31:ハグ
眼が合った瞬間、心臓がどきっとした。彼と会っていて初めてのこと。
顔に出なかっただろうか? 僅かに頬が熱くなるようなそんな感情が胸の奥から込み上げてくる。
なんだろう、おかしい。
「――桜」
「え」
彼が先に私から眼を逸らして、また天井を見上げる。つられるように私も、視線を上げた。
「もう、散っちゃうな」
「―――うん」
ドギマギしている自分が、まるで自分じゃないみたいだ。
こんな――こんなのってあんまり好きじゃない。いつもどおりに。そう、いつもと同じように。
「苦しく、ない?」
彼の視線を感じると、私の心臓は跳ねる。そんな法則になってしまっているかのように、抑え切れない。
「苦しく――?」
「そう。いつも、苦しそうだったから」
僅かに眉を寄せたのは何を思ったのだろう。私は彼の一挙手一投足ばかりが気になって、何を言われているのか、理解するのが遅くなる。その反応を彼がどう思ったのか、ふと背を預けていた木から私の方へと足早に近づいてきて――
「泣くな」
そのまま、私を抱きしめる。
突然の彼の行動に、私は何も言えずにただ抱かれていた。心臓は変わりなく跳ねている。彼に伝わってしまうんじゃないかというほどに。
きっと泣きそうな顔になってしまったんだろう、と冷静な私が頭の隅で考えていた。そうじゃないと伝えなければ、と思う。
そうだ、この間も私は結局何も言えなかった。本当の自分の気持を何も、彼に言えずにただ逃げ出してしまった。思いは、きちんと言葉にしなければ伝わらないのだ。
彼の腕は強くて、最初の驚きが去ったあとは心地良いものに変わっている。私が心地良いのだ、ということを彼に伝えたい。
「――待っ……て」
やっとそれだけを言うと、彼の腕がびくりと震えて緩んだ。そして明らかに後悔の思いが刻まれた表情を隠せずに、彼が私から離れる。
「……ごめん」
「――違う」
おずおずと、私は心を言葉に紡ぎだそうとし始める。