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桜色の闇  作者: 香住
29/35

29:タイムアップ

 定時少し前から時計を気にし始めていた。ちらちらと視線は窓の外。緑の中で桃色が僅かに揺れている。頼まれたコピーはあともう少し。これが終われば、帰れる。


「あら」

 のろいコピー機の前でじいっと見つめてる私の傍を、結衣が通りかかった。

「残業になりそ?」

「……ん、少しだけ」

「そォ、かぁ」

 なにやら考える風に立ち止まった結衣は、「うん!」と言うと持っていた書類をコピー機の上にどさり、置く。

「……?」

「あたしがやったげる」

「は?」

 結衣がそんなことを言い出すのは初めてだった。付き合いは長いけれど――なづきなら良くそう言って、こなしきれない分を引き受けてくれたことはあったけれど。

「いーから。綴じて部長に渡しとけばいいんでしょ? オッケーイ」

「あの……」

「ホラホラ、もう定時じゃない。帰った帰った」

 ひらひらと綺麗にマニキュアの塗られた手が翻る。ブルーのマスカラで彩られた瞳がウィンクをする。……なんだろう。さすがに結衣の考えていることがわからなくて、私はじっと彼女を見上げる。その視線の先で結衣は微かに鼻歌なんぞを歌ってコピー機でリズムを取っている。

「なにか、あったの?」

「なぁんにもないわよォ。ホラ、早く帰りなさいって! ――ああ、そう」

 もう一度ひらひらと手を振ったあと、結衣は私の耳元に唇を近づける。ミス・ディオールの香水がふわんと香る。

「公園の桜、そろそろ終わっちゃうのよ?」

 それだけ言うと、にこりと笑った。


 よく、わからないけど。でも今日は甘えてしまおう。早く――早く、行きたい。


「ありがと、結衣」

「いってらっしゃーい」

 妙に上機嫌な結衣に送り出される状態で、私はそそくさと会社をあとにする。



 はらはらと僅かな花びらが舞う公園。息苦しいほどの圧迫感はないけれど、それでも胸が締め付けられる。泣きそうになるのを堪えながら、私は奥の方へと足を進めていった。


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