような人間がいるとは思わない。いやむしろいなくていい。いないのが私にとってデフォルトの世の中なのだから。
肩の荷が下りたような気がして、私はふと苦笑を浮かべる。
「変よね。桜の花は何も言わないのに――」
そうだ。わかってくれる人などいないのに。彼だって、たまたまここで缶ビールを――きっと酔いの所為で取り落としたに過ぎないのに。
彼はじっと私を見ていた。なにか違うものを見ているような、そんな眼差しで。そしてその瞳にやっと現実を取り戻すと、言ったのだ。
「そんなこと――!」
『そんなこと』?
私は笑みを消して彼を見つめる。『そんなこと』――どうだというのだろう。まさか。思い浮かんだ想像――いや、願望を自ら打ち消して、私は孤独を守る。
しかし彼は続けた。
「ない……かもしれない。少なくとも。いや、俺は――」
「優しいんだ」
半ば拗ね気味に言った、といっても過言ではないかもしれない。そんな風にわかる人がいるはずがない。そんな思い込み。そうだ、わかるはずがない。わかってたまるものか。きっと彼はただ口裏を合わせているだけで。
それでも私は、彼に言っていた。
「ありがと」
まっすぐに見つめながら、口先だけでもいい、わかってくれるフリだけでもいい。それがもしかしたら救いかもしれない、と私は気づかぬうちにぽろりと涙を一粒、零していた。