23:フィジカル
翌日、確実に覚える頭痛を隠して私は出社した。休んでも良かったのだけれど言われるだろう嫌味と、なづきに任されるだろう休んだ分の仕事を思うとそうもいかない。
それに――認めるのはあまり気が進まなかったが、結衣がちらり言った花見の話が気にかかったのだ。
「乃里子、大丈夫なの? 顔、赤いみたいだけど?」
「ん、平気。どうせ今日来れば週末だし」
結衣が覗き込むように私を見るのに頷いて答える。公園の桜は風がなくとも、時々さらりと撫でる風圧だけではらはらと涙を流していた。
「風情あっていいわね〜」
桜並木を嬉しそうに両手を広げてくるくると回る結衣に吹雪が被って、本当にそのまま消えてしまいそうなほど美しかった。
「満開のときの方が見甲斐があってあたしは好きだけどね」
なづきが眩しそうに眼を細めて続け、結衣は不満そうに唇を尖らせる。そんな二人のやり取りを眺めながら私は彼を探していた。
「あ、あそこ空いてる! ラッキ〜」
結衣がいち早く指差して駆けて行く。ちょうどテニスコートが見える位置のベンチから結衣が手を振った。一瞬どきりとしたのは、テニスをしていた団体が彼を思い出させたからだ。そういえば彼が何をしている人か聞いたことがなかったけれど、雰囲気からして大学生だろう。もしかしたらこんなグループの中で楽しくやっているのかもしれない。
「なぁに乃里子、年下に目覚めたの?」
じっとコートを見つめていた私に気付いて、からかうような口調で結衣がくすっと笑う。それを横目で眺めてなづきが口を挟んだ。
「人のこと言えないんじゃない、結ー衣?」
「え〜、大学生なんて子供じゃない。パスパス、どうせ一時の気の迷いとかなのよ、あの年代の男の子って」
どきりと、した。
「ほお、随分確信持って言うねぇ。さては痛い目を見たか」
ははははは、と高く笑うなづきに結衣が膨れる。
「気の迷いなの?」
私のいきなりの問いにやっぱりなづきは眼を瞬かせ、結衣はニコ、と笑って耳元に唇を寄せた。
「ていうかね、あの年頃の男の子はどうしても、感情より肉体に走りがちなのよね」
囁き声はなづきにも勿論聞こえていて、彼女は呆れたように嘆息する。結衣は勿論それに気付いてんべ、と可愛く舌を出した。