26:カンパリソーダ
アルコールで湿ったピンクの唇は、昼間よりもさらに滑らかに緩やかに動いた。なづきは好みの白ワインをもうすぐひとりで空けそうな勢いにもかかわらず全く顔色が変わらない。ついでに態度もだ。
話題の内容についてはさすがに夜のほうがその許容範囲は広いらしい。
「ちょっとぉ、乃里子、聞いてる?」
ほんのり赤くなった頬は色っぽい。結衣が男にもてるのもわかる気がする。
「聞いてるよ」
「んじゃあ続けるけどぉ……つまりはね、もっと相手を良く知ることが大事なのよねーぇ」
「あー、もう、お前さん酒は駄目! 水にしなさい水に!」
さすがにグラスを取り上げたなづきが呆れたように溜息をつく。お水なんて嫌だ、美味しくないと毒づく結衣がバーテンダーに頼んだバックス・フィズのあとから、なづきがわざわざ「シャンパン抜きで」と付け加えた。
「でもぉ……結局、乃里子自身はどうなわけぇ?」
オレンジ色のグラスを掲げて結衣がちらりと流し目を寄越す。どきりとしたのを隠そうとして、グラスをごくんと飲み干した。カンパリの苦味が広がる。
「乃里子がネ、その男のコト満更じゃないって言うんならぁ……いーのかなぁ? あら?」
「……っとにもう、言ってることわかってんのかね」
なづきが溜息をついて、目線で『ねぇ?』と訊ねる。眼を伏せた私の手の中、空のグラスがからりと氷とぶつかる音を立てた。
「……よく、わからないの」
それが正直な気持ちでもあった。もしも――彼の興味が結衣の言うように肉体へのものだったとしたら……というより、その傾向が強いような気がしていた。
あの時、私の背中に回された腕は確実にその欲望を持っていた、と感じた。感じたからこそ私は彼を拒絶したんだ。彼を、というよりは彼が抱いた欲望を。
「んじゃ、答えは簡単よ、乃里子」
オレンジジュースはもう半分に減っている。アルコール抜きであることを知ってか知らずか、結衣は特になづきに文句を言うわけでもなかった。
あまり定かにならない視線がぴたりと私に止まる。
「もう一度その男と会った方がいいわ。そうじゃなきゃ、きっぱり忘れることね」
もしかしたら結衣は傍で見ているほど酔っていないのかもしれない、とそのときふと思った。