22:チェリーピンク
「――くしゅん!」
「あらぁ、風邪、まだ治ってないんじゃないの? 大丈夫?」
食堂からの帰り道、結衣の綺麗に弧に描かれた眉がひそめられ、くるりと振り向いて覗き込むように首を傾げる。
「ん。平気」
「うつさないようにしてくれな、月末じゃ洒落にならん」
なづきはちらっとだけ振り返ると遠慮なくそう言い放つ。そんななづきに、結衣がくすりと笑む。
「あら、仕事ねっしーん。なづきっぽくない発言ね」
「休みゃそのあとのツケが怖いだけ。誰が!」
結局一日休んだあの日、彼には会えなかった。約束を交わしたわけじゃないから仕方ないといえば仕方ない。でも、桃色の天井の下でじっと待った数時間は確実に……嘘を真にしつつあった。
「昨日は一日寝ていたんでしょう? 随分厄介な風邪ね、気をつけないと」
結衣が気遣うような素振りを見せる。曖昧に頷く私の視界が揺れて、突風が吹いた。
「った!」
なづきがいち早く悲鳴を上げる。そういえば彼女はコンタクトレンズ愛用者なのだった。強風の日は辛い、と以前零していたっけ。
「――あ」
長い髪が乱れないように押さえている結衣の肩に、桃色の欠片がぴたりと張り付いた。
「ん? ……あら、桜の花びらね。公園から飛んできたのかしら」
私の微かな言葉に反応した結衣が、片目だけ開けてチラッと私を見て、それから肩に視線を移す。それを、同じような色のマニキュアを綺麗に塗った指でつまみあげて、ふうっとピンクの唇でそれを吹いた。
花びらは頼りなく結衣の指先から零れると、一瞬風に乗ってふわりと浮いて、それから――ゆっくり地面に落ちていく。
私、みたいだ。――そんな風に思う。捕まえられてそして一瞬浮かび上がって。そのあとはゆっくりと下り坂に――なるのだろうか。花びらは結局、地に落ちてしまうのだろうか。
「そろそろ桜も終わりね。明日のランチ、またお花見しに行きましょうよ、ね?」
「風が強くなかったらね。ああ、あと乃里子の風邪が悪化してなかったら、か」
結衣となづきのそんな会話の後ろで私は、地に落ちた花びらを眺めていた。風に翻弄されて揺れ、落ち、汚れ。そのうち茶色に変色してしまうのだろう。―――私の思いも?