04:パッション
植物からは温度は感じられなかった。それがまた拒絶されたような気がして涙を零れさせる。
感情が揺らめく。何だかわからない焦燥感。自分でも、何をしたいのか、何が哀しいのか、もしくは淋しいのか辛いのか、理由がわからない。でもただ今はここにこうして居て、泣いていたいと思うだけで。
ガコン、と鈍い音が斜め前方から聞こえた。
半分現実に引き戻された私は何故かそれに惹き付けられるように幹から離れ、音を確かめるべく歩む。音の原因は、地面に転がった缶ビール。苦しげに白い泡を吐いている。
「落としたの?」
常識から考えればその問いかけは唐突だろう。初対面の人にいきなり言う科白ではないはずだ。
転がった銀色の缶から彼は視線を私に動かす。笑おうか、と迷う一瞬はすぐに過ぎて、私はそのまま彼を見つめた。戸惑うような、そしてやっぱり私と同様、わからない表情で。
二度ほど大きく瞬きをして、私は頭を屈めて缶を見やった。無機質なその色合いが妙に異質だ。吹いている泡は苦しみの象徴のようにも見える。
ゆっくり向き直り、まだ戸惑いの表情のままの彼に同じ科白を告げた。
「落としたの?」
缶を、というよりもそれを落とすに至った経緯を、心の揺れを聞きたいと思った。彼の視線は数度揺れて、そして低い声で言った。
「泣いてるのか?」
自分でも、妙な会話をしていると思わなくはない。結衣なら必ず言うだろう。でもその時の彼の言葉はすんなりと私の心の言葉を紡ぐ。
一瞬驚いたものの私は表情を変えずに桜の天井を見上げ、紡がれた言葉を口にした。――ほぼ無意識に。
「とっても私、後ろめたくて――息苦しいの」
そしてその時にわかったのだ。私はそれを望んでいるんだと。後ろめたい思いをしたい。誰かに背中を押されたい、と。桜の花にそれを求めていたのかもしれない。
苦痛というよりは切ない欲望に、私は表情を歪めた。