24:テニスコート
「ええと……肉体の方に興味があるってこと?」
「ん、まあ、そーいうコトかな」
結衣が茶色の綺麗な髪をかきあげながら言う。なづきは既に聞かないフリをしていた。
「好きだ、って感情を欲情によって錯覚しちゃうのよ。仕方ないことなんだけどね」
にっこりと唇のピンクが弧を描いて頷いた。
彼の瞳には確かに欲情の色はあった。腕に込められた力も。ぎゅっと抱きしめられた温もりはそれがベースだったのだろうか? 欲情するのは仕方のないこと、なのだろうか? 触れればやはりそうなってしまう?
「……ったくあんたたち、ランチといっしょにする話題じゃないやね」
溜息をついてジロリとなづきが軽く睨む。
「あらぁだって、大事なことよ? そんな男に引っかかったら大変だもの」
「結衣じゃあるまいし、乃里子に限ってその心配はないとあたしゃ思うけどね」
「……かも」
「え?」
結衣となづきが同時にそう言って私を振り返る。真っ直ぐに目の前のテニスコートを見つめたまま、もう一度、今度は少しはっきりとした声音で言った。
「引っかかった、かも」
ふたりが眼を合わせてきょとんとしたのが手にとるようにわかる。そしてやっぱりと言うべきかさすがと言うべきか、先に我に返ったのは結衣だった。
「えー……と、乃里子、引っかかったって言うのは、男に?」
「ちょっ、ゆ……!」
「なづきは黙ってて! 引っかかっちゃったの? そういう男に?」
凄い剣幕でなづきを黙らせると、優しい声で結衣が重ねて聞いてくる。
……どうなんだろう。彼は『そういう男』なんだろうか。確かに私は彼のことを何も知らない。名前も歳も、何をしている人でどこに住んでいるのかさえ。私の思いを理解してくれていたかもしれないということ以外は、何ひとつわからない。
「わかんない。そんな人じゃないと思う」
結衣の質問に曖昧に答えを拒否しながら、私はテニスコートから眼を逸らした。彼にダブって見える彼らが眩しかったのと――結衣となづきをまっすぐ見られなかった。何故か。