02:アフターファイブ
普段、ほとんど残業するということはない。ナインツーファイブの世界。それでいいと思っている。私も雇い主も、だ。
だからこんなことは入社以来のハプニングだ。
何があったのかなんて、下っ端OLには知らされないことが日常茶飯事。だからただ、指示されたことを従順な犬のようにこなしていく、だけ。
私は正直、半分面白がっていた。普段五時のチャイムと共に逃げ出すこの四角いオフィスからは見えなかった、オレンジの空や掃除のオバサンや蒼く染まる空が物珍しかったのも、あるけれど。
だから会社を出てからも私の足取りは軽かった。
時計は二十時十五分。まだ風はそんなに冷たくはない。
風に攫われて桃色の欠片がひらりと、私の髪に触れてきた。
――まだやっぱり、力いっぱい咲いているのかな。それとももしかして……?
妙な期待感を持って、私は遠回りのルートを選ぶ。昼休みも通った道は、当たり前だけど昼間の顔とは違う。すれ違うカップルは腕を組んで睦まじそうに、疲れて歩くサラリーマンは家路を急ぐのだろうか。
大きく逸れた道は、公園へと続く。
昼間、太陽の下で抗うように咲き誇っていた桜は、漆黒の空を背にしてみると妙に頼りなげに見えた。それでもやっぱり、ある程度の息苦しさは否めない。
どっしりと自信を持って咲き誇っていたのとはまた違う、儚げながらもしなやかな強さを感じられる。
ああ、やっぱり、ダメなのかな。
こんな風にがんばって生きなきゃいけないのかな。
桜の花に競争心を抱くなんて、きっと結衣やなづきが聞いたら笑うだろう。いや、結衣はかえって面白がるかもしれない。
『またいつもの乃里子節?』って、くすくすって。栗色の髪が風になびいて。
そうか、私、もしかしたら羨ましいのかな。
そこまではたと考えてから、思った。
何が羨ましいんだろう。結衣が? 長い髪が?茶色の髪が? それとも一生懸命生きる桜が?
桃色の天井はあやしげに漆黒の着物をまとって私を見下ろしていた。