03:エスケープ
急に、泣きたいと思った。
その桃色は何もものを言わなかったけれど、どこかじわじわと私に何かを迫っているような、そんな気がして。
どうにか理性が生き返る。
気持ちのよい夜の一角は、まだ眠っていない。穏やかな気温もあいまってか、あちこちでざわざわと酔客の声や匂いが流れてくるせいもあって、私の理性は涙を拒んだ。
幼い女の子ならここで泣いていてもおかしくないのにな、とそれを年齢のせいにしてみる。
正直、理由がない涙を流すことは気持ちよさそうで、その誘惑と戦いつつ私はゆっくりと公園の中ほどへと足を進める。騒ぎ声はところどころで火柱のように急に上がり、しゅんと醒めていく。
最初耳障りだと思っていた騒がしさも、それを考えると少し面白い。
私の足は記憶を辿り、人のいなさそうな方角を選ぶ。
大通りへ続く道はシートを広げた集団や、帰宅途中の寄り道組で人の気配は絶えない。もっと奥のほうにそういえば、ちょっとした広場があったんじゃなかったっけ。
そうだ、あそこなら泣いていてもおかしくないかもしれない程度の人通りだろう。
泣く為の場所を探すと言う妙な行為を、私は桜の花のしたでいそいそと実行していた。
その間、天井の色が何色かを見定める余裕はなく。
「……ああ」
溜息のようにそんな声が漏れた。
想像どおり、奥まった一角は人影がまばらで、いい具合に照明の数も少ない。そのくせ桜の木はぽつんぽつん程度に配されていて、まさに絶妙だった。
手近な一本に近づくと、最初おおらかに微笑んでくれていたような桃色の塊がその気配を細やかに散らせ、ひとつひとつの花の息吹が聞こえるような気がしてくる。
そうだ、それが苦しいのかもしれない。ちいさな生きものが必死に生きている様。
私は後ろめたいのかもしれない。桜の花よりも大きな図体をしていながら不器用に、咲かせる花のひとつすらなく、それ以前に主目的さえもない自分が。
ゆっくりとその幹を撫でながらやっと、ぽつり涙を零した。