34:ティアドロップ
彼の腕がそっと、私の背中に回る。その腕は少しずつ力が込められるのがわかる。伝わってくる。
「……本当に?」
震えるような声で彼が訊ねた。私は彼の腕の中で小さく頷く。それを感じた彼の腕がまた、力強く私を抱きしめた。
「本当に……?」
信じられないというように、彼が同じ質問を繰り返した。私は今度はもう少しはっきりと頷いてみる。それが伝わったのか、彼がぎゅっと腕に力を込めた。
身体中が彼を感じていた。あったかくて、そして優しくて――強い。鉄骨のような剛健な強さじゃなくて、しなやかな、薄い鋼のような強さを感じていた。
どのくらい、そうやって抱き合っていたのか、彼はゆっくり抱擁を解く。そして私の両腕をそっと掴んで、彼は私の顔を覗き込むようにして、呟く。
「俺――あんたのこと」
「待って」
彼の言葉を遮って、私は彼を見上げた。真摯な瞳が私を見つめている。あの夜に感じた欲望の欠片は見えなかった。
私は自分の右手をそっと自分の左胸に置き、そして彼の左胸に触れた。
「わかってる」
「……うん」
伝えたい思いはわかっている。私が何を感じているのか、私が何を伝えたいのか、言葉にしなくても彼は気持ちを感じてくれる人だ。むしろ言葉にしてしまうと、気持ちと言葉の間の何かが零れ落ちてしまいそうに思う。
だからいいのだ。今の抱擁で私たちは確実に何かの感情を交換したのを、わかっている。それで今は充分過ぎるくらいに彼の気持ちがわかっていた。きっとそれは、彼も同じはずだということも。