30:シャッフル
結衣の言っていたとおり、桃色の天井はその多くを緑に明け渡していた。
緑と桃色って、なんでこんなに印象が違うんだろう。そのひとつひとつの大きさは変わらないのに。公園の中ですれ違う人は大抵がそのわずかな桃色を惜しむように見上げている。
はらり、と天井からその桃色が役目を終えて舞い降りてくる。いや、どちらかというと力尽きて落ちてきたという方が合っているような気がする――すこし、マイナス思考なのかもしれない。自嘲気味にわずかに口元だけで笑うと、私は公園の奥へと急いだ。
数週間前はこの辺りで花を愛でていた人だかりも今日はほとんどない。……どうして桃色は愛でるのに、緑はそうじゃないんだろう。そしてどうして、桃色のときだけあの、胸が一杯になるようなむせ返るほどの息苦しさを覚えるのだろう。
でも、今日は、その圧迫するような感覚と一緒にわずかにちりちりするような、複雑な思いが浮かんでくるのを無視できなかった。
……彼を探してるから? 彼に会いたいから? 何故彼に会いたいかの理由がわからないから? 彼に会って自分が何を言うのか何を言いたいのか、わからないから? ――たぶん全部が、当たりだ。
足が自然と速くなる。視線はちらちらと落ち着かない。彼らしき姿を見つけると一瞬足が止まり、そして違っていることに安堵しつつがっかりする。しかし確実にそれが近づいていることは、わかっていた。
何故だかはわからないけれど。そして本当に彼が今日この時間ここにいるのかどうかもわからないけれど。
でも、確信だけはどんどんと強くなっていく。その先を左に曲がれば。そうだ、きっと彼はそこに居るだろう。桃色と緑にまみれた木に寄りかかってきっと、眼を細めて天井を見上げているだろう。
はらりとまた、花びらが頬を掠める。桃色の涙がぽろりと零れる。
見上げれば、またわずかにはらりはらりと涙粒が舞っている。哀しみの涙なのか、それとももっと別の感情に基づくそれなのか――私には、わからない。けれどもその上で青々と色づいている緑は、きっと涙など零さないだろうと予感させるほどに力強い。
ザッと、足元の砂利が音を立てる。
その音に自分でドキリとしたけれど――その向こうで、天井を見上げていた双眸がまっすぐに私を、捉えた。